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08. 12. 26

史跡踏査

さて。
今日はうちの仕事場はお休みだったので、
調査に行ってきました。
来月、俺の所属する学会である発表の
まぁ予習です。

「実際にその場所に行ってみなければ
分からない。現場を歩いてみろ! 」というのは
史学の基礎を教えていただいた恩師の
いつもの言葉です。
文献を読むだけでは分からない。
その土地の空気とか現場でないと分からない
感覚があるんだ、ということですね。
本当にそうだと思います。
国文、って得てして、文献だけの解釈で
ああだ、こうだ、と言ってしまいがちになるのですが
ひとつの言葉が生まれる背景には
どんなことがあるか、それは実際に歩いてみたり
その場所に行ってみないと分からないことも
あると俺は思います。
やはり現場で考える、この叩き込まれた姿勢を
俺もいつまでも基本として自分の勉強は
していきたい、と思っています。

出発は朝の6時でした。
斜めに直行する道もあるのですが、
郵便局に寄る、という目的もあったので
ちょっと遠回りのルートで行きました。
まず行ったのは、四国霊場の55番札所の
南光坊というお寺です。

ここねぇ、ちょっと変っているんですよ。
本堂はこれ。

Nankoubou1

これは別に変ってはいない。
お寺なのですが、境内にこんなたてものが。

Nankoubou4

よく見てくださいね。
たてものはお寺のたてかたなんですが、
狛犬がいるでしょ。
このたてものこんぴらさんなんですよ。
お寺の境内にあります。
というのか、このお寺の道を隔てて
隣は神社です。

Bekku5

隣は大山祇神社の別宮です。

Bekku1

大山祇神社、というのは、「山の神さま」なわけですが、
それが不思議なんですよ。
どこにお祭りされているのか、
と言えば、大三島という島の港の近くに
あるんです。海の近くで、でも、山の神さま。
まぁそれを言うと「こんぴらさん」だって
山の中腹にありますけど。


で、今度は今治北ICからしまなみ海道を通って、
大三島に渡ったわけです。

Shimanami1


で、着いたのがここ。
Oyamazumi1


お社の入り口に石柱が立っています。

Oyamazumi2

書いたのは誰でしょう? 裏に回ってみますと


Oyamazumi3


ちょっと分かりにくいのですがこう書いてあります。
「統督大勲位公爵伊藤博文謹題」

このとき、博文さん、朝鮮統督だったんですよ。
なので、統督、と入っています。

お社の中はこんな感じです。

Oyamazumi4

まぁねぇ。降誕祭の日に、神社におまいりする人なんてねぇ、、。
でも、おかげさま落ち着いて参詣ができました。

お参りを済ませてから、神社の周囲の調査をしました。
それは専門的過ぎるので端折ります。
ただ、すんごくおかしかった写真がここには
いっぱいありました。
どうもここの宮司さん、
代々記念写真好きみたいで
有名人が参詣に来ると
必ず一緒に写真を撮っているんですよ。
一番古かったのが、明治40何年の
伊藤博文。
それから清浦首相もありました。
今の天皇陛下、皇太子
秩父宮。こういう方々との記念写真に
はじまって、最近になると
NHKのエビサワカツジ、とか。
エビジョンイル、こんなところまで
来てたんだ。
あ、浅野温子のもあったぞ。
伊藤博文から浅野さんまで。
もうねぇ、、。すごいんです。
その数、300枚はあるんじゃないでしょうか。

門前におみやげ物屋さんがあるのですが
そのうちの一軒が、院の時の友達の実家です。
ちょっと寄って久しぶりに話をしました。
いま、ちょうどみかんの出荷で、忙しそうです。
もう少し話はしたかったのですが、邪魔になっても
迷惑と思い、早々に引き上げました。

次に行ったのが、ここです。

じゃーん。

Murakami

あんまり行きたくはなかったんですけどねぇ。

何せこの方、俺の大学の時の書道、漢字の「書道製作Ⅰ」の授業のセンセイで。(笑)
ええ。もうねぇ、謙介さんはできの悪い学生でしたから。(笑)
入ったら、まぁ、センセイの作品がたんとございました。

Murakami1

これは中国の書家の王鐸という人の字がその基本にあります。

Murakami3
こちらは、良寛さんの書風が基礎に。
このセンセイがいつも言っていたのは、必ず自分のベースとなる
古典をお持ちなさい、ということ。その古典をベースに
自分の書風を作っていけばいい、ということです。
それは確かに必要なことだと思います。
いろいろな古典を勉強して、そうしたものを吸収した中から
はじめて自分の個性、というものが出来てくるように
思います。 あんまり好きなセンセイではありませんでしたが
主義主張で、俺自身も納得できるところは
やはりあります。

人間誰だって顔が違うように考え方だって違います。
違うからダメ、っていうんじゃなくて、
違うけれども勉強になる部分もあるよな、
分かり合える部分もあるよな、っていうことは
やはり大切じゃないかなぁ、って思うんですよ。

若い時は、そういうこと言ったら、
安易な妥協、だとか玉虫色、とか言っていました
けれども、嫌いだから話をしない、
合わないから嫌、というのでもねぇ、、
合わなくても、おもしろい、っていう部分だって
あるでしょうし。
そう考えるようにしています。

