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09. 01. 30

つきよみ(小説・4/4了)

ちゃぽん、と、目の前で音がした。
あ、ああ。
目が覚める。
顔を上げて池の周囲を見てみる。
月はいつか山の陰に隠れていた。

ちゃぽん。
もう一度、今度は大きな魚が目の前で跳ねた。
いつしぶきがかかったのだろうか。
腕が少し濡れていた。

あれは夢だったのか。
それとも,,,,,,,
それはどちらだっていい。
とにかくわしは政吉兄の顔を見ることができて
その声を聞くことができた。
そして、約束を果たさなければならないのだ。

そうだ。これを是非とも仕上げなければ
ならない。
そうでなければ、わしは死ぬことだってできない。

わしに残された時間は、おそらくあまりないだろう。
そう思うと、一刻も早く取り掛からねばならない、
と思った。傍らに置いた杖を頼りにわしは
立ち上がった。

あ、

わしは思わず声をあげそうになった。
いつもは、そう、さっきまで、杖を地面に突き立てて
それに寄りかかりながら、わしは立ち上がっていた。
それがどうだろう。
身体がすっ、と、持ち上がる。
よろよろとすることもなく、力を杖にこめることも
しなかった。しかし、わしの身体は昔のように
何の支えがなくてもふわりと持ち上がった。

わしはおそるおそる足を前に踏み出した。
足は、よろよろでもなく、すい、と前に出る。
後ろの足を前に。やはり軽い。
杖を地面につけずに持ったまま歩いてみる。
何のふらつきもなく歩けた。

少しずつ足の運びの速度を上げてみた。
足は、確実に歩みを重ねている。
何の揺れも振るいもない。

これは一体どうしたことだろう。
わしは杖を手に持ったまま家に戻った。


家に戻ると、
まず、あの約束の原稿を探し出した。
それは、古い家から運んできてもらった書棚の
片隅に、すっかり変色してぼろぼろになった
書類袋に入れられてあった。
それをまず「発掘」し、わしはそれを仏壇の前に
おいた。

それからわしがはじめたのは
家の中の片づけだった。
至るところにものが散乱して、
何がなにやら分からなくなっていた部屋の
片づけをはじめた。そして今まで置いてあった
古い衣類や、わけの分からない書類、がらくた。
そんなものは全て庭先に出して積んでいった。
そして、何日かかかって焚き火にして燃やした。

中には亡くなった細君の服とか思い出の
品もあったが、服は一着を思い出において
後はすべて燃やした。自分のものもどうしても
そばに置いておきたい数冊の本だけ残して
後はすべて処分した。着なくなった背広、
ズボン、シャツ、衣類もどんどん燃やした。

あれこれ持っていたとしても、それをあの世にまで
持っていくことは不可能なのだ。必要なものだけ
残して、あとは全て処分した。


あれから一週間後
再び郵便局に行った。
もちろん行く前に町役場に寄って、住民票を
取っていくことも忘れなかった。
「住所変更の手続きを頼む。」そうすると
手続きは30秒で終わった。
窓口の職員がわしに言った。
「お病気、よくなられたんですね。」
「どうもありがとう。」わしはそれだけ
言うと郵便局を後にした。

戻ってきたのは身体だけではなかった。
わしの中に再び「時間」が戻ってきた。
止まっていた時計は再び時を刻み始めた。
約束の本も、印刷屋が紹介してくれた自費出版の
出版社から出版できることが決まった。

出版が決まった日の夜。
わしはまた池のほとりに行った。
そうして心の中で、政吉兄に報告をした。
池の中で再び一匹の魚が跳ねるのが見えた。


先のことは分からない。
しかし、わしはとにかく今、ここに在る。
生かされている。

「それでいいんですよね。」
わしは政吉兄に向かってそう言った。

そうして山の端にかかる月を眺めながら、
家へと戻っていった。

         ×          ×

この小説というか、スケッチを書こうと思ったのは、
実は冒頭の郵便局の部分を実際に見たから、でした。
住所変更に来ていたお年寄りが、書類が足りない、
と言われて、また帰っていく、という場面に遭遇したのです。

田舎に暮らしていると、
そして毎週がんセンターなんていうところに
通っていると、いろいろなお年寄りと遭遇します。
本当に年の取り方、というのは千差万別で
その人それぞれだなぁ、と思います。

そんな何人ものお年よりを見てきて
思ったのは、やはり「自分はこれをする」
「これがしたい。」という大きな人生のテーマと
いうのか、生きる糧のようなものを持った方、
というのは生き生きとしていらっしゃる、
という事実でした。

自分にはどうしてもやらなければならないものがある、
と思えば、それが支えになって、肉体的な
時間の経過が緩やかになるのか?という
ことも思いました。

大好きなゲイの作品を描くマンガ家さんで松崎司さん
という方がいらっしゃいます。
松崎さんが何かの作品のあとがきで
「私も老い、というものを考えるような年に
なってきたのだ。」というようなことを
お書きでした。

