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09. 02. 19

目覚めた時には晴れていた

Yoake


朝、起きて ベランダに出る。
明るくなりはじめた東の空。

あ、この空気の匂い、と思う。
土の匂いと木々の匂いがまじった
この季節だけの匂い。

そうそう、京都に住んでいたころも
朝、学校に行くときこんな匂いが毎日してたよな、
って懐かしく思い出した。

不思議なもので、
学校を出て幾星霜(笑)なのに、
この時期になると、不思議にあの頃のことを
思い出しては懐かしく思う。

いや、記憶の糸をどんどん手繰って、なんていうことでは
なくて、仕事の途中、ちょっと外出した時に見た
日差しが、京都の前の家で見た山の色に似てた、とか
そこから、その時期よく一緒に遊んでいた友達のこととか。
そんなシーンが二つ三つ浮かんでは
また、そんな記憶はすうっと消えていって
現実の世界に引き戻される。
そんな数分のことでしかないのでは
あるけれど。

で、そんなふうに学生の頃のことを
憶うのは、俺だけのことなのか、って
思っていたら、昨日、うちの上司と話していて
不意にそんな学生時代の話になって。

「この時期はそういうときのことを思い出すねぇ。」
という話になって、ああ、俺だけじゃないんだ、
って思った。

今、その学部の時の先生の本の校正をしていて。
学部の時も、何度かそんな作業をしていて。
その頃流行っていた音楽なんか聴きながら
仕事をしていた日には、一体今は
何年で、俺はいくつなのだろうか、とか。
就職して今に至る歳月は明らかに
経過しているのだけど、二つの時を挟んで
同じことをしている自分の間にはそんな歳月の経過なんて
一瞬だったなぁ、と思える自分もいて。
本当に本当に月並みな言葉だけど、
それは「昨日のこと」で。「状況なんて何の変化もない」んじゃ
ないか、と強引に思ってしまったり。
ただただそこには全然進歩のない自分が
いることには変わりないなぁ、と思って
少しおかしくなった。


こんなふうに思ったのは、もうひとつ理由があった。
ここ何年も年賀状だけの付き合いになっている
友達に先日手紙を書いた。
彼と出あったのは、大学の新入生のオリエンテーション。
俺が、ぼーっと目の前の川を眺めていたら、
「はじめまして。」って声をかけてきてくれたのが彼。
その頃の俺ときたら、もうねぇ、傲岸が服を着て
歩いているようなもので、パッと見にだって
あんまり話しかけにくいトゲトゲ光線を周囲に
ばら撒いていたはずなのに。彼ときたら、そんな
トゲトゲなんて、さっと飛び越えて、話しかけてきた。
「あ、ああ、こんちは。」
俺ときたら、不意をつかれて、多分まともな返事なんて
しなかったに相違ない。

入ってから分かった(当たり前か)のだけど
俺の行った国文科は相当の変人の集まりで
高校を卒業してそのまま大学に入ってきた
という人間はクラスの3分の1程度しかいなかった。
後は他の大学に行っていて、でも文学がやりたくて来た、
っていう連中とか、社会に出るのが面倒で
何となく居心地のよさげな場所を選んで、
ということで来た連中が多かった。だから
学年は一緒でも5歳くらい年上とか、
もっと上とか、そういう連中がごろごろしていた。
でも、結果的にはそういう連中は人生を
知っていたから、彼らと遊んだことで
俺は、人生を教えてもらったり、自分の問題を
考えたり、考えるためのヒントをもらったように思う。

そしてその3歳年上の彼ときたら、
俺の「堤防」崩したばかりか、こちらの戸惑いをよそに
どんどん入ってきたのだった。
俺としてみたら、そんなふうにどんどん距離を詰めてくる
ヤツに戸惑ったり、変な期待をしたりして、、。

結局のところ、ヤツは変な期待だけを俺に与えておいて、
案の定、結論は「単に謙介と仲良くしたかっただけ。」
というあたりでけりがついた。
もちろん、そういう結末で、謙介はしばらく
ショックで落ち込んでしまったりもしたけれど、
このことがあって以来、ノンケさんには
一切恋愛感情を持ち込まない、という線を引くことにした。
それまでは俺のほうも変な打算みたいなものが
あって友達になろうとしたりしたけれど、
それ以来絶対に先で交わることのない恋愛をしても
自分が苦しいだけだから。報われない恋愛をして
やたら自分だけ消耗させて、恋に恋して
悩んだって仕方ないもの。

