« 慰労会 | Main | 身体づくりもよく考えて »

09. 01. 21

そつぎょうろんぶん

このあいだ、仕事場で話が卒業論文のことになった。

そうしたら、バイトの大学生のYさんの友達が目下卒論が
書けない、って悩んでいると聞いた。

「何で悩んでるの? 」
「いやぁ、いきなり50枚はきつい、とか言って、、、。」
「そうしたら、一度、連れておいでよ。話くらい聞いて
何とかできるようだったら、一緒に考えてみたらいいし。」

そう彼女に話したのが月曜の夕方で、なんと火曜の朝には
その悩んでいるSさんが朝一番で俺の仕事場にやってきた。


「テーマは決まっているのだけど、どう書いていっていいのか
よくわかんないんですよ。」
「ゼミの先生は、相談に乗ってくれた? 」
「全然相談したことないんですよ。何か忙しい
忙しい、で、研究室にもあまりいないみたいで、、。」

本当はそういうことって、ゼミの先生が指導するのが
筋じゃないか、って思ったけれど、現実問題は
2月12日の卒論提出日までに50枚の卒業論文が
書けて、提出できなければならない。

いまさらそんなことを言ってたって仕方がない。
俺が国文科の学生だったころは、卒論の
書き方なんて、自然に鍛えられはしたんだけどね。

国文の研究室には、恐い5回生や6回生の先輩が
いてさ。俺が資料を調べようとしたり、卒論の中間発表の
原稿を直していたら、横からあれこれ追及された。

「どういう構成で書くのや? 」
「資料は何を使うのか? 」
「論の進め方は? 」
って、いう質問がどんどん来て、それにさっさと答えられないと
「アホ、そんな弱い論の立て方でどうするのや。
もっと分かるように筋立て考えぇ! 」って叱られた。

ゼミの発表より、そっちのほうがずっと恐かった。
だけど、そうやって言われて、直しておいたおかげで
発表のときもいろいろな質問を受けたけれど、
さっと答えることができて、たいした問題もなく
終えることができた。

そういう場面があったから
締め切り間際になって卒論が書けない、っていう
ようなことで悩む、ということは一切なかった。口は
悪かったけれど、こうしたらいい、とかこういう資料を
見てみぃ、とアドバイスを受けられたもんね。
それでまぁ一時的に落ち込んだりもしたけれど、何とか
卒論をまとめることができた。


けど、今は、そういう人がいなくなってしまったし、
ゼミも講座制を敷かなくなったところも多くて、先輩が
後輩を指導する、っていうこともあまり聞かないから
こういう卒論どうしましょう、っていう人が現れるように
なった。


「あ、それでも20枚くらいは書いてるんやね。」
「後、何を書いたらええでしょうか? 」と不安そうな
顔つきで彼女が聞く。
「面倒くさかったら、だるまさんがころんだ、とでも
書いておいたら? ぼんさんが屁をこいた、とか。」
「お風呂で子どもが10数えているんやないんですよ。」と、
横からYさんが言う。
「あかんやろか。」
「そんなもの、ダメに決まってます。」
「そうかあ。そうしたら、ちょっと見せてね。」
と、彼女の書きかけの原稿を見せてもらった。


「率直に言っていい? 」
「はい。」
「これ、論文になってないわ。」
「へ? 」
「全面的に書き直しせんとあかんと思う。」
「---------」
「これではね、単なる感想文やねん。論文と感想文は
違うねん。」
たぶん、彼女は、いきなり50枚の原稿を書き始めたのだと
思う。そうして20枚書いたところで、書くことがなくなって
しまい、立ち尽くしてしまったのだ。

「じゃあ、論文、って何なんですか? 」
「あのね、調べたいこと、言いたいことがあるとするでしょ。
まぁそれが論文のテーマになるんやけど、そのテーマについて
まず仮説を提示する。筆者は〇〇は~だと思う、と言う。
その説は、オリジナルのものでなくてはならない。
誰かの説の受け売りとか、先に誰かが考えて
いるようなことは、テーマにはできない。

それから、じゃあ、その仮説について科学的、論理的に
検証したり、実験をしたりして、その仮説を証明する。
もちろん仮説の証明だから、第三者がその証明、検証を
聞いて、納得のできる書き方をしなくちゃなんない。

「ひどい論文ってさ、ここがバカボンのパパみたいになるの。」
「はい? 」
「わしがそう言うのだから、間違いはないのだぁぁぁ、って。」
「あはははは。」
「でもね、こんなむちゃくちゃな論理にさえもなっていない
ような論文って結構多いんだよ。

