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08. 12. 17

源氏ですかぁ?

今日の仕事場でのお話。
他のセクションから、別の用事で来た人が
俺に質問をしてきた。
「謙介さんって、国文科の卒業ですよね。」
「ええ。」
「国文科だったら、やっぱり源氏物語って読んだりするんですか? 」
「読みましたよ。」
「あ、読んだりするんだ。」
「でも授業は取ってないけどね。中古は源氏じゃなくて
伊勢物語のセンセイを取ったから。」
「中古?」
「うん。中古。 これね、文学史の分け方でさ、歴史とは
ちょっと呼び方が違うんだ。俺は万葉集とか記紀歌謡が
専門なんだけど、そういう時代は上代、って言うの。
日本史だと古代でしょ。だけど文学史は上代。それから
平安朝文学は中古。」
「ちゅうこ。」
「中古たって、車じゃないんだけどさ。そう呼ぶの。でもね
後は同じじゃないかな。中世があって近世があって、近現代
だから。」
「源氏は取らなかったんですか。」
「うん。ちょっとね。」
「わけありみたいですね。」
「だって、源氏のセンセイ嫌いだったんだもん。」
「わはははは,,,,,,だけど、謙介さん、前にも
書道の先生好きじゃなかった、って言ってませんでした? 」
「なんでそんなこと覚えてるのさ。」
「だって、そのセンセイ、この辺の人じゃないですか。」
「まぁね。」
「書道の先生も、その源氏の先生も嫌いだったんですか?」
「うん。」
「結構謙介さんって、温厚そうなのに、人の好き嫌いが激しいん
ですね。」
「いや、まぁ,,,,,,だって、若かったしさ。今なら,,,,,,」
「今ならその嫌いだった先生の授業取れます? 」
「やっぱり微妙。」
「なんだ、ちっとも変ってなんかないじゃないですか。」
「わはははは。そうかもしれない。,,,,,,だけど、どうしたの? 
急に源氏、って。」
「あ、いや、今年、ほら、源氏物語千年紀とか言ってるから、、。
「あ、何だか言ってますよね。」
「この機会に読もうかな、とか。
私、読んだことなんですよねー。」
「え? 読むの? 」
思わず上ずった声をあげたおいら。
「全部? ホントに? 」
「えー、何か変ですか? 」
「だってさ。54巻あるのよ。」
「えええええ、そんなに長いお話なんですかぁぁぁ。」
「え? 知らんかったの? 」
「はい! 」

(そう明るくハイ、って、、)
「そうなんだ。54巻あるからね。」
「どこかおススメの個所ありますか? 」
「おススメ? 」
「だって、54巻も、読めないですぅ。」
「うーん。雨夜の品定めとか、あるけど、、それはまた
考えておくね。」

そういうところで話が終わった。
しかし、54巻全部読んだら、それはそれでおもしろいけどねぇ、、。
謙介は、角川文庫で読みました。
ホントはこれ10冊あるんだけど、
10冊並べてもねぇ、、っていうので
写真は最初の3冊。

Genji

謙介が一番印象に残っているのは
やはり六条御息所が伊勢に下向する前に、光源氏が野宮に
たずねてくるところですかねぇ、、、。
お話では9月7日ということだから、今の暦では10月の7日ごろ
ということですかねぇ、、。
源氏といろいろあった(笑) 六条御息所だったのだけど、
自分の娘が伊勢に斎宮として下向するから、
一緒についていく、というところ。
六条御息所は源氏が好きで好きで、もう他の女が源氏に
近づくと生霊になってその近づいてくる女を排除しようとした
ほどだったものね。 そんな彼女が、
そういう源氏に対する思いを断ち切って、
娘について伊勢に下向する。
その出立する前の晩に源氏は来た。

二人はどういう思いで向き合ったのだろうか、と思う。


はじめて源氏を読んだときは、あんまりそこには
気もとめなかったんだけど、
やっぱりおっさんになりまして、いろいろと
経験したり、思うことがあったりしていくとさぁ、、。