先日、高校の時の同級生ばかりで
集まったときも、老い、とまでは
いきませんが、それでも人生後半に
なってきて、将来的な展望、自分の
見えている「限界」、そんなものを
含めて、これから軌道修正をしばらく
していかないといけないね、っていう
ような話をしました。
身の回りでは、親の介護のこととか
成年後見制度のこととか。少しずつ
そんな話が聞かれ、出てくるように
なりました。

歳を取る、ということは自分もそうなのですが
自分より先にいる人の人生の後始末の
お世話、という仕事だってありますよね。

そんなことも考えておかないといけません。
加えて自分のことだってあります。
果たしていくつくらいまで生きられるのか、
それによって自分がどうしてもやりたい
テーマの設定だって大きく変わってきます。
とりあえず、一番やりたいこと、その次でも
いいこと、程度に分けて、考えたりしています。


さて。
タイトルの「つきよみ」はもちろん「月読」です。
古事記、日本書紀、万葉集といった上代の
文学に広く出てきます。

月の神さまです。
太陽の神は「アマテラス」で、
アマテラスさんは、もうしょっちゅう出てくる
のですが、それに反して月の神は出番がそう
ありません。

月の神は一方で「変若水」(おちみず)を
管理する分掌もありました。万葉集では
そういう役割を持っていた、とする歌が残っています。

変若水。
この水がかかると、若さを取り戻し、一説によると
不老長寿になる水、とも言われている水です。

そんなことをこのお話の下敷きにしました。


ゲイを取り巻く文化でいつも不満だ、と思うのが
若さばかりを言い立てることです。
若い、に異常にこだわって、
「ああ、歳取ってしまった。」と悲嘆する人が
多いのです。
どうしてあそこまで若さに異常にこだわるのか。

その一方でどうして年をとっていってそれなりに
人生の深みを増すことを軽視するのか。
軽視するばかりだから、いつまでたっても
経験豊かな人の理想的なモデル、
というようなものが見えてこないのだ、とも
思います。


おっさん化に居直れ、とは言いませんが、
今の自分を客観的に見る、という
強さを持たなければ、自分の人生、
見方を誤ってしまうかもしれないじゃないですか。
変に自分の若かったときの状態に
固執して、そのまま年取ってしまって
それが却って悲惨な状態になっている
というゲイの人をよく見ます。
ゲイじゃなくてもそういう芸能人を
よく見ます。
もう50代なのに、20代のアイドルのころに
固執している人とか、、。

そういう人を若いゲイの人が見たら
やっぱり年はとりたくねぇ、と
思んじゃないですかね。
あんなのは嫌、だとか。

自分を客観的に見ること。
それはすごく勇気の要ることですが、
すべてはそこからスタートするように
思えるのです。

それとともに最後まで自分のテーマを
持ち続けること。

若さにこだわりすぎず、かと言って
自分の可能性をすべてあきらめて、やる気を
失ってしまうのでもなく。

このころあいが本当に難しいと
思います。


ともあれ、このスケッチのような作品、
お読みいただいてありがとうございました。

本当は去年の秋に仕上がっていないと
いけない作品だったんですけどね。(笑)
秋をめざしての「月」だったのですが、

でもまぁ、ようやくこれで、ひとつ終えることが
できました。

また来週からは通常モードに戻ります。
それでは、どうぞよい週末を。


謙介でした。

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おげいじゅつ」カテゴリの記事

Comments

毎回、楽しく「つきよみ」を読ませていただきましたよ。
謙介さんの作品を読んで、私は「何か、いいよなあ」といった心地よい気分でいます。
感想を書くなんてできませんが…。
ありがとうございました。


Posted by: エト | 09. 01. 30 at 오후 7:50

----エトさん
 おことばありがとうございます。
気持ちがよくなる、とか、ちょっと気分が変わって、自分の中で「自分って案外捨てたものでもないさ。」っていう気持ちを持っていただけたら、それで十分だと思います。何よりのことばです。ありがとうございました。

Posted by: 謙介 | 09. 01. 30 at 오후 10:53

「つきよみ」読ませていただきました!
なんか、上手い言葉で言えないんですが、寂しさと温かさって、対極のようで実は同じところにあるんだなぁって、そんなコトを感じながら読ませていただきました。
現実は夢まぼろしの如く。止め処なく流れる時間の中で、変貌していく現実と肉体。変わろうとしない欲と夢、理想。
自分を無様にするのは自分自身。そうならぬように、ちゃんと「今」を見ていられたらなぁって思いました^^

わー、なんか、こんな感想ですみません(汗)
でも俺、謙介さんの文章好きだなぁ。
なんか、丁寧で優しくて・・・いいお話をありがとうございました!

