« 観劇は出発から帰宅までが「祝祭」です(その3) | Main | 京洛攝陽来復春 その2 »

09. 04. 01

京洛攝陽来復春(みやこになにわにふたたびのはる)その1

ちょっと今日は歌舞伎の演目のような
タイトルにしてみました。

こういう歌舞伎の演目のことを単に「外題」と言う人が
いますが、それは間違いです。
なぜなら、「外題」と言うからには「内題」だって
あるわけです。正しくは和綴じの本の表紙に書かれた
タイトルが「外題」です。すべて和綴じだった本は
そうそう分厚くすることができませんでした。
(商家の大福帳なら分厚かったですけど、
あれは書付、いわばノートですから)
なので、何分冊にもしたわけです。
そのそれぞれの分冊のタイトルを本の中の
冒頭に入れました。これが「内題」です。
だからこれは本のタイトルのことで、
単に歌舞伎の演目のことを外題
と呼ぶのは、本来は正しくありません。
それから外題の元が「藝題」が訛ってそうなった、
という説もあるようですが、これまた何だかなぁ、で
確証のある話ではありません。
もとより「京洛攝陽来復春」なんていう
題名の浄瑠璃も歌舞伎もありませぬ。
謙介の創作題名ですのであしからず。(笑)

先週の金・土日、例の目下校正中の原稿の
打ち合わせと相談にセンセイと史学関係の校訂をしている
Oくんと打ち合わせに京都と大阪に行ってきました。

今回は原稿の打ち合わせというより、まだチェックしていなかった
資料があるので、その確認を、ということで、図書館・資料館
本屋めぐりで2日間を過ごすことになりました。
そのことについてのご報告を今から何回かに分割して
掲載いたしたいと思います。
お時間があったら、読んでやってください。

一日目の集合場所は、京都御所近くの
スクールカラーが紫の某大学。(笑)そこの正門に12時半に集合。
しかし、12時半なんて本当に微妙な時間ですよね。
お昼はどうするの? っていうような時間です。
センセイが、「そんなら12時半にな。」とおっしゃったので、
「え? センセ、ホンマに12時半ですか?
11時半でも13時半でものうて、12時半ですね? 」
と言ったら、「そや。」 というお返事。
いそいで、名張(なばり)に住むOくんにメールします。
「センセイ12時半言うてはる。」
「そしたら、軽うに食べとこう。」
と、いうことで、俺とOくんは事前に、河原町今出川のZ書堂という
古書籍のお店の前に集合したのでした。
Z書堂も、亡くなった前のご主人には、何かと本のことで
頼むことが多かったです。謙介も海外に出たり、京都を遠く離れたり
で、すっかりご無沙汰だったのですが、日本に戻ってきて
久しぶりに伺うと、奥さんが店番をされていて、
「ご主人はお元気ですか? 」と聞いたら
「3年前に亡くなりました。」との返事。
ショックでした。まだ、60にもなっていない年齢だったはずで、
今の平均寿命から言えば、ずっと若いのに。
その本屋の前に11時40分、ということでしたが
謙介は早く着きすぎて、11時20分には出町(河原町今出川)
に居ました。
ちょっと時間があったので、近所の鴨川ホルモー
を散歩です。ちょうど出町のところで、加茂川と高野川が合流して
鴨川という名前になります。
ここがその合流地点。右が高野川で
左が加茂川です。

Kamogawa2

ここの川は、歩いて渡れるようにコンクリート製の飛び石が川の中に
置かれています。

Kamogawa1

この飛び石、よく見ると、亀と千鳥になっていたりもして。
大文字山の緑もまだ黒っぽく、桜は咲きはじめたとはいえ
この日は花冷え。
さて、時間になりました。Z書堂の前に行きます。
Oくん、手を振っています。
「おなかすいたなぁ。」
やっぱり友達ですね。「こんにちは」も、
「久しぶり、元気? 」もありません。

ま、頻繁にメールも
してはいますけど、何年かぶりに会っても
「あの頃」のままです。まるで昨日ゼミの
発表があって、研究室で別れた続きのよう。
「どこ行こうか? 中○?王○? 」
「王○で久しぶりに。」というOくんのリクエストで
出町の王○に行きました。

Demachioushou3


実はここの王○、ちょっと変わったシステムがありまして。
こういうの。

Demachioushou


大学生なら、食事代金がなくても、食後30分
店でその分の労働をしたなら、代金はそれで
相殺される、というシステム。
それから、ここは定食のばあい、ご飯の量が
大・中・小と選べます。
Oくんは以前は餃子定食のご飯大、なんていうのを
食べていた人でした。
ちなみにご飯大はこんなものですぅ。