ここまでむちゃくちゃで
なくても、世の中には結構むちゃくちゃな人っていっぱい
いるからさー、他のむちゃくちゃな話をしていたり、
むちゃくちゃ言ってる人の説を持ってきて、ほうら、この人だって
こう言ってる、とか。まぁ人の説を引用したり、もはや
学会で多くの専門家が支持しているような説であれば、それは
引用に使ってもいいんだけど、支持する人の少ない説を
引用するのは、ちょっと注意したほうがいいと思う。


まぁこうやって人の説を引用したり、アンケート調査とか
参考文献にあたって、それを使ったりして自分の意見の補強を
したりする。この論証が論文の一番大切なところでさ、
感想文じゃないんだから、この部分で「思う」とか「考えられる」
なんて弱い言葉は使っちゃだめだよ。
ここは、実際に自分で調べてきたデータを並べて、
こうだこうだこうだ、こういう事実がある、って
強気で押していかないと。

データを並べた上で、こういう事実があるから、こう言える、
って言うのであれば、すごく説得力があるわけよ。

単に自分の思ったことだけ言うのであれば、
それは感想文にしか過ぎないもの。
論文じゃないもん。論文は必ず実証がないと。

検証をした、と。こういう事実が出てきた、
そうしてこういうことが分かった、と。
それがないと論文はダメ。

そういうことを踏まえて、結論ね。
だから、仮説で言ったこのことがらは証明された、と。

そういう大まかに言って、3段構成をとるのがまぁ
普通の論文の書き方ね。」
「3段構成ですか? 」
「大まかにいってね。人によったら、この真ん中の実証の部分を
さらにいくつかにわける、っていう人もいるんだよ。
ひとつひとつ検証をしていく、っていう場合もあるから。
この真ん中の部分は、書く人によってさまざまに変化をするとは
思うけど。」

「はぁ、なんとなく書いたらいいことがわかってきました。」

「まだ、よ。最初の部分に肝心なことを書かないといけない。」
「何か要るんですか? 」
「先行研究に触れること。」
「せんこうけんきゅう、ですか? 」
「自分が考えようとしている問題について、先に
どういう研究がなされているか、その研究については
どういう問題点があるのか、っていうことをきちんと
言わないといけない。そうして、先に研究をしているこの
〇〇さんの論文は、こういうところまで分かりは
したけれど、ここからが不明である、と。

だから、本論では、この今まで誰も解明できていない、
この部分について考えてみる、っていうふうに言う。」

「その〇〇さんの意見に同じじゃいけないんですか?」
「いけないです。(笑) そりゃそうでしょ? だって〇〇
さんの意見と同じだったら、別に論文を書く価値なんて
ないんだから。その意見に納得できないから、新しく
論文を書くわけで、一緒だったら書く必要はないもん。」
「あ、そりゃそうか。」

「それでね、大まかな構成がわかってくれたと思う。
で、次はあなたの論文について実際に見てみよう。」

「どこが悪いですか? 」
「だから証明をしなくちゃなんないんだけど、
その証明も、やっぱり構成を立てるわけですよ。」
「こうせい、、ですか? 」
「そう。まず、はじめにこのことを説明する、
次に、こういう資料があるから、これについて
説明をする、それから、これ、っていう
あらすじのメモを作るの。台本というか。」
「はい。」
「それを表にするの。で、表にして、眺めてみて
この論の進め方でいいのかどうか、確認する。
で、やっぱり論の進め方は、3段とか
4段にする。起・承・転・結とか序・破・急とか。
その形に入れて作ってみたら、後はもう書きやすい
ところから書いていっていいのよ。
調べてここが分かった、っていうのなら、
分かったところから書いていって。」
「そんなものなんですか? 」
「うん。俺はこういうふうにして書いたけど。」
「謙介さんの卒論って、何枚だったんですか? 」
「本論が50枚の、付論が250枚で、合計300枚。」
「ひえええええ。」

「構成さえきちんとしたら、そんなもの、300枚でも
500枚でも書けるんだよ。だって、俺、修論は800枚
だったもの。」
「はっぴゃくまい、、、。よくもまぁそんなに書くことありましたねぇ。」
「だって、六国史、っていって、古代から中古の歴史書6冊全部
見ていったしさ。ひとつひとつ見ていったから、そんなふうに、
膨大なことになったんだよ。でもね、俺が言った書き方を
したら、何百枚でも書けるから。」
「何かいきなり書こうとするからダメだったんですね。」
「そうそう、構成をよっく考えて、人にわかってもらう
にはどうしたらいいか、その筋道を考えてみてね。」
「何とかやってみます。」
「がんばってねー♪」
ということで彼女は帰っていきました、とさ。


