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09. 03. 02

2149個の記録 (その1)

すいません。
なにやら今日はいつに増してわからへんような
タイトルで。


実はこの数字、奈良時代以降の
時の朝廷・政府が作った6つの公式な歴史書
の中に出てくる、「死亡関係の言葉」の総数なんです。

6つの歴史書のことを、まとめて「六国史」といいます。
ただ読み方は「ろっこくし」ではありません。
「六国史」と書いて読みは「りっこくし」。
6つっていうのは以下の6つ。


日本書紀
続日本紀
日本後紀
続日本後紀
日本文徳天皇実録
日本三代天皇実録
の6つ。
多分、最初の日本書紀くらいは
みなさんご存知だとは思うのですが。(笑)
え? 古事記は公式の歴史書には
ならないのか? 
古事記は朝廷が作らせたものでは
ありません。
だから除外。

この6つの公式の歴史書の中に出てくる
死に結びつく言葉の数の総数が2149個。

え、誰がそんなの数えたんや、って?
謙介がひとりで数えましたですよ。
六国史の死に関する言葉をひとつひとつ拾い集めて
データベースを作って分析しました。
え? そんな暇なことするのお前くらいなものやろ、って?
まぁそうですね。この日本国中で
こんなことしたの俺だけですよ。
だから俺、
この研究で学位をいただいたんですもん。(笑)


ただね、ひとつ問題はあるんです。
6つの公式な歴史書なんですが、
最初の日本書紀とか続日本紀は別として
日本後紀以降の4つは今、完璧な形では
残っていないんです。
何巻か欠けている。
ですから、今残っている部分の巻を数えたら、
数はもちろん変動するという問題はあります。
将来、ひょっとして、その今欠けている部分の巻が
どこかで発見されでもしたら、もう一度数えなおしをしないと
いけませんし、そうなったら総数ももっと増えるということには
なりますが。

今日の職場は、例の映画、「おくりびと」を見てきた人が
いて、そのせいで、お葬式の話になりました。


その中でやっぱり出てきたのが
「死に対する穢れ」っていう考え方でした。
死にまつわる話、となったらどうしても出てくるものね。
俺、映画を観る前に納棺師の仕事、って聞いただけで
あ、それは絶対「穢れ」ということが問題として
出てくるだろうな、ということは簡単に想像がつきましたし。


だけど、死に対する考え方っていうのは、
今生きてるわれわれって、思い込みの部分が
ずいぶんとあるように思います。

今のわれわれがこういう考え方だから、
これは大昔からずっと変わらないできただろう、とか、
死に対する考え方なんてそんなに
変わっていないんじゃないか、って何の確証もなくそうだ、
って思い込んでいたりします。

それから地方によるお葬式の差っていうのも結構
ありますね。
早い話が、俺の住んでいるあたりには納棺師という役目の
人はいません。なぜなら納棺するときに、亡くなった人に
ほどこすお化粧は、親族の役目と決まっているからです。

現に母の姉(おば)が亡くなったときは、妹の母が
していました。お棺に遺体を入れるのは、
葬儀会社の人です。
知り合いのお坊さん友達何人かに聞いてみましたけど
この辺はそういう人はいないよ、という話でした。

それから四国のある地方に行くと、
いよいよ出棺のときになったら、
霊柩車に載せるときにお棺を
蹴る、という習慣のあるところも
あります。
謙介はこれはなぜ蹴るか、すごくよく分かります。
(後でお話します。)


そういうふうにお葬式とか、死に対する考え方っていうのは、
地域とか、時代が変わるにつれて
全然違っています。
たまたま今はそうだけど、以前は違っていた、なんて
よくあることです。

前にも言いましたけれども、江戸時代の終わりごろなんか
「打ち首獄門」の処刑のある日は
みんなで、お弁当提げて見に行っていました。
で、人が集まるから、いろんな屋台だって出るし。
今日は打ち首楽しみだぁ♪ そんな感じ。
処刑っていうのは、娯楽でしたから。

いまだとそんなふうになんか全然思わないと思います。
でも江戸末期なんてそんなものでした。
処刑はエンタテイメント。

だってさらし首なんて、ほんとに首を切ったの
台の上にさらしておいてあったりしましたし。
この国には、そんな時代もあったんですよ。
篤姫の時代なんか、そういうものでしたしね。
ね、これだけ聞いたって今と死に関する考え方に
大きな差があるのが分かるんじゃないですかね。

で、「死の穢れ」ということですが、
これを言い出すのは、平安時代に陰陽道が
入ってきてからですね。
陰陽道が、もうねぇ病的なほどに穢れはいけない、って
言い出したためです。


たとえば御所の中で鳥が死んでいたのを見た、と。
穢れを払わないといけないから、その日は
政務中止! になりました。
国の政治が鳥が死んでけがらわしい、という理由で
ストップしてしまうのです。
源氏物語にだって出てきますよね。
今日は日が悪いから「方違え」をする、なんて。

