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09. 04. 28

高知の街で(その3)

浜口雄幸の記念館を出て、今度向かったのは
高知県立美術館でした。
浜口雄幸の記念館からは、途中大きな道まで
出ないといけませんが、その道に出たら後は
一直線です。


Bijyutsukan


高知県立美術館は、高知の伝統的なお蔵の建て方を
アレンジして作った建物です。
高知ならではの建物。
周囲を池が巡っているので、
遠くから見ると、池の中に浮かんでいるように
見える建てかたです。

俺が行った時は山下清展と明和電気展をしていました。

ごめんなさい。
どちらも正直、食指を動かされなかったので
見なかったの。(笑)
山下清の展覧会は、もう3、4回見たことあったし、
なので、ミュージアムショップに行って、高知県立美術館
にしかないような品物を覗いてみた、ということです。

ここを見て、もう一度、街中に戻りました。
時間は4時半。
コンサートホールの開場時刻は6時なので
まだ少し時間はあったのですが
高知新○まで、高知新○出版の本を取りに行く用事が
あったので、まずは高知新○の建物に行きます。
車は帰りのこともあったので、なるべく帰りに
車をすぐ出せる駐車場に停めたかったのですが
コンサートホール近くの駐車場はあまりに料金が
高かったので、(一時間400円、それ以降は
15分おきに100円、というええ性格の駐車場でした。
まったく)いっそ岡田屋に停めたらタダやんか、
とも思ったのですが、コンサートを終わって
また岡田屋までえっちらおっちら歩くのもなぁ、と
思い、ちょっと離れた追手筋の近くの
駐車場に停めました。ここだと最初の1時間が200円で
後は30分おきに100円です。ここだって結構ええ根性
しています。 田舎の人間って、車を停める、って基本的に
タダもしくはそれに近い料金でないと嫌、という
ところがあって、去年、東京に行ったら、30分600円
という料金を見て、驚愕してしまいました。
田舎では考えられないわ。そんな料金。

高知新○で本を受け取り、しばらくまたお散歩です。
たそがれの鏡川畔をしばらく歩きました。
本当に緑が力強く、きれいでした。


Kagamigawa


山内一豊以来の山内家の歴代藩主を祀った山内神社があったので
お参りかたがた境内に入ってみました。
ここの参道の緑もまたきれいでした。


Midori3

さて、コンサートホールの開場時間もだんだん迫ってきたので
会場に行きます。


Kenbun

Poster

友達に聞くと、
「設備がすんごく古い」とか「もうステージの床が、、、」と
あまりいいようなことを話してくれなかったのですが、
入って、あ、と思いました。
昭和50年代から時間が止まっているような。
というのが、イスとかホールの緞帳とかが
あの頃はやったような色使いだったんですよね。
当時は流行の最新だったんだと思います。
最新だったものって、最新だったがゆえに
どうしても時間が経つと、古さがよりいっそう目だってしまいます。

大ホール、満員のお客様です。
時間になりました。
静かに場内の照明が暗くなり、緞帳があがります。
ステージには、ゴスペルの合唱隊が控えています。

圧倒的な人の歌う声でコンサートははじまりました。

俺が最初にゴスペルを聞いたのは
山下達○の多重録音による
アルバム、オン・ザ・ストリート・コーナーの
中の収録曲あたりからでした。
ですから1980年代ということになります。

ゴスペルと言うと、日本には不思議な
コーラスグループがありますよね。
ゴスペルの曲を歌ってないのに、
ゴスペラー○って言うグループ。
一体あれは何なのでしょう?


日本の場合、ゴスペル、という曲の解釈を
どうするのか、ということがやはり問題になろうか、と俺は
コンサートの前から思っていました。
と、いうのが、日本人の宗教観ともかかわってくるからです。
欧米のように、カトリックであれ、プロテスタントであれ
キリスト教が、多くの人のバックボーンにある、というので
あれば、ゴスペルもそういう文化を後ろにして、
歌が成立する、という部分があるのですが
日本はそうではありません。
文化庁が出している宗教年鑑によると
日本の総人口の中でのキリスト教徒の割合は
1.2パーセントです。
この数字を客観的に見る限り、
やはり少数派ということになるでしょう。

俺は日本の宗教は基本的に多神教なのだ、と
思っています。
古事記、日本書紀、風土記を読むと、日本の各地の
神社の成り立ちも書かれているわけですが
見ていると、案外日本固有の神さま以外に
外国から来た神さまもお祭りしています。