源氏を何度目かに読んだときに、
その情景を想ってさ、、。
二人がどういう気持ちで向き合っていたか、、。
やっぱり謙介が印象に残っている場面ってここかなぁ、、。

その伊勢の斎宮のあったのが、

今で言うと三重県の明和町というところ。
そこにいくと斎宮の歴史博物館があってね。
そういう斎宮のこととか、斎宮が暮らした
建物の遺構の模型展示とかがある。

謙介的に言いますと。この明和町の
伊勢バイパス沿いに「へんば餅」という
餅屋さんがありまして。
ここの「へんば餅」がそれそれはうまい!
伊勢参宮の道って、ほら昔からの街道筋でしょ
だからこういう餅屋さんがあっちこっちに今もあってさ。
一番有名なのはやっぱり、「赤福」でしょうけれど。(笑)
二軒茶屋餅、とか太閤出世餅とか、この返馬餅とか
おきんまんじゅうとか。
もうあんこ好きにはたまりません。

あ、いかんいかん。
お文学の話があんこ関係に、、
へんばもちが食べたいぞーーー。
(まだ言ってる。)

        ×        ×         ×

話を元に戻すね。
だけど、ちょっと不思議なことがひとつ。
伊勢神宮というのは天皇家の氏神であるわけですね。
しかし、何でそれが奈良・京都になくて
伊勢という離れた場所にないといけないのか、ということ。


謙介の思うのは、おそらく伊勢の豪族だった
渡会氏(わたらいし)が、天皇家の信仰(=アマテラスの信仰)
を受け入れたからだと思う。京都・奈良にはそうした信仰の
引き受け手がいなかった。だから伊勢まで行かなければ
ならないことになった、、。

このことについて、先日、実は友人と話をしたのだけど
じゃあ、なんで渡会氏がアマテラスの信仰を受け入れたのか、
と言えば、渡会氏、っていうのは、紀伊半島の伊勢から熊野一帯を
領していて、多分、渡会氏独自で太陽神の信仰を持っていたんだろう、
って思う。だから天皇家のそうしたアマテラスの太陽信仰を
受け入れやすい、という素地があったからじゃないか、
と謙介は思う。


だってさ似たものだったら、受け入れるのに心理的な抵抗って少なくて
済むでしょ。全然違うかけ離れたものを取り入れる、っていうのは
しんどいし、身に合わないっていうことだってあるけど。
原太陽信仰を持ってたところに、天皇家の太陽信仰を、、ときた。
そういうことで伊勢に神宮ができたのじゃないか、って謙介は想像している。


それぞれの天皇の治世の間、天皇に代わって伊勢神宮の祭祀を
つかさどる巫女がいた。それが斎宮と呼ばれる女性だった。
六条御息所の娘がその斎宮になったので
母親も伊勢に下る、ということになった、、、、。


忙しい忙しい、って言ってる
けれど、こういう忙しい時期だから、古典を読んで
ゆったりとした時間を過ごすのも悪くないんじゃ
ないか、って俺は思ったりするんだ。

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Comments

 意地が悪いので,きっと「雲隠」をお勧めしちゃうと思います(笑)

 源氏遍歴は,お子ちゃま向け超ダイジェスト板を読んだ後,与謝野源氏,高校の古典で出てきたので原文を読んでみようと岩波文庫を買ったものの1巻で早くも挫折,谷崎源氏にはまった大学1年。たったの2単位足らずに留年したのでヒマにまかせて岩波文庫に再挑戦,無事読破,ってとこです。

 野宮のくだりは確かに印象的ですね。
 神垣はしるしの杉もなきものを・・・と歌った時の御息所の気持ちの揺れが,なんとも。

 僕が一番印象的なのは,蓬生での末摘花との再会場面でしょうか。型にはまった古くさい歌しか読めないはずの末摘花が,脱皮したかのようにまともな歌を読みかけていますよね。終生意図せぬピエロとして生きた彼女が一瞬だけ輝いた時じゃないかと。
 愚物なりの一途さに紫式部も根負けして,いい場面を作ってやったんじゃないかって気がしたり(苦笑)


