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09. 01. 29

つきよみ(小説・ 3/4)

「おい。」

「-------」

「おい、栄治、ったら。」


わしは急いで顔をあげた。
目の前に白っぽく光っているサージのズボンが見えた。
顔を上げると、そこには見慣れた顔が
こちらを笑いながら見ている。
「ま、まさ、にい。」それだけ言うのがやっとだった。

「どうした? 何で泣いてる? 」
そこには、中学で3つ先輩だった政吉が
立っていた。
「-----------」
そのとき、とうとう自分の中で、
今まで抑えていたものが一気に崩れ落ちた。
それは、ぬぐってもぬぐっても
とどまることができずに
後から後からあふれ出てきた。
彼がそこにいた、という、驚きや
不思議な気持ちなど、その感情の前には
全く何ほどのものでもなかった。
その大きな感情のうねりは身体の中を
激しく、そして一瞬の風のように
縦横に駆け抜けた。
どんなに落ち着かせようと思っても
どんなに抑えようと思ってもそれは
不可能だった。
抑えようとすれば、それよりもっと何か
自分の身体の中からあふれ出てくるものが
あって、それが怒涛のように次から次へ、と
自分の身体へと押し寄せるのだった。

一体どれくらいそうやって泣いていたのだろう。
まさにい、の手が背中を優しく撫でた。
その手はもちろん話かけることはなかった。
けれども、それはどんないたわりの言葉よりも雄弁に、
そしてどんななぐさめの言葉よりもまっすぐに
すっかり干からびていた「ぼく」の心へ届いた。


「安心しろ。 」


ずいぶん経ってからまさにいは、耳もとでそう言った。
目を開けると、そこにはグレーの制服姿で
こちらを見ているまさにいの姿があった。
と、ともに自分にも驚くようなことが起こっていた。

「え、あ、あ? 」
「何? びっくりしてるのさ。」
服だけではなかった。いつの間にか自分の姿さえ
中学生の自分に戻っていた。
「栄治、お前、何をあわてているんだ? 」
「いや、だ、だって-------こ、これ。」
まさにいはそれには答えず、言った。
「もう気持ちは落ち着いたか? 」
「--------」 黙ってうなづく。


「まぁ、そこに座れ。」
まさにいと自分はその池のほとりの草の上に
腰を下ろした。
「もう、泣くな。」
「---------」
だめだった。折角落ち着きかかった感情が
その言葉を聞いたときに、また高ぶってくるのが
わかった。


「辛かったろ。よくがんばったな。」
まさにいはそう言って、もう一度背中を優しく
ぽんぽん、とたたいてくれた。
また泣きそうになる。
「栄治は泣き虫だなぁ。さっきからずっと
泣きっぱなしじゃねえか。」
「--------だって--------。」


目の前には白い月の光に照らされた池の水面が
鏡のように光っていた。
あたりは静かで、遠くで虫が鳴く音だけが
時折聞こえてくるだけだった。
まさにいは、何も言わず、池の水面をじっと
見ている。その横顔はやさしく微笑んでいるように
見えた。
言葉はなかった。けれども、まさにいが
こうして横にいてくれるだけで、なぜか
気持ちは安らいでいた。 何かを
語りかけるのでもなく、どこかに行こうと
するのでもなく、ただ、そこにいるだけ、
なのだったけれど。本当に不思議なまさにい
だった。


「栄治、覚えてるか? 」 
しばらくしてまさにいが話しはじめた。


「二人で書いていた、詩の原稿、いつかは本にする、って。
約束したよなぁ、 覚えてる?」
「覚えてます。」
中学に入学してしばらくした頃、
たまたま行きかえりの汽車が一緒で、まさにいと話を
するようになった。まさにいは、文藝部員だった。
そうして彼の勧めで、文藝部に入ることに
なった。文藝部には入ったけれど、俳句を作るでもなく
文章を書く、という才能もなかった。ただ、ある時、
詩を書いた。それを当時4年生だった彼に
見せた。まさにいはその詩を読んで、「いいじゃないか! 」
と言ってほめてくれた。ほめてくれると、誰でも気持ちが
いいもので、ほめられるたびに、自分はがんばって
詩を作った。不思議なことに、文章を書く、とか
同じ詩でも俳句とか短歌になるとさっぱり言葉が
浮かんでこないのに、詩になると言葉が次から次へと
浮かんでくるのだ。


そんな次から次へと浮かんでくる言葉を
鉛筆で書きとめてはノートにまとめていった。
文藝部の例会は毎週木曜にあった。
その時に一週間の間に書いた何篇かの詩を
持っていってまさにいに見せた。
まさにいも、その時、何篇かの詩を作ってきて
お互いに作ってきた詩を交換しては、いろいろな
話をした。


