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09. 04. 17

こんぴら歌舞伎に行ってきました。(その4)

さて、昼の部の最初は「俊寛」です。
あらすじについては、前にお話しましたので、省略します。
今回の勘三郎さんの衣装は、先代の衣装をそのまま
使っているのだそうで、文字通り衣鉢を継ぐ、ということですね。

舞台を見ていましたら、急にざわざわとしました。
何かと思って振り向くと、客席最後列のさらにうしろの窓が
開け放たれていて、そこを船が左から右にゆっくりと動いていくでは
ありませんか。その後ろの窓を船がよぎったかと思うと、
今度は南側の窓が同じようにあけられていて、そこを水色の背景を
バックにやはり船が走ってきます。次第に船が移動をして後ろから前に
やってきます。南側の窓をすべて通り終えると、今度は舞台に船が
あらわれました。客席はやんやの喝采です。


距離と時間の経過とがうまく表現されています。
そうして、どーん、と、最後に大きな船が目の前の浜辺に到着する、
というわけです。

俊寛は重い芝居ですが、ずべて「重い」では、見ていても
しんどいばかりです。やっぱり、どこかに「救い」が欲しいですよね。
ということで前半の七之助の海女の登場する部分は
意識して軽妙に持ってきている部分もあったように見受けられました。

そうして最後です。
ご赦免船は島から離れていきます。
それを海岸の巌に上っていく俊寛。
その巌に上っていくところで巌がぐるっとひとまわりします。
舞台の中央に聳え立つ巌。
そこに生えている松の木の枝を俊寛はつかもうとします。が
枝は簡単に折れて、俊寛はよろめきます。
その簡単に折れてしまった松の枝は、そのまま
そこで万策尽き果ててしまった俊寛の生涯を
象徴しているのでしょう。

そうして風のふきすさぶ岬の巌に立って、
この島を離れていく船を見送るのです。
今まではそれでも、一緒に流されてきた人もいました。
その人たちは船で島を離れていきます。
これからはもうそんな人もいません。
後に残るのは過酷な自然の中で、希望もなく
生きていかねばならないこれからの自分だけです。

島に暮らして、孤島の生活を経験した自分は
やはりそこに自分を重ねてしまいました。
現代は、電話もあります。
テレビの電波だって何とか届きはします。

しかし、やはり孤島の生活は厳しいものがあります。
11月くらいから、吹く風が一層きつく、冷たくなって
いきます。空は鉛色になって、その空を
白い雲の塊が時折ものすごい速度で
過ぎていきます。
海は荒れてうねりもきつくなってきます。
その沖を波頭を打ち破りながら
船が進んでいるのが見えます。

これほどまで海が荒れると、島には船が接岸できません。
海の荒れた日には、何日も船が島につけないのです。

ということは、もしも急病にかかっても
島から外に診療を受けにいくことはできない、
ということでもあります。


この前にも書きましたが、
リゾートだの、島の生活にあこがれるの、と言う人がいますが、
そんなものは、島のいい面だけしか見ていないからだ、
そんなのんびりしたことを言うのであれば、
一度、一冬の間、島で過ごしてみたらいいんだ、
と思います。

俺はいつかまた辞令がくるとその島から
転勤をする、ということができました。
しかし、俊寛は罪人でその島に流されてきた人でした。
そうして、役人を斬って自らもう一度罪人となり
島に残る、という選択をしました。
島での生活、風土、どんな気持ちがその時俊寛自身の
胸を去来したのか。
そんなふうなことを思うと、本当に見ているこちらは
胸が一杯になりました。


それから25分の幕間です。
この間にお弁当をいただきます。
さっきコトヒラさんが運んできてくださった
お弁当をいただいて、委佐子の店で
買ってきたお菓子を食べます。
周りの人たちもそれぞれお弁当を広げて
さっきの俊寛の話とか、梨園のかたがたの
月旦に余念がありません。

さて、食事も終わったので、トイレです。
金比羅大芝居に行くにあたって、
俺は一番注意しないといけないのは
水分のコントロールかもしれないなぁ、
と思います。

特に女性。
大芝居の劇場を出て、左にどんどん行くと、
トイレがあります。男女に分かれては
いますが、女性用のトイレの数が
到底足らないので、男性用も女性に解放
されて使用されます、

が、そんなもの
全然足りません。常にトイレは女性の
長蛇の列です。
男のほうはさっと済んでしまうので
あまり列にはならないのですが、
女の人のトイレは、困ると思います。
ひどいときには、芝居が始まりそうになっても
トイレに行きたいから並んでいて、、
なんていうことになる人もいて、
そうなったら、芝居をゆっくりとした気持ちで
観ることだってできないじゃないですか。
車の渋滞用のために用を足せるやつ、
売ってますよね。
女性はホント、真剣にその簡易トイレを持って
いっていたほうが
いいんじゃないですかね。
大芝居の周囲なんて山ですから、
木の陰でおほほほほ、と。

俺がこんぴら歌舞伎で一番に気をつけて
おかなければならないことで、水分、
と言ったのは、そういうことです。

あ、どうもすいません。さっきからトイレトイレと、
連呼してしまいましたですね。でもね、ないんですよ。
トイレが。本当に毎年困っています。

さて。再び劇場に入ることにします。
幕間の時間に、建物の雨戸がすべて閉められて
外の光は遮断されています。
場内の照明がゆっくりと落ちて暗くなっていきます。
季節は春から再び冬へ。雪のしんしんと降る大和の
橿原に舞台は移ります。
場所は新口村。
これまた重いお話です。
梅川は七之助。忠兵衛は扇雀。
そういえば、俺が最初に観た新口村も、
忠兵衛は今の扇雀のお父さんの坂田藤十郎が扇雀の時でした。
二代続けて観た、ということになりますですね。

天井のぶどう棚から雪をちらちらと降らせているのは、
ウエム○センセイの大学の教え子たちです。

センセイは、かつて寺山さんの天井桟敷にいて、
東さんの東京キッドブラザー○に移って、
そうしてこちらに戻ってずっとミュージカルの公演を
主宰して続けています。
俺もポスター製作や裏方でお手伝いをしているのです。
彼は数年まえから大学に迎えられて
演劇理論を教えることになりました。
その教え子たちが今回の歌舞伎の裏方スタッフで大勢
入っています。
この新口村で雪を散らせているのも彼らです。


Budoudana


これがぶどう棚といわれる上の造りですね。
雪を落とす人は、棚のほうにも
花道に沿って補強された部分がありますから
そこを音をたてずに移動しながら、しんしんと
雪を降らせるわけです。
この構造、今の劇場も同じようになっています。


この芝居では雪が大切です。
芝居の進行とは関係なく、雪は自然に降っていなければ
なりません。その無愛想さこそが、却って最後の孫右衛門と
忠兵衛たちとの別れのつらさをよりいっそう高めることに
なるからです。
時々、バサッと雪が落ちてきて、観ててひやっとする
場面はありましたが、総じて俺が観た時は、うまく
散らせていたように思います。
孫右衛門と梅川の芝居もドキドキでしたが
雪の降らせ方にもドキドキして、結構疲れました。(笑)

今回の演出では、別れの場面。主の花道に孫右衛門を。
副の花道に梅川と忠兵衛を立たせて、客席の左右で芝居が
進行する、というクライマックスでした。舞台は美しく
また別れのつらさ、いとおしさ、そうしたものが
あふれるように表現されていたように思いました。

歌舞伎を観るということは、
その前時代の能狂言の要素も入っているし、
明治以後の芝居の要素もすでに出てきていて
ちょうどそれが橋渡しになっているのが
歌舞伎で、そういう意味でも歌舞伎はおもしろい、
と俺は思うんです。
能はきちんと所作が決まっていてゆるがせにできません。
歌舞伎も去年成田屋の若ぼんが演じた「暫」はもう
成田屋の芸ですから、一点一画ゆるがせにできない、
という部分がありますよね。
その一方で、近代につながる心情吐露の部分、というのも
あります。
俊寛も、去って行く船に向かって、どういう表情、しぐさを
するか、とか、新口村だって、どうしてもあふれてくる親子の情
をどう表現するか、は本当に役者の腕の見せ所だと思います。
そういう近代につながる心情の描写、というのも見られるし、
定式の、という部分もあるし。
そういう意味では、歌舞伎と言うものは、中世と、近代の橋渡しの
演劇で、しかも何でもありの世界ですから(笑)
おもしろいなぁ、といつも思います。

(今日聴いた音楽 新版歌祭文 野崎村の段
 浄瑠璃 四世 竹本越路太夫 
 三味線 二世 野澤喜左衛門 
 
 近畿地方に住んでいる人間は、野崎、というと
 すぐに、あ、大東市、と片町線 (謙介はおっさん
 なので、学研都市線なんて、おしゃれな言いかたでは
 言わないわけです。あんなもの片町線でええのじゃ。)
 ってすぐに出てくるんですけどね。
 
 こういう浄瑠璃とか歌舞伎で出てくる地名というのは
 実はやはり意味があってその場所が選ばれています。 
 新口村だってそうですね。
 伊勢を経て、奈良から大坂(おおざか)に抜ける街道です。
 人と人の行きかう結節点でありました。 ということはみんな
 知ってる地名ですよね。そんな話も次回で。

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Comments

映画「浪花の恋の物語」を見ました。冥土の飛脚が原作です。
この映画での新口村、花道の出は中村錦之助・有馬稲子の舞踊、舞台に差し掛かってからは紋十郎による人形(床はつばめ大夫・のちの越路大夫)と、史実と戯曲の交錯を表現した幻想的な場面でした。
謙介さんはご覧になりましたか?未だでしたら是非お勧めいたします。

Posted by: mishima | 09. 04. 18 at 오전 10:56

----mishimaさん
ご紹介ありがとうございました。
まだです。一度見てみたいと思います。
映画だったら、また実際の舞台とはまた違ったいろいろな効果が出せますよね。
一度機会をみてみたいと思います。

Posted by: 謙介 | 09. 04. 18 at 오후 11:22

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