Posted by: リト | 09. 02. 01 at 오후 10:50

 とても優しいお話をありがとうございました。謙介さんはとても温かいまなざしで周りを観察していらっしゃるんでしょうね。
 子供の頃、20歳ってどんなに大人だろうって思いましたが、実際はそうでもありませんでした。20歳の頃、40歳ってどんなにオバサンだろうと思いましたが、なってみれば見かけはどうあれ、中味はそんなに若い頃と変わっていませんでした。でも体は確実に衰えていきますし、変わらないつもりなのは本人だけで、若い方とはずれていっているのでしょう。もっと年をとったらどうなるんでしょうね…。「女と果物は腐りかけが美味しい」ってフランス人の言い方ですけど、そう思って前向きに老いていきたいって思いました。

Posted by: アリクイ | 09. 02. 01 at 오후 11:25

---リトくん
お読みいただいて、本当にありがとうございました。謙介はまだ老人っていうまでには間はあるのですが、それでも過疎地にいますと、そういうお年寄りを毎日見ます。外に出ている元気な方を見ると、まず例外なく、自分はこれをしなくちゃいけない、とか、どんどん新しいことにチャレンジしている方はやはり若いですね。どんな歳になっても自分のテーマを見つけて、それに向かっている、という人は、やはりしっかりとお元気です。やっぱり生き方が前向きの人は、違うなぁって思いました。
 無常、って前にも何度か書きましたけれど、難しいことでなくて、ただ「時間は止まらない」ということなんです。時間はどんどん過ぎていきます。だからこそ、リトくんのお話のようにこの今を大切にしないといけないんですよね。ともすると謙介も見失いがちになるのですが、本当にリトくんのお話の通りです。これから改めてそういう自覚を持っていかなきゃ、と思いました。いつもどうもありがとう。

Posted by: 謙介 | 09. 02. 02 at 오전 12:55

----アリクイさん
毎日、郵便局とか、スーパーに行きますと、いろいろなお年寄りに遭遇します。最初は、ちょっとなぁ、、って思うところもなかった、と言ったら嘘になります。けど、いろいろな人をジーっと見ているうちに、(結構そういう人間の観察が好きで眺めていたりします。)この方はどんな人生を送ってこられたのだろう、とか、どういう仕事をしている人なのだろう、とか考えるようになりました。そうこうしていると、前のようにお年よりがそう苦手でもなくなってきている自分もいました。
ゲイの小説、って、若者が主体のことがおおいのですが、そういうふうなのではなくて、ちょっと違う人を出したかった、っていうのもあります。(ゲイ小説なんていえるものでもないですけど。)
自分が歳をとっていくことも含めて、いま、実はいろんな思いが交錯しています。
これからも謙介の書いた文章、そんなことでちょっと揺れています。でも揺れは揺れとして正直にその思いも何かの文章にしていきたいと思っています。よろしかったらお付き合いください。
ありがとうございました。

Posted by: 謙介 | 09. 02. 02 at 오전 1:01

郵便局の雑多な世界、部屋の柱時計の表す孤独(祖母の家にあった柱時計を思い出しました)、池の静寂さと神々しさ、再訪した郵便局での会話、まさに「スケッチのような作品」でした。情景と心情がマッチして見事に浮かんでくるんですもの。

自分はおばあちゃんっ子だったせいか「老いること」ってそんなに怖くなく誰もが通る道だと思うと楽しみな部分もあります。いい先輩方との出会いに恵まれたことも大きいです、ありがたいことです。
「年をとる」って、ごまかしが効かなくなることだと思います。それは外見も、健康面もですが、中身も形に出ちゃう(苦笑)
とても残酷な現実ですが、受け入れる勇気が必要なんでしょうね、そして若さに変わるものを身につけねば!
と、謙介さんのあとがきを読んで思いました。

次のお話、楽しみにしています。

Posted by: 百 | 09. 02. 02 at 오후 9:32

---百さん
今、お話を伺って、自分もあ、そうか、と思いました。俺もばあちゃん子なので、歳を取ることに、そうこだわりがないんだと気がつきました。本当にそうですね。歳を取る、というのはどんどんその人の内面がちょっと言ってしまえば、だんだんむき出しになってくる、ということもありますね。若い時であれば、自制心とか、性格とかで、あんまり言わなかったり、抑えていたようなことが歳を取ると、そういう点、ストレートにぱあっと出てしまう、という方もいらっしゃるようです。
お読みいただいて、ありがとうございました。秋に出すはずだったのですが、どうしてもしっくりこないところがありまして、なかなか進まず、年を越えて、ということになってしまいました。またぼつぼつに書いていきます。よろしかったら読んでやってください。よろしくお願いします。

Posted by: 謙介 | 09. 02. 02 at 오후 10:49

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