どんないい相手であっても
ノンケさんには一線を引いてそこから向こうには
自分の感情を持っていかない。俺はヤツの付き合いの中で
そんな勉強させてもらった。
だから友達関係に恋愛感情は一切持ち込まないように
なった。


でも、そんな感情は感情として、
俺はヤツのそんな心の自由さ
とか、偏見のなさとか、不屈の闘志には
もうそれは手放しで尊敬していることもあったし、
お互い、ウマがあう相手だった。そんなことで
恋愛感情を整理して、友達として今まで何とか
やってくることができた。

しかし、友達付き合いっていうものは、維持しようとしたら
やはり努力が要る。お互いいつか仕事が
忙しくなった二人は、このところ年賀状だけの
やり取りになってしまっていた。
やり取りは儀礼的にはなってはいたけれど
俺は時々ヤツのことを思い出しては、元気で
いるだろうか、ということをぼんやり思ったりしていた。

1月の最後のほうに俺はヤツに手紙を書いた。
久しぶりにヤツに書く手紙は、
最初のほうこそ、どういうことから書こう、と逡巡したけれど
いざ書き始めると文章はすらすらと出てきて
便箋に5枚の手紙になった。

ポストに投函して、2週間後、今度はヤツから
同じように長文の手紙がきた。
最初は形式的なあいさつだったけれど、
次第に自分の近況とか考えていることとか
が書かれてあって、それは二週間前に
俺が書いた手紙とよく似ていた。
やっぱり、こんなふうな似た部分が
あるから、俺はヤツとこうして今も友達で
いるんだ、ということを思ったりした。
久しぶりにこんな手紙を書いたりしたので
「あの頃」のことを思い出したりしていたのだ。

先生の校正は、少し停滞中。
というのも、先生、あっちこっちで
古典から引用をしまくっているのだけど、
その典拠を調べなくてはならず、加えて先生の記憶が
自分に都合のいいように覚えていらっしゃるものだから
実際の原典にあたったらそんなものはなかったり
するし。それで先生に電話したら、
「あらへんかったか。アハハハハ。」だし。
「どうするんですかぁぁ。」
「あんじょう調べて書いといてえな。」
「はいはい分かりました。(もぅぅぅぅ。)」
というような作業があって、なかなか前に進んでくれない。


それから、時節柄、こんぴら歌舞伎の席を取りたいのだけど
どうしたらいいでしょうか? という質問を受ける。
ちょっとそのことも書いておこうかな。


Oshibai1


今年は、勘三郎丈ですね。
もうこの配役は去年から決まってたからね。
去年の4月にこんぴら歌舞伎に行った時に、俺、
すでにこの話は聞いていた。去年の記事に書いて
いたと思う。
そもそもこのこんぴら歌舞伎は、金丸座を見た勘三郎丈が
この劇場で歌舞伎の公演をしたい、っていう言葉がきっかけ
だったので、丈もこの劇場に立つのは一入のものが
あると思う。今年は第25回目の公演。

で、チケットだけど、あれは松竹では取り扱っていない。
こんぴら歌舞伎に関しては、主管は琴平町役場なので。

大体が劇場のキャパシティが小さいからさぁ、
一回あたりの公演の観客も少ない、ということになる。
加えて、あの建物は重要文化財指定の建造物だから、
年間の公演はこれだけしかやったらあきまへん、と、文化庁から
お達しがきている。
琴平町役場の人に聞いたら、本当は春秋の二回やりたい、
という意向らしいのだけど、文化庁が「あきまへん」
って言っているので今のところ、春の公演だけ。
劇場のキャパシティは少ない、公演回数にだって
縛りがある、ということでチケット、なかなか手に入りにくい
という状況になってる。

こんぴら歌舞伎のチケットって
大きく分けると三方向に分けられる。

ひとつは、出演する歌舞伎役者などの、
ご贔屓筋、ファンクラブの確定分。
去年の俺の場合は、姉が成田屋の後援会の会員なので
そこから頼んだわけ。

それから、二つ目は主管の琴平町役場の分。
これはもう申し込みは終了。
(1月31日まで) 後は、キャンセルが出た
分について追加、というのが3月にあるから
それを待つということかな。で、これはもちろん抽選。
でもって、競争率が高いから外れる場合も多々出てくる。