ところがそんな穢れを異常に怖がる記事って
日本書紀とか続日本紀にはほとんど出てきません。

それが時代が下って続日本後紀になると、そういう記録が
じゃんじゃん出てくる。鳥が死んでた、牛が死んだ
っていうようなことで、もう政務中止なんかしてたりする。
だからもう人なんか死んだらそりゃ大変です。
物忌みは厳重に行います。

だけど、それ以前って、全然そんなことなんてなくて
人が死ぬというのは、身体から魂が離れて
いく、ということだから、魂を呼び戻せば
生き返るかもしれない、って思って
魂を揺らす儀式をしたり、
棺おけをそのまんま、ずーーーーーーーーーっと置いて
その間、魂の復活の儀式をしてたりした時代もありました。

実は、さっきお棺を蹴る、というのを言ったのですが
蹴る、という意味はおそらく
これでしょうね。蹴る、ことで死者の身体を揺らせて
魂を再び戻そうとした、魂の復活の儀礼。
おそらくその痕跡が「棺おけを蹴る」という
形で残っているんじゃないか、と思います。


今、↑で棺おけをずーーーーーーーーっと置いて、
って書いたけど、じゃあどれくらい置いたか、っていうと
長かったら2年くらい置いた場合もあります。

平安時代は鶏が死んだだけで1週間くらい業務停止してるのに
それ以前は、2年くらい、遺体を棺おけに入れたまま
置いてあったわけです。 ね。ずいぶんと遺体に関する
考え方が違っているでしょ。

え? 2年も死体を置いたら、、、どうなるか
想像くらいつきますよね。
でも、その間、モガリって呼んで、ずーっと置いて
死者の復活の儀式をしていました。まぁそうやって
復活の儀式をしてもしても
もう魂が戻ってはこない、ということが確かめられたら、
仕方がないから、埋葬にかかった、と。

ただね、これは別の考え方もありまして。
時代によったら、そのモガリの間にお墓を作ってた、っていう
時期もあったりしました。


よく「冠婚葬祭」っていうでしょ。
あの熟語良く見てくださいね。
最初は「冠」なんですよ。
つまり人生最初の行事は
「成人式」だ、って言うわけです。
じゃあ、誕生は人生最初の儀式ではないのか?
はい。誕生は最初の儀式ではありませんでした。
なぜか。まともに大人になるまで人間が
育つ、ということが少なかった。子どもの時に
死んでしまうことが多かったので、誕生とか
七五三なんていう子どもの儀式は公式な
儀礼の中には入れられていません。
それくらい子どもの死亡って多かったからですね。

だから何度も言いますが、万葉集の歌の中に、
子どもの誕生を祝う歌は一首もありません。
たとえ生まれたとしても、その子が無事に
大人になるなんていう保障はどこにもなかったですから。
ですから、逆に言えば、それくらい死というのは
日常的でよくあったことでした。
平均寿命だって50歳そこそこでしたし。
それから大きな気候変動があったり
天変地異だってしょっちゅうあったりしました。
そんなことで農作物が出来ずに
餓死するということだってしょっちゅうありました。
不衛生な日常に由来する伝染病だって
結構多かったわけです。

ですから今とは比べ物にならないくらい死の頻度は
高かったのです。死は近しいものでした。
それに比べたら、
今という時代ははるかに
人が死なない時代になったと思います。

そういう葬送儀礼っていうことで言えば、
お墓のつくりだって時代によって
いろいろ変わっています。
人は死んだら魂が空に上っていくから、
天に近いところに古墳を作らなきゃ、
っていうので、山の上に古墳をたくさん
作ってた時期もありましたし、
堺の大仙古墳みたいに、でかけりゃいいわ、
って巨大な古墳を作った時期もありましたし、
そのでかけりゃいいわ、というのが、ダメ、という
ことになって、今度は薄葬令(はくそうれい)という
のが出て、葬式を簡素化しましょう、ということに
変化した時代もありましたし、、。
それから土葬をやめて、火葬にするようになった
っていうこともありますよね。


民間のお墓の形態だっていろいろです。
たとえば遺体を埋めたお墓と、お参りするお墓が別、
っていう地域もあります。
(これを難しい言葉で「両墓制」って呼びますが。)
沖縄みたいに、納骨してから定期的にお墓を開いて
骨壷から骨を出してきて
骨を洗う、なんてやってるところもありますし。

お棺の形だって、座棺っていって、人が坐った形に
入れるお棺もあったし、今は映画にも出てきてたけど
寝棺、って言って寝かせるお棺が主流になっていますよね。

まぁそういうふうに葬送儀礼っていうのは
時代によって、また地域によって、すごく
大きな差があります。

でも、そういう儀式って言うのは、
みんな自分のところのが
スタンダード、って思ってるから、他の地方の人とか
と話したら、えー!?全然違う、なんていうことだって
あります。


そういえば、俺が院の論文で、「死」ということばを
選んだときも、やはりいろいろなところから
言われました。
やはり一番多かったのが「縁起が悪い」ということでした。
おそらくこの縁起が悪い、という考えと
納棺師の方の仕事をけがわらしい、という考えは
底の部分でつながっているなぁ、と
俺はこの映画を見ながら思いました。