Demachiousho1


全貌になりますとこうなるのですが。これでも通常価格でおます。


Demachioushou2

謙介も学生のときはチャーハンと餃子2人前なんていうの
平気で食べていたのです、、。
(でも、これでも500円でおつりがきていたのですよ。
餃子が1人前130円で×2の260円。チャーハンが
1人前200円でしめて460円でしたから。)
今は、チャーハンと餃子1人前というのでさえ、
何とかがんばって、、という世界になってしまいました。
あのころは体重が103キロもあったし、、。
かくしておっさんの二人はチャーハンを食べてそそくさと
出てきたのでありました。

センセイの待ち合わせの学校の前に行きます。
もうセンセイは来られていて
「ほな、行こか。」ということで、この学校の図書館に
行きました。ここで2時間ほど、資料を見せていただき
本もあれこれと調べました。
Oくんが出してきて、俺がノートに書き付けていきます。
センセイは横で、「××は見といたかなぁ。」
「△△は、どうだったかなぁ。」とつぶやきます。
そうしたら二人があわててその本を探してきて、
センセイに見せます。「あ、これは見といたし、大丈夫。」
俺が、参考資料のところに「○○チェック済」とメモを書いて行きます。
2時半、終了です。
「ここまで来たから、本屋に行こう。」
ということになって、図書館を出て、
御所の横、寺町の通りを下がっていきます。
途中、鴨○高校の前では、庭師の方が
校庭のカイヅカイブキの枝打ちをしていました。
この鴨○高校は、ジュリーの母校ですよね。

さらに南に行き、丸太町の交差点を渡って、どんどん
南に行きます。
途中、三月書○に寄って本を見たり、
寺町二条で、ちょっとだけよ、、と言って
柳桜○に寄ってお茶を買いました。
再び戻って、さらに、と思って角を見ると、
やっぱり変な感じがしました。
それが無くなった、というのは
先ほど書いた三月書○さんのブログで
知ってはいたのです。
しかし、やはり実際を見ると、、
今までそこにあるのが当たり前、
それが普通、と思っていたものが
ないと、、、、。
思わず謙介はため息が出ました。
寺町二条の角にはかつて八百卯という
果物屋さんがありました。
梶井基次郎の「檸檬」のお店、と言えば
ああ、と言われる方もおいでかもしれません。
その八百卯さんのご店主さんが亡くなり
後を継ぐ人も居なくて、店を閉められた、
という話は聞いてはいたのです。
しかし、

Yaou1


Yaou2

こうやって現実を見ると、さすがに辛いものがありました。
しかし、お店の方にとっては、俺みたいな部外者がのんきに
センチメンタルなことを言うのは迷惑な話だと思います。
困っていたからこそ、永きにわたる店を閉められた
わけでしょうし。

でも、謙介はこの後、もうひとつ
辛い話を聞かなければならなかったのです。
ちょっと長くなりました。
いつもどおりやんけ。)
今日はここまでにいたします。

|

« 観劇は出発から帰宅までが「祝祭」です(その3) | Main | 京洛攝陽来復春 その2 »

上方のはなし」カテゴリの記事

Comments

王○は月に二回、新聞広告に餃子無料試食券がついてるのが楽しみですヽ(´▽`)/
鴨○高校と言えば、山本富士子、田宮二郎も卒業生ですね。日本初の女子高で、女生徒が上がり易いように階段の段差が低めに作ってるとか、講堂でヘレン・ケラーが演説したことあるか、OBの子から色々逸話を聞いたことがあります。

Posted by: mishima | 09. 04. 01 AM 10:46

----mishimaさん
そうそう。前に住んでいたときは、その券を鋏で切って、王○でよくいただきました。
京都の王○は、チェーン店とは言いながら、結構各店で個性がありますよね。出町の王○は、餃子定食とか天津飯定食とか、無難な名前(笑)なんですが、花園駅前の王○はタイガース定食とかドラゴンズ定食、というふうになぜか野球の球団名が定食の名前でついていました。それに、「労働で相殺」なんて大書してある王○っていうのも、、。(笑)味も各店で少し違うみたいですね。俺の周囲では、餃子は太子道のがうまい、とか、ラーメンは大将軍のがええわ、という話でした。鴨○高校、本当に伝統のある高校、という感じでした。以前から、あの学校のたたずまい、好きでした。あの辺も、昔は立命○大学の広小路校舎があったのですが、府立医○に校地を売ってしまって、今では府立医○です。よくあの辺も文楽を見に行ったのですが、やはりすっかり変ってしまっていました。

Posted by: 謙介 | 09. 04. 01 PM 11:01

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 京洛攝陽来復春(みやこになにわにふたたびのはる)その1:

« 観劇は出発から帰宅までが「祝祭」です(その3) | Main | 京洛攝陽来復春 その2 »