そして三つ目は、旅行会社。
この三つのどれかからチケットを買うということになる。
あ、そうだそうだ。もうひとつ、歌舞伎を見られる方法があった。
でも、これは女性限定。

こんぴら歌舞伎でボランティアのお茶子になる、っていうの。
これだと、まぁ忙しいのは忙しいけれど、横目でくらいは
歌舞伎を連日見られる。(笑)

まぁねぇそれにしても東京とか京都の歌舞伎の公演と
違って発売枚数が大幅に限られているし、プレイガイドとか
コンビニなんかのネット発売もないから
チケットを取るのは本当に難しいだろうな、っていう
気はする。
でもね、さっきも言ったように、歌舞伎の小屋が小さいから
役者さんと観客の距離がすごく近いし、
仕掛けとか舞台装置は全て江戸時代のままだから
歌舞伎の元のスタイル、というようなものは
しっかりと味わえる。
おまけに場所がこんぴらさんのふもとだから
芝居見物の後か前に、こんぴら参詣も
できるし。季節は春、で、本当にいい季節だし。
そういう意味では他の歌舞伎の公演みたいに、
会場を出たら、車の行き交う現実社会に引き戻されて
なんていうことも少ないし、、
機会があったら是非一度。おススメの公演ではあるんだけど。

ただねぇ、その間、琴平町は
物価が微妙に上がって、こんぴら歌舞伎値段になるのが、
ちょっとねぇ、、。(笑)


(今日聴いた音楽 目覚めた時には晴れていた
 歌 伝書鳩 音源はカセットテープ )

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Comments

>こんぴら歌舞伎値段になる

 まあ,地元の人もそこら辺は呑み込んでて,「あんじょう儲けさせてもらいまっせー」ってなことになってるのでは?(笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 09. 02. 19 at 오후 10:31

---Ikuno Hiroshiさん
そうですそうです。たとえば駐車場なんか、看板を二つ持ってるんです。こんぴら歌舞伎の時期と秋の金刀比羅宮の大祭の時は、高いほうの料金の看板で、それ以外のシーズンはもっと安い値段の看板と、です。まぁでもそういうの、京都なんかでもありますし。8月16日の大文字の晩なんて、大文字特別料金のお店、結構ありますし、、。まぁどこにでもそんなものはありますよね。あ、そうそう。金刀比羅宮って、実はボクシングジムを持っています。
武闘派の禰宜さんでも養成するんですかね。(笑)

Posted by: 謙介 | 09. 02. 19 at 오후 10:55

土と木の混じった匂い・・・いいですねぇ^^ 俺の住んでるところは、まだまだ雪が降り続いてるので、その匂いはおあずけされてる気分です。

昔のことを思い出させてくれる季節、かぁ・・・
失恋・・・敵わない恋、伝えることすら困難な恋ってめっちゃ辛いですよね><
でもなんか、そういう辛さも時間が経てば思い出になってしまうんだなぁ・・・なんて感慨に耽ってしまいました(苦笑)

Posted by: リト | 09. 02. 19 at 오후 11:30

----リトくん
俺の住んでいたのは、京都って言っても右京区の田舎でしたから。世間さまは嵯峨野と言ってすごくいい印象の場所なのですが、京都に住んでる人間にしてみたら、郊外の田舎、というような場所でしたし。でも、その代わりそうした土の匂いとか、緑の匂いを身近で感じることができましたよ。
恋って、好きになってしまったら、もう本当は理由なんてないんです。ノンケさんでもそいつが好きになってしまったら仕方がない。だって理由なんてないもの。そんな経験が何度かあって、正直もう疲れ果てたわけです。いくらこっちが好きで舞い上がってても、向こうは全然そういうのないわけで。いつもそれこそ一人芝居。それでは自分はいつまでも恋愛できないじゃないか、って思って、方針転換をしたわけです。それで今に至っています。時間は、しんどかったことも悔しかったことも泣いたこともゆっくりとですが、自分の中で
別の何かに変化させる薬を持っているようですよ。

Posted by: 謙介 | 09. 02. 19 at 오후 11:50

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