          ×        ×

アメリカの大統領が変わって。
なにやらみんなはしゃぎすぎぐらいに
騒いでいるのだけど、さぁ、果たして今度の
大統領の手腕はどうだろう?
謙介はあんまり期待していないの。
前も言ったように、かつてのジミー・カーター大統領を
どうしても重ねてしまうから。
あのときも全てがいい方向に変わる、変える、
ってみんなものすごい期待をしていたんだけど
やがてその期待は失望に変ってしまって、
最後は「もうさっさと辞めろ! 」っていうふうに
なって。あの時もすんごい不景気で
もうどうしようもないくらいの生活状態だったんだけど、、。
今の状況とよく似てるなぁ、(いやもっと今のほうが
深刻なのだけどね。)
誰が今、アメリカの大統領になっても大変なのは
変らない。
ただ、まぁ、前任者が最悪だったから(笑)、それより
悪くなることはない、とは思う。いや、そう思いたい、
っていうところかなぁ。
謙介はそんな見方をしてる。
今日だって早速アメリカの株価が下がったものね。
シビアだなぁ、と思いながらそのニュースを見てたけど。

さて、果たしてこれからどうなるんだろう。


(今日聞いた音楽 南の花嫁さん 歌 高峰三枝子
 1983年盤 音源はレコード この曲、すんごく
 明るいんだけど、出来たのは1942年の戦争の
 さなか。中国の人が作曲しただけあって、
 曲がなんとなく「南方」というより、中国の旋律っぽい。)

|

« 慰労会 | Main | 身体づくりもよく考えて »

おべんきゃう」カテゴリの記事

Comments

卒論の季節ですね、でも今からって遅くないですか?ひとごとながら心配になります、無事提出できるといいですね。
夫はゼミ合宿で論文の書き方なんかをまとめて教えるようです、私も修論書いたときは夫に構成とかフランス語とか見てもらいましたが、普段優しい人なのに鬼でしたよ。
謙介さんは多分私と同じくらいの年齢かなと思うのですが(あ、勝手に謙介さんのほうが少しお兄様だと決めてます)論文は手書きでしたよね?清書するのに時間がかかって大変でした。音楽なので楽譜は手書きして貼り付けるのも多かったですし。演奏が専門ですから修了演奏なんていうものが12月にあり、それから清書に取り掛かるのでかなり計画的に進めたつもりだったのですが、最後徹夜続きでした。今はパソコンで編集しつつ書いていけるんですもの、羨ましい限りです。

Posted by: アリクイ | 09. 01. 22 at 오전 6:15

----アリクイさん

 手書きでした手書きでした。それでも、かろうじて、というか、俺大学の4回のときに、ワードプロセッサが出たのは知っているんです。当時のお値段が確か300万円だった、って思います。誰が買うんや、そんなもの、と言った記憶があります。
まだ、われわれ(で、よろしいですよね。笑)のころは手書きで、しかも間違いは原稿用紙の中で一箇所程度なら、マス目に同じ大きさの紙を貼って上から書き直していましたが、何箇所もなると、それは失礼、というので、紙をべりっとはいで、次の新しい紙で書き直していた、記憶があります。おまけに、俺の学校は、卒論は和綴じにする、という規定がありまして。(笑)原稿が書きあがったら、題箋をつけて、タコ糸でかがらなくてはなりませんでした。
 確かに今頃から卒論なんて、、われわれのころから行くと、「遅すぎ」の一言なんですが、聞いていると、今の時期から焦りまわる学生さんが増えているんだそうで。大学の図書館の中の資料相談室なんかは、まずそんなふうに焦りまくってやってくる学生さんに、「大丈夫。」って言ってあげることから仕事が始まる、ということでした。(本当はちっとも大丈夫じゃないんですが、、。)俺の場合は、ずーっと9月くらいから書いていて、最後は年末年始で書き上げました。

Posted by: 謙介 | 09. 01. 22 at 오전 8:09

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/43807106

Listed below are links to weblogs that reference そつぎょうろんぶん:

« 慰労会 | Main | 身体づくりもよく考えて »