全貌はこんな感じです。

Murakami5


このセンセイ、
いろいろと近く遠くから聞こえてくる話は、結構というか非常に
生臭い話もありました。 そういう書道界の派閥の中の生臭い
力関係とか政治闘争の話は聞きたくなかったですねぇ。

文化勲章をもらうときも、ピンポイントで、どこそこの誰それさんに
実弾が乱れ飛んだの、とか。

どうして普通に字が好きで、それで書いただけ、という方向に
いけないのか?
まぁそういう派閥闘争が大好き、という人もいますけれど(笑)
俺はもうそんなことからは遠く離れて、ただ好きで、していたい
と思うだけです。 こういう人の最終目標は
功なり名を遂げたことを世に知らしめる、ということでしょうか。

まぁいいや。
近所に来たから、っていうので、まぁあいさつみたいなものでした。


次は、大三島から伯方島を経て、大島に行きました。
伯方島は、そうあの伯方の○で有名な島です。
前にも言ったけど、あの塩は瀬戸内海の塩では
ありません。南米のアルゼンチンだかチリだかから
持ってきた塩をここで精製してるだけです。
ですからあんなもの、南米の塩です。
味の○の「瀬戸のほんじ○」が
袋に原料もすべて100パーセント瀬戸内産! って書いてあるのは
もちろんこの伯方の○に対する嫌味ですね。(笑)

大島では村上水軍の資料館に行きました。


Murakami7

見学をした後で、ここでも取材をしました。
館長先生にお会いさせていただき、
村上水軍の歴史的な流れを一通り
伺いました。

ここから、再び高速に乗って今治に戻りました。
途中、島の道を走ったのですが、
来る車、ほとんどにもみじマークがついていて、
その数の多さにびっくりしました。
と、同時に、運転が、すんごく怖いんです。
走っていて突然、止まる、とか。
バスをよけようとして、道の真ん中で止まる、とか。
(多分本人は道を譲っているつもり)
怖い経験をしました。

朝は雨だったのに、昼前には天気になりました。
ほら、こんな具合です。

Hashi

車を運転しながら写真を撮るなんて、いけません。

今治に着きました。
お昼は軽く済ませて、早速行ったのがタオルショップでした。
今治はタオルの産地です。
でも、最近は安い中国製におされて、全然売れません。
そこで高付加価値のものを、ということで
あれこれとやっています。そうしたアンテナショップが
一堂にあるのがここです。


Kontex

デザイナーの佐藤可士○さんが、いろいろと助言をして
今、こうしたタオルの新しい方向性がとれないか、
模索しているところです。

Kontex2

これ、全部タオルなんですよ。

でも、こういうところは、俺、見るだけでしたね。
だって高いんだもん。

謙介は、別のタオル屋さんに行って
買ったのがこれ。


Omiya

10枚1組で700えん。(笑)
タオルなんて消耗品だからじゃんじゃん使って、また買えば
いいじゃないか、って思います。

このタオルを見学して、次に行ったのが
今治城。
ここのは、コンクリート製のうそこ天守だから
上がるのどうしようか、って思ったんですけどね。
手前の銅像は最初の藩主、藤堂高虎さんです。
ここの後、三重の津のお殿様になりますね。

Imabarijyo2

でも上がってよかった。
すごく眺めがよかったんだもん!


Imabarijyo1


それから、市内の中心部に行きました。
最近は、どこも市内の中心部の昔からある
商店街がさっぱり、、ということですが、
ここもクリスマスというのに、商店街を
歩いている人がちらほらしかいませんでした。
もう火の消えたよう。
その商店街の端っこにある今治大丸も
今月の31日で閉店になります。


Daimaru1


以前の今治には、高島屋と大丸、という二つのデパートが
あった時期さえありました。
今治の経済は実は決して悪くありません。
まだましなほうかもしれません。
というのが、ここは造船の街で、造船事業に関して
言えば4年先くらいまで、予約受注で一杯なんだそうです。
けれども、郊外に店ができたり、高速道路が整備されて
他県に簡単にいけるようになると
みんなどんどんそっちのほうに行くようになったようです。
それで、とうとう閉鎖だそうです。
大丸の店舗の中では、一番小さい店でしたし。
以前は大丸は四国に3つあったんですけど(今治・新居浜・高知)
これで高知大丸だけになってしまうようです。

それから、ちょっとおやつを食べに。休憩です。
不二家へ行きました。
不二家といっても、あの不二家とは違います。
こんなお店です。
Fijiya1


正面から見るとこんな感じです。

Fujiya2_2

横は川です。水の流れが美しい。
京都の四条にあった名曲喫茶の「みゅーず」を
思い出してしまいます。


Fujiya4


ここの名物は、何といっても
ホットケーキ!
分厚い銅版で焼き上げたホットケーキは
こんな感じです。

Fujiya3


おばあさんが丁寧に焼いてくれます。
ほかの店のように冷凍ではなくて、
作るのに時間がかかるのですが
それはそれはおいしい。
ゆったりといい時間を過ごせました。


実は、本当ならもうひとつまわるはずの取材場所が
あったのですが、あまりにセキが激しく出て、しんどくも
あったので、ここで今日は中止をして、病院に連絡を
して急いで病院に行くことにしました。

また今度機会があったらそのリベンジをしたいと
思います。

こういう調査の旅でした。


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