でも死について言葉を見ていったおかげで
死に対する考え方も時代によって
どんどん変化をするのだ、ということも
分かりました。それから記録として
葬儀の記録も出てきます。
その時代の人が、死について、
なくなっていった人について、どう考えていたのか、
ということも改めてわかって、そしてそれはまた
改めて自分の人生の中の「死」ということに
ついて考える機会にもなって、
本当にこの言葉を選んでよかったなぁ、と
今は思っています。

ちょっと長くなりました。
次は、あの映画をもとに死について
もうちょっと考えてみたいと思います。


(今日聴いた音楽 ベートーヴェン作曲
 交響曲第9番 合唱 カールベーム指揮 
 ウィーンフィルハーモニー交響楽団演奏 
 1972年9月 ウィーンにおける録音 
 実はうちの姉も某交響楽団でチェロをやっているんですが、
 「ねいちゃんのチェロ、なんぼやのん? 」と聞いたら
 レクサスが2台買えるくらい、という話でした。
 本人いわく素人に毛の生えたような楽団のチェロでさえ
 この程度なんやから、1800万のチェロ、ってまぁ
 プロなら普通やわ、とのことでした。)

 

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Comments

すごいですね。
すごい面白かった。
一生懸命読んじゃいました。
あまりに勉強になったので、リンクさせていただきました。また、お邪魔します。

Posted by: ポンポンダリア | 09. 03. 03 at 오전 1:06

 六国史から一つ一つ拾いだすなんて・・・気が遠くなりそう(でも,そういう地道な作業って大好き 笑)

 仁明天皇の時だったか,野良犬が宮中に入り込んでゲロ吐いてクソしたって事まで記録されてますよね〜。その頃から神経過敏になってたんでしょうね,きっと(苦笑)
 平城京とか藤原京を造る時なんて,予定敷地内にある古墳だの墓だのを全部あばいてまとめてたのに。たかだか数世代で・・・変なの。

 殯じゃありませんけど,葬儀費用が捻出できなくて後土御門天皇の遺体が御所の一室に数十日放置プレイされてたってのは,さすがに;;;;と思いましたが,この頃には応仁の乱とかもあって穢れに鈍感になってたんでしょうかねえ。

 あ,講談社現代新書に「墓と葬送の社会史」ってのがありますが,葬儀屋さんの立場も書かれていて,なかなか面白かったですよ。

Posted by: Ikuno Hiroshi | 09. 03. 03 at 오전 11:09

生まれてから死ぬまでの時間って
国境もなく例外なく誰にでもあてはまる
とても大切な問題。
謙介さんの文章とても勉強になります。
コメントを差し挟むのも何だか恥ずかしくなる
ほど稚拙な言葉しか出てきません。
「おくりびと」は見てみたい映画でした
遠い昔でも古人を偲ぶ思いに変わりはないのか
僕もまた本を沢山読みたく思います。
勉強してみたいです。

Posted by: 真介 | 09. 03. 03 at 오후 6:22

---ポンポンダリアさん
はじめまして。
誰でも、自分の専門っていうのがあって
それなら書ける、っていうことがあると
思うんです。俺の場合、こういうことが
専門なので、それで書けた、というだけ
なんですよ。お読みいただいてどうもありがとうございました。

Posted by: 謙介 | 09. 03. 04 at 오전 12:14

---Ikuno Hiroshiさん
やっぱり一番しんどかったのが日本書紀、続日本紀でした。(笑) あ、それから六国史だけでなくて比較研究ということで、
古事記と日本霊異記も調べました。ですから合計8つのものをひっくり返して見て
いた、ということです。
でもね、この人は、どういうお葬式をした
のか、とか、この人はどうだったのか、
っていうのが結構書かれていて、それが
感情むき出しで書いてあったりするので
おもしろくて、飽きたりしなかったんです。穢れ、っていうのも、時代にもよりますし、地域差も大きいようです。
だって平安京では、穢れだの祓いをしなくては、とか言いながら、丹波では、
自分の家の土地の中にお墓を作って遺体を
埋葬していたりしますもん。ホンマ、
穢れの考え方なんて、その土地でいろいろ
だと思いました。
 それからご教示ありがとうございました。早速、現代新書読ませていただきます。

Posted by: 謙介 | 09. 03. 04 at 오전 12:21

---真介くん
あれこれと映画のこと、書いてしまったのですが、こういう外野の声に惑わされることなく、一度見てみてください。
古典とか、いろいろな思想書をお読みの真介くんであれば、この映画の中から、また
真介くんなりの考えとか、思いというようなものがあらわれてくるように思います。
こんなふうにいろいろな作品にあたることが、真介くんの心のキャパシティをさらに
拡げていくことになるのでしょう。
また、見たら、感想を聞かせてくださいね。楽しみにしています。

Posted by: 謙介 | 09. 03. 04 at 오전 12:26

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