 あ,いっそその同僚さんには,漫画の「あさきゆめみし」をお勧めしてみては? 絵が少女漫画してますが,解釈自体は割とまっとうなんじゃないかと。

Posted by: Ikuno Hiroshi | 08. 12. 18 at 오전 12:57

可愛いblogのデザインにないましたね。
遊びに来て、楽しくなりました。見やすいし、いいかも。笑。
瀬戸内さんが豪華な表装で解釈本だしてますね、あれってどうなんだろう、僕、彼女の読んだことないんだけど…。

Posted by: holly | 08. 12. 18 at 오전 9:39

源氏物語、はるか昔に読みました。ただしちゃんとお勉強したわけではないので、既に断片的な記憶と化しています。我が家には夫の円地源氏がならんでおりますが、なかなかまた読もうという気にはなれません。若い頃読んだ本を今読み直すと、きっと違った読み方をするんだろうな、と思うものの、時間があっても大作を読む気持ちにならないのは、余裕が失われているのでしょうね。私の今のところの目標(?)はジョイスのユリシーズとアリオストのオルランドなのですが、読みやすいミステリーとかが先になり、どんどん後回し…。特にオルランドは値段が高すぎて躊躇します。とりあえず謙介さんに申告しておけば読むかもしれないと決意を込めて書いてみました。
インフルエンザが流行りだしたようです、どうぞ暮のお忙しい時期、風邪などひかれませんように。

Posted by: アリクイ | 08. 12. 18 at 오전 10:17

---Ikuno Hiroshi さん
高校の3年の古典の授業、一年間ずぅうううううううっと
源氏だったんですよ。 しかも、そのほとんどが文語文法の
お勉強。特に動詞、助動詞、敬語。いや、古典は嫌いでは
なかったのですが、あの文法を一年間やらされて、正直
嫌になってしまいました。(笑)
末摘花、ねぇ。それでも、そんな彼女でもちゃんと
活きる場を与えていた、ということですね。
そんなところにも人が共感するものがあるのだと
思います。
そうなんですよ。いっそ宝塚のあさきゆめみしのDVDか
大和さんのマンガでも、と考えたりしていました。


Posted by: 謙介 | 08. 12. 18 at 오후 7:08

----hollyさん
昔の文学少女にとって源氏ってやっぱり恋愛の入り口
っていうものがあったんじゃないか、って思います。
俺も瀬戸内さんのは本屋でぱらぱらとしか見たことが
ないので、正直よく分かりません。 今度本屋に行って
どれがよさげか、ちょっと見てきたいと思います。
年内はこのひこにゃんでいこうかな、と。嫌なニュース
とげとげしい話が多いので、まぁテンプレートだけでも
ちょっとのんびりしていただければ、と思ってこれに
しています。来年になったら、また変えると思います。

Posted by: 謙介 | 08. 12. 18 at 오후 7:12

-----アリクイさん
たぶんおっしゃるとおりだと思います。夏目漱石の作品でも
20歳の頃、学校の近代文学研究の授業の下読みで
読んだときと、おっさんになってからの今とは、全然
違うところに気づかされたりしますよね。そうした
いくつになっても新たな発見があるのが、やはりその
作品のすばらしさでしょうね。 10代は10代の、20代は
20代の、40代は40代のそれぞれの発見がきっとあること
だと思います。
とはいえ、そうなんですよ。俺も10代のころなんて
あの分厚いドストエフスキーでも高橋和巳でも
読んでたんです。長くて大作でも全然問題なく最後まで
読んでたんですが、いまや、すぐ集中が途切れてしまうし、、
いけません。(笑う) 源氏なんかきっと飛び飛びに
読むしか方法がないように思います。
あんなに集中できた頃が懐かしい。(笑)
いやいやそういわずにトライしてみないといけませんね。

Posted by: 謙介 | 08. 12. 18 at 오후 7:18

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