あのころ、自分たちの将来は本当に明るかった。
将来は東京に出て、その世界で有名になるのだ、
とまさにいは言っていた。まさにいや自分にとっては
今の日本の詩壇なんて才能のない馬鹿の集まりで
いつかは、そんな日本の詩の世界に伝説的な
詩人としてデビューするのだ、ということを
お互いに話し合った。自分の目の前に前途は
果てしなく、そうして無限に大きく拡がって
いる、と、二人は思っていた。

そして、いつか一緒に作品集を
出そう、という約束をしていた。

まさにいは中学を卒業すると実家の跡をつぐために
東京の酒屋に修行に出された。もし、そのままならば
10年くらい修行をして、そして再び実家の酒屋を継ぐ
はず、だった。
しかし、最初こそ有利に展開していた戦争は、あっという
間に形勢が逆転され、日増しに日本に不利な状況へと
傾いていった。若い人はどんどん戦にかりだされた。
そうして、まさにいの所にも赤紙が来た。
1枚の召集令状は、家庭をおき、仕事を投げ捨てて
国家のために戦の場へ行け、と命令をした。


出征するとき、見送りに行くと、まさにいは
「約束、頼む。」ともう一度こちらの目を見て
そう言った。


長い長い息を潜めたような暗く苦しい時期が
ようやく終わりを告げ、しばらくしたころ、
お袋からまさにいの消息を聞くことになった。


まさにいの乗った船は広島の呉を出港した後、
南方に向かうはずだった。しかし、鹿児島から
沖縄に至る間の海で、米軍機の爆撃をうけて
船は沈没し、乗員全員が犠牲になった。

そのことは、戦争が終わってからしばらくして
お袋が教えてくれた。「政吉さん、南方に行く
途中で、爆撃に会うて、船が沈んで、戦死されたん
じゃと。」


そんな戦死の知らせなど、あの頃はどこにでも
あった。どこにでも、というより、どの家族も
多かれ少なかれ、みんな何かしら戦争の被害や
影響を受けていた。父親を、兄弟を、家族を
空襲で、戦場で、喪った人はあまりに多かった。

長い戦の時期が終わった時、手許には
2年間、二人で書き綴った詩の原稿の束が
残された。

しかし、約束の詩集を出すことはなかなかできなかった。

弁解がましくはなるけれど、
その原稿のことを決して忘れたわけではなかった。
日々の生活に追われ、生きていくための「たずき」を
稼ぐだけで精一杯な日々が続いた。文学、とか
詩、よりもまず、生きることだった。昼間も
夜も。時間があればとにかく働いた。
しかし、働いても働いても生活は楽にはならなかった。
そして、そんなただ働くだけの毎日の繰り返しは
そんなことに思いを致す時間すらも奪っていた。

「原稿、ちゃんと今もあるか? 」
「うん。」
「頼んだぞ、な。」そう言ってまさにいはぼくの身体を
背中から抱いた。
それはすっかり忘れてしまっていた懐かしい温かさ
と匂いだった。しかし、半世紀以上のその空白は、
一瞬にして「ぼく」を、甦らせてくれた。
「栄治。」まさにいは「ぼく」の耳許で言った。
「は、はい。」
「これだけは絶対に忘れるな。俺は、いつもお前を
見てるからな。どんなことがあっても、だ。
そうして俺はお前を守る。全身全霊をこめてお前を
守る。だから、この先、どんなに辛いことがあっても、
ヤケを起こしたり、中途半端に投げ出したりするな。
辛い時は、ここに来ればいい。そして、今日のことを
思い出せ。いいか。 絶対に俺は栄治を守るから。
忘れるな。」
そうしてぼくの身体に回した腕に力が込められた。


「いいか。」
「はい。」
そうしてまさにいの唇が軽く「ぼく」のそれに触れた。
「元気でな! 」
彼はそれだけ叫ぶように言うと、そのまま
池の水面に身を躍らせた。
大きなしぶきが上がった。
「まさにい! 」
そのしぶきは「ぼく」にかかった。


           
             ×         ×        ×

仕事場でフォーリーブスの話が出た。
肝臓の病気って、60歳がひとつの山になるんだなぁ、という話をする。
60がなかなか越えられないんだよね。
その前で、、、っていう人が多い。
で、自分のことをやっぱりあれこれと考える。


まぁそれは措くとして。
フォーリーブスの代表曲で「にっちもさっちもどうにもブルドッグ」を
挙げる人が多いんだけど、謙介は絶対「踊り子」だなぁ。
あの曲はちゃんと物語があって、聞いていてひとつの作品に
なっているもの。だけどサビの「このまま別れて行きましょう。」
のところ、別に絶叫して歌わなくてもいいと思うんだけど。(笑)
「踊り子」はいい曲だと思う。


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