« 奈良をまわる(その5) | Main | 雑誌あれこれ »

08. 11. 17

助六のこと

ちょっと更新の間が開いてしまいました。
先週、ちょっと身体がしんどくてさ。
やっぱり疲れていると考えとか前向きに
なれないし、考えるのがそもそも面倒だったり
したものね。
身体もぼつぼつ前向きな方向に戻って
きました。(とはいえ、土日もちょっと仕事が
ありまして、一応出勤して、仕事はしていたんですよ。)

今日は月曜で、主治医の
検診がありまして。
まぁ、しばらくようすを見ましょう、という
いつもの(?)パターンのところで
落ち着きはしたのですが。


さて。
こないだ大阪に行ったとき、真介くんと
会う機会があった、ということは先に書いたよね。
それで、ごはんを食べた後
のんびりと話をしていたのが
千日前のドトールだった訳。

それがさぁ、
そのときにも書いたんだけど、大阪ってやっぱり
都会だから、飲食店だって遅くまで営業してる
っていうイメージがあったんだけど、
難波の表通りからちょっと入った辺って
都会には似合わないような早仕舞いの
店が多いんだねぇ。 閉店が晩の8時だってさ。

四国の田舎だって10時ごろまで
開いてるのに、大阪の難波で
カフェが軒並み8時、8時半閉店
っていうのは、ちょっとびっくりした。
もうちょっと開いてるかなぁ、って
思ってたのに意外だった、っていうのもあるし。


まぁそれはともかく。
のんびり話をしていた
そのドトールの
交差点の向かい側あたり、
そのあたりって、「揚巻助六」の事件の
あった場所だよなぁ、って思い出したりしてた。

すいません。いきなり「あげまきすけろく」って
言われたって、何のこと? っていうような
ものだとは思うのだけど。
これが歌舞伎の有名な演目で助六っていうのが
あるんだけど、その歌舞伎の助六の
話のもとになった事件だ、と言われているんだ。
ただ、これは「言われている」段階で、
はっきりそうだ、というのではないんだけどね。

ただ、ほら、こういう歌舞伎の脚本なんてさ、
いろいろな話のいいところの寄せ集めだったりするでしょ。
要するに客が入ればいいんだ、って、もう時空とか歴史
の前後関係とかその後の経過なんて
めちゃくちゃだもんね。(笑) だから歌舞伎の演目の中で、
これの事件を使ったな、って分かる場合だってあるけど
あっちかこっちからの寄せ集めだったら、「そうかもなぁ、、」で
済んでしまう場合だってあるし。

まぁいいや。
この話っていうのが、簡単に言ってしまうと京都島原の遊女揚巻に
大坂(おおざか)の豪商のぼんぼんだった
助六さんがこの揚巻さんにすっかり入れあげてしまったあげくに
この千日前の千日寺で二人自殺した、という事件。

この話がお浄瑠璃になりまして、
できたのが「大坂千日寺心中」というお話。
で、一中節によってこの話が歌われて
それが江戸へ流れていってそこで流行った結果、
二代目の市川團十郎によって劇化されたのが
この歌舞伎の助六、の話。

だから、助六の原作というのか
骨格になった話って、江戸の話じゃなくて
上方の話だったりするの。
その舞台が、まぁ二人まったりと
お茶を飲んでた交差点の反対側だった、と。

で、まぁ歌舞伎の助六を見ている分には
お江戸の話にすっかりなりきっているのだけど。


そういえば15日の土曜日に、当世の團十郎丈から
先日退院しました、ご心配をおかけしました、という
ご退院のお知らせがうちにも来てましたが、
ホンマ、大丈夫なんでしょうかねぇ? あのお方も。

まぁ俺みたいな病人が病人のことをあれこれ言っていたら
世話はないんだけどもさ。先代の團十郎丈だって
早世してて、そのせいで今の團十郎は自分の親から
芝居を習えずに、外に稽古に行かなきゃなんなくて。
すごく苦労してるし。

だから、
「海老蔵もあちこちの女の人を追っかけまわしている暇が
あったら、今のうちに、ちゃんと藝のことを父ちゃんに
習っておかんと、父ちゃん、いつこけるやら分からへんやないか。」
って姉に言ったら、

「そやけど、まぁあちこちのおねいさんと仲良しをしまくってる
学習効果も少しは出てるん違う? 最近、またいっそう
目のあたりがなんや色っぽうならはったし。」ということだそうで。

はいはい。(笑)
梨園だから、そういう学習の成果もあり、ね。

あ、それじゃない。助六の話だった。


なんで今日は助六の話を出してきたか、って
言うと、え?  ってこないだ謙介思ったことがあってさ。

あるところで、
歌舞伎の演目を書いてる文章を見てたら、
その中に
助六の赤フンのことが書いてあってさ。
ええ、助六さんがしてる赤いふんどしの
ことです。
舞台で、まぁ助六さんが
赤いふんどしをばーん、と見せたりするんですけど。

それを読んでたらさ、舞台栄えの計算を
して赤ふんをしてる、、、って書いてあったんだ。

それは全然違うんだ。
あのね、助六が赤いふんどしを締めているのは
舞台栄えとかそういう効果の問題では
ないの。
赤いふんどしを締めている、っていうのは、
男として一人前になりましたよ、
という意味があるんだ。
もっとあけすけに言ってしまうと
「生殖能力ができた。」というしるし。

そういう、
一人前になった印として、男の子には
赤いふんどしが贈られたし、
女性は真っ赤な腰巻、が祝いで贈られたの。
そういう民俗的な儀礼が江戸期から、昭和の戦前まで
結構地方のあちこちにあったんだよ。

それで、助六さんが「オレは一人前だぁぁぁぁ。」
っていうのを強調したくて、赤ふんどしを
見せるわけですよ。
だから舞台栄えとかいうようなそういった
表面的な意味じゃない。
そこのところを間違うと芝居の理解そのものも
ちょっと違ったものになってくるからさ。


まぁ歌舞伎に理屈は要らない、とは思うけれども、
多少はそういう芝居の背景のことも
知って、見たほうが、より深く、正確に
芝居を見ることはできると思うけどね。

というところで、今日は助六の話。


|

« 奈良をまわる(その5) | Main | 雑誌あれこれ »

おげいじゅつ」カテゴリの記事

Comments

海老蔵さんは父親よりはるかに立派な助六やってますから、御心配なく。

Posted by: マリア | 08. 11. 17 at 오후 10:02

---マリアさま
ご意見恐れ入ります。
このようなブログにお目をお通しいただきまして
恐悦至極に存じたてまつります。
恐れながら、本稿の文章をよくお読みいただけたら、と
存じます。伝承すべき所作事全てということで、「藝」という言葉を遣っております。小生とて、成田屋の御贔屓倶楽部の会員ですので、
その水準がどのようなものか、ということにつきましては、
多少なりとも存じてはいるつもりでございます。
決して助六のことだけではございませんので、
左様お読みいただければ、と伏してお願いいたします。

Posted by: 謙介 | 08. 11. 17 at 오후 10:31

こんばんは。体調前向きになってこられたようで何よりです。

>赤いふんどし、真っ赤な腰巻

綺麗に言うと成人の証、でしょうか(笑)
私は歴史とか地理とか国語に本当に疎く恥ずかしいばