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09. 03. 03

2149個の記録 (その2)

地道な作業が大好きな謙介です。(笑)

現代の人っていうのは、前にも話したように
死から遠ざかってしまった結果、死に対して
とても過剰すぎるくらい、反応してしまうように
なりました。 しかも、死は悪いものだ、
というところで固着してしまったように思います。

昔の人は(時代の変遷もありますから、こんなふうに
ほんとうは一くくりにしてしまっては
いけないのですが)人生の階梯というのは
死から再生への繰り返し、と考えていたようです。
つまり、人生の階梯をひとつ上る、ということは
その前段階を「死」とともに終わらせる、と
考えていたわけです。

その一番代表的なのが成人式だったと
いうことですね。

今も田舎に行ったら、そういう儀式が残っているところが
あると思うのですが、
よく成人式を迎える人に、無茶なことを
やらせるという儀式がありますよね。
たとえば、寒中、雪の中、裸で神社におまいりに行け、
とか、冷たい水の中に飛び込んで何がしかのものを
取ってこい、とか。高い断崖絶壁のようなところから
飛び込んで上がってこいとか。

そういう儀式っていうのは、それを一人前にこなすことで、
一人前の大人として認められ、その地域の大人の社会の中に
入ることが許された、という儀式だったわけですよね。

子ども時代は死を迎え、新たに経験を積むことによって
一人の大人として生まれ変わるための儀式でした。

そういう「死から再生への儀式」の意味があったからこそ
成年式とか成人式はひとつの節目だったわけです。

いまやすっかり形骸化してしまっていますが。
ですから昔の人の考えていた人の一生というのは、
赤ちゃん→死から再生→子ども→死から再生→青年期
→死から再生→成人→死から再生→老人→死
というようなことでした。

こういうふうな考えだと、死が別に縁遠いものとは
思わなかったと思います。
ただ、これは仏教の考えではなくて、
日本のもともとの土着の考えだったと思います。

人の死をけがらわしい、という考えですが。
この「けがれる」という言葉、
京都の亀岡の小○神社の神主さんで
古代史に非常に通暁された先生がおいで
なのですが、この先生の説によりますと
「気が枯れる」が「けがれる」となったのだ、
という説を提唱していらっしゃいます。
(Ikunoさんはこの神主さん、きっとご存知の
はずだと思います。)
そうかもしれませんね。

だけどね、平安時代の京都は
お墓なんてなくて、京都の街の町外れにそういう
死体を捨てに行く場所があって、そこへ、持っていって
適当に埋めるとか放置するとかして帰ってきていました。
だから平安貴族って、ちゃんとしたお墓がなかったりします。

それで、たとえば京都にはいくつかそういう場所が
あったんだけど、そのうちのひとつが、
鴨川から東の地域。

で、その辺に死体を置いて帰ってきて、ようやくお葬式が終わる、と。
それまでは慎ましやかにしておかないといけないんだけど
お葬式が終わって、日常にかえらないといけません。
それで精進明けの宴会をしました。
これで、日常に戻りますよ、という宴会。
そのための宴会をするところが要るようになって
それがおいおい発展していったのが、今の
祇園、ということですね。
祇園の花街って、そもそもがそういう場所であったわけです。

今、南座の建っているのが四条通りで横が
鴨川ですが、その場所の辺でまぁ精進落としを
した、ということです。ですからあの辺っていうのは、
そういう日常と非日常の交差点だった、ということも
言えるかもしれません。

どういうものか、四条河原、っていうとすぐに
出雲阿国が歌舞伎踊りをした場所、っていうことには
なっていますが、俺は、それでは逆に
なぜ出雲阿国は四条の河原で歌舞伎踊りを
したのか? という疑問だって出てくるわけです。

今までになかった新しい踊りするのですから、
それは非常に目立つところで
しないといけない、と思うのです。
京都のなぜ四条のあそこだったのでしょうか?

そういう精進落としをする人たちが集まってきたでしょうし、
そうしたお茶屋がたくさんあって、にぎやかな場所だった、
っていうことでしょうね。四条河原という場所は、
そうした聖と俗の入り乱れたドラマチックな
空間であった、のではないか、と俺は思います。

話を元に戻します。
人が死ぬ、ということは確かに冷徹な現実だとは
思います。
しかし、そうやって死んでしまったら、
人の死なんて、聖なること、という位置で、そのまま置いておける
はずはありません。あっという間に聖から俗になってしまうかも
しれません。
おくりびとの映画の中でも台詞にありましたけれど、
何より、当事者はその場所にいなくて
全部周囲の人に頼まなければならないのですから。
そこで、その死は社会的な何がしかの位置に
組み込まれてしまうことになってしまいます。


六国史の中に出てくる「死」の表記の代表的な
ものは以下のものがあります。

「退去・崩・喪・薨・卒・遷化・物化・終寿」

退去というのは「カムサリマシヌ」と読みます。
これは神さまがなくなった、という場合。
それから「崩」は天皇ですね。というふうに
以下、その人の社会的な地位によって
死をあらわす言葉が厳密に決まっている
わけです。ただ「遷化」と「物化」はお坊さんの
死亡の場合に限って使われます。

こうした言葉のつかいわけなんて
ある意味非常に俗っぽいと言えば
俗っぽいですね。
でも人の死なんて、一皮剥いたら
そういうものだとも思います。


俺の坊さん友達なんかに聞いても
お葬式の席で亡くなった旦那の正妻と
二号さんが喧嘩をし始めたとか、
遺産のことでもめている、とか
そういう俗な話はいくらでもありますよね。
映画のおくりびとの中でも
そうした俗に流れそうになる部分は
いくらも出てきました。
その俗を抑えて、聖なるものとの
バランスを取るのが儀式の厳粛さ、
とか、この映画の中での納棺師の方の
形ばった儀式を大切にするような仕事
なのだと思います。

おくりびとは松○の製作でしたよね。
松○という映画会社のモットーって
俺、「映画でつづる人生の泣き笑い」
じゃないか、って思っています。
何たって寅さんの映画作っていた会社
ですから。
そういう意味で、今回のこの映画というのは
松○のそうした、「人生の泣き笑い」をテーマとした作品作り
という伝統が遺憾なく発揮された映画でした。
ですから松○の伝統の延長線上に
作られたどんぴしゃりの映画だった、
ともいえますよね。

映画監督の小津安二郎さんが亡くなった
その告別式の会場にわざわざやってきて
「小津さんは生前、借金をしていたから
その借金を取りにきた。」と言って、そこに
集まったお香典をつかんで帰ろうとした
会社の偉いさんがいました。
その時、葬儀の側の人が
「そんなもの、後日、お香典をきちんと計算して上で
そこからその借金の分を差し引いたらいいじゃないか。!
何も告別式の当日に取りに来なくたっていいじゃないか」
って怒鳴ってその会社の専務さんだか副社長だかを
追い返した、という事実があります。
その会社というのが、今回この映画「おくりびと」を
作った松○なんですけれども。


今回の映画。
最初の導入部はホント、見ててうまいなぁと
思いました。
第九を演奏している、ということで
日本人には、それで「あ、年末なんだ。」
ということが了解されるわけです。
そうして、その年末に「解散」と、言われ
主人公は失職してしまう、ことになります。

下手な脚本家ならここで主人公に
一言言わせるはずです。
「年末というのに、僕は仕事を無くしてしまった。」とか。

しかし、そんな台詞の説明など一切することはなく、
見ている側にそれとなく場面の設定を理解させてしまいます。
俺がいつも言ってる、「小説の中で説明するのはダメ! 」
っていうのはこういうことです。
年末なのに失職、というのでは場面の説明になってしまいます。
そういう下らない説明のような台詞は要らないのです。
とたんに映画の作品の密度が落ちます。

この映画を見てて、ひとつ、やれやれ、と思ったのは
「高知の雑貨屋のお嬢さん」の演技でした。
なんかねぇ、6、7年前に彼女の演じている
ドラマか何かを見たんですよ。
その時も「受け」にまわる演技だったのだけど
今回のこの映画も、受けの演技の場面、結構ありましたよね。

だけど彼女ときたら、その前に見た6、7年前の演技とまったく同じで、、
同じ表情でした。正直、もうちょっと変化させてみろよ、
と思いました。受け、の芝居であるならば、彼女はいつも
こういう演技の表現しかできないのでしょうか。もしそれならば
やはり役者として表現の引き出しが少ない、ということに
なってしまうよなぁ、と。
それが残念でありました。


話は変りますが、(変りすぎ。笑)
前にもお話したように、この建物、是非残しておいて欲しいなぁ、と思います。


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Comments

イニシエーション、でしたっけ?そういう儀式。
子供から大人へ・・・「青いくるみも吹き飛ばせ、すっぱいかりんも吹き飛ばせ」と書いたのは宮澤賢治ですが、この文には未熟なまま大人になろうとするモノは殺してしまえ、という暗示が書かれている聞いたことがあります。

死ぬ、ということは、考えてもキリが無いコトだとは思うんですが、俺は、生きて其の先に死があるだけだ、と思ってます。なんか、もう考えるのも面倒くさくって(笑)
にしても、いっぱいあるんですね~、死を意味する言葉って!喪や崩はわかりますし、漢文なんかでは、卒も習いましたが、そんなにたくさんあるとは!むぅ・・・奥が深い><


追伸:
私事で大変申し訳ありませんが、先日はメール、ありがとうございました!
無事に生きてます(笑)ご心配おかけして申し訳ありませんでしたm(_)m

Posted by: リト | 09. 03. 04 at 오후 10:15

---リトくん
 こんばんは そうですそうです。
イニシエーションです。
 宮澤賢治は、やっぱり基に農業というものがあるから、出来の悪い苗なんかだと、まともに育たないかもしれないし、育っても収量があまりないかもしれない、というので、未熟というものを嫌ったのかもしれませんね。それから、やはりあの時代っていうのは、大人、ということの重みが今とは比較にならないくらい大きかったですから、そういう意味でも早く一人前の大人に、ということが頭にあって、そういう文章になったのかもしれません。
 リトくんの死に対する考え方、って、本来の仏教そのものの考え方ですよ。お釈迦さまは、死んだら、あの世に行っておしまい! って説かれました。たまたま日本は、仏教が入ってくるときに、日本古来の考えと融合してしまって、あの世とかこの世とかお彼岸とかお盆、っていうふうに死者の魂が旅をする、と考えたのですが。
多分ね、この国の昔の人は、そうやって死者であろうとも身近な存在として考えていたのでしょうね。そういう考えが、そんなふうなお盆なんていう行事を考えだしたのかな、と思っています。
 リトくんのブログの更新があって、
うれしく読ませていただきましたよ。
また更新楽しみにしています。

Posted by: 謙介 | 09. 03. 05 at 오전 12:09

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