奈良時代に成立した各国の風土記を
読めばわかりますが、韓国(からくに)
から日本に招来した神さまをお祭りした、
という神さまだって結構います。
そういうふうに元の成り立ちを見ると
渡来系の神さまも多いのです。
そうした渡来系の神さまとして
仏さまも入ってきたわけです。
そもそも日本人は仏教を
神さま、として受け入れたのです。
そうして前から何度も言っているように
仏教も日本の中で布教をしていく途上において
日本の土着の宗教をどんどん取り入れていきました。
「お彼岸、お盆、あの世、地獄。」他の国の
仏教にはそんなもの、ありません。
もっと身近に言えば、日本の大学で学問として習う
仏教学にさえ、そんなものありません。


今も時々言ったりしますね。
ばちがあたる、って。
どうしてばちがあたるのか。
それはそのものに神さまが宿っているから大切に
しないと、その報いがくるからですよね。

お米にはお米の神さま、水には水の神さま
木には木の神さま。そうした自分の身の回り
すべてのものに神さまが宿っていると考えました。
ね、ホラ、だから日本人は多神教なんですよ。

多神教ということは、神さまそれぞれがそれぞれの
役割を持ってもらう、ということです。
そういう宗教意識がおそらく日本人の中には今も
ずーっとあるのだろうと
思います。

結婚式、というと、日本人は神道式かキリスト教式を
思います。お葬式と言うと、仏教式がやはり多いと
思います。結婚式はキリスト教式でやっておいて
神父さんか牧師さんの前で宣誓をしたり、
初詣と言っては、神社に行って、お寺もね、って
あわせてお参りしたり、
お葬式には仏教のお坊さんがやってくる、というのを
別に何の不思議もないじゃないか、と言ってしまうのが
日本人です。
これが一神教だと、絶対こういう考えにはならないはずです。


どうしてか、といえば、日本人は多神教で
このときはこの役割をする神さま、このときはこの役割の
神さま、と「神さまに割り振りをする」という意識が
あるから、そういう儀式に応じて儀式の主宰者を
変更することを別に変とも思わない、という意識があるのだ、と
俺は思っています。この辺が西洋人の考える宗教の
概念とは違うかもしれません。でも、それは日本人の宗教観
であって、俺はそれだって立派に宗教と思っています。
お参りをしたり、何かしらのおまじないをすることが
その人にとっての心のよりどころや、癒しになるのであれば、
それは立派な宗教だと思います。
前にも言ったかと思いますが
よくお寺にある「水子地蔵」というのは、本来の仏教の
教えからいけば、あれは存在し得ないものです。
人は死んだら極楽に行っておしまい、が本来のお釈迦様の
考えだったのですから。
でも、子どもを亡くした親のどうしようもない気持ち、
それをどうすればそれなりに落ち着かせられるようにするか、となったら
それは宗教の役割のはずです。
本来の仏教とは違っても、水子の供養を親がすることで
せめてもの心の安らぎが多少は得られるのなら、それは
宗教の荷うべき役割だと思います。
だから仏教がそれをやっている、のでしょう。


こういう国においては、ゴスペルという歌を歌うときは
どう解釈するかなぁ、というのが俺が今回のコンサートで
興味のあった点でした。

主宰の方もおっしゃっていたのですが、
やはり宗教色を薄めて、合唱というか、音楽性のほうを
強めていく、というコンセプトでした。

ゴスペルの持つ、自由な部分、楽しく盛り上がればいいじゃないか
という気分、そうしたゴスペル音楽のハートを生かして
楽しくて、生き生きとした(それは歌う側も聞いているほうも)
音楽になれば、という主張でした。

その言葉通りに、コンサートは非常に楽しいものでした。
友達は、ここは謙介の席ね、と言って渡してくれていますから、
彼は俺がどこに座っているかをしっているわけです。
それでもってステージからこっちを見てニコニコと
してくれるわけです。
それがまた楽しそうに歌っているんですよ。
まぁ実際楽しいのに違いはありませんけれど。

Total Praise でスタートしたコンサートは、
途中ワークショップメンバーというまだ歌の練習を
はじめて日の浅い人たちのコーラスもおりまぜながら、
(このときも綾戸さんが出て彼らと一緒に歌いました。)
この中にも友達がいました。
中盤に差し掛かりました。

中盤、いよいよお師匠さまの綾戸さんがちゃんと登場してきました。
最初の友達の話では2曲、ということだったのですが
何の何の、どんどんと4曲も歌ってくださいました。
ましてその中の一曲に聞きたかった
「テネシーワルツ」があって、もうゾクゾクしてしまいました。

綾戸さん、目下、おかあさまの介護をなさっておいでです。
本人のおっしゃるには、今までずっとコンサートの旅から
旅で「おかあちゃんただいま。おかあちゃん行ってくるわ。
ばっかりで、おかあちゃんや、息子ともきちんと向き合えていない
まま、今まできてしまっていた、と。なので、ここで
もう一度家族と向き合いたい、ということで、
コンサートからコンサート、というような大きな音楽活動は
ひとまず中断して、介護をしている。」 というお話でした。
俺はこのお話にとても勇気づけられました。
介護、というのではまだないけれど、自分の場合は
身体のせいで、医者から禁止された事項もあって
どうしてもできないことも多々あります。
彼女のお話から、そういう途中でもって
一旦休んでもオッケーということ。

あきらめ、というのではなくて、とりあえず休み、
また別の方法を考える、そのたくましさ、
力強さ、をお話の中からうかがうことが
できて、振り返って自分にもそうだなぁ、
と、思うことが多々ありました。

確かに日々の生活、問題が起こらないほうが
不思議ですよね。でも、それを乗り越える方法が
必ずあるはずです。俺はそんな乗り越えるときの
心の持ち方を、このコンサートの中の綾戸さんの
お話から考えさせてもらったように思います。
そういう意味でも、本当にいい経験になりました。

コンサートは途中休憩なしで一気に最後まで突っ走りました。
アンコールの曲は、友達がリードボーカルとして全体を
引っぱります。
コーラスのその他大勢はのりのりで歌えるのですが
引っぱるほうは、逆に淡々と歌わなくてはならないそうで
その対比を見て欲しい、ということでした。
彼は堂々とその役を果たしていました。

そうして、拍手と歓声の中、最後の歌が終わり
緞帳が下りて、コンサートは大成功で終了しました。

友達二人はこれからステージの後片付けやら、
打ち上げがあります。
俺は、会場を出ると、急いで駐車場まで行って
車を取り、実家の街へと出発しました。
高知を出発したのが9時過ぎでした。
来たときよりは車が走っていました。(笑)
1時間ちょっとで実家の街のICに到着しました。

ついさっきまで高知を走っていて、
と思ったら、本当に高速の効果はすごいなぁ、
と思いました。
これで高知のお話は終了です。
歌舞伎に引き続いて、高知のお話、
お付き合い、どうもありがとうございました。


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Comments

私の知り合いがドイツでマタイ受難曲かなんか聞いたとき、ソロがいまいちだったなんて言ってたら、ドイツ人の友人にイエス様の受難の物語で感動的だったじゃないかと言われて、宗教曲の何たるかを考えさせられたと言ってました。日本人の宗教曲はお祭りになっちゃうなんて言われますが、楽しく歌うのが一番!
ゴスペルってむかしは黒人のオペラ歌手のアンコール曲でしか聞く機会のなかったように思います。ゴスペル専門って言ったらマヘリア・ジャクソンとか(古いですね)。もともとプロテスタントのものでしたが、今はカトリックでも歌ったりしますね。私もご縁があって、聖歌のコーラスを時々教えてますが、Amazing graceなんて歌ってるとそれこそマヘリア・ジャクソンのを思い出して、クラシックなゴスペルってどうかしらなんて考えてしまいます。「天使にラブソングを」あたりからこんなにゴスペルが一般的になったように思いますが、手拍子つきとかで歌うのって楽しそうですよね。謙介さんも第九だけでなくゴスペルもいかがですか?(私もゴスペルコーラスってやったことありません)

Posted by: アリクイ | 09. 04. 30 at 오후 3:05

---アリクイさん
第九のときも実はそうですね。歌詞の中に天にまします神への賛美、ということが歌われています。詞を作ったシラーも、曲を作ったベートヴェンも、やはりそういうキリスト教の信仰が背骨にあって、そうして何の矛盾もなく、その神への篤い信仰の意識のまま、曲を作った、と思います。
 ですが、日本人が歌うと、神への賛美より「抱きあえ幾百万の人々よ。」(ザイトウムシュルンゲン ミリオネン)の方に意識が行きますよね。世界の人々がみんな肩を組んで仲良くしよう。世界の平和、こちらですね。
 そうですね。今はプロテスタント、カトリック、ゴスペルは問わないようですね。「天使にラヴソング○」って、カトリックですもんね。
 いやあ、ゴスペル、友達は本当にノリノリで楽しそうに歌っていたんです。が、謙介さん、あそこまでのリズムがちゃんと取れるか。(笑) でも本当に楽しそうでした。やっぱり声を出して歌うのって、いいですね。

Posted by: 謙介 | 09. 04. 30 at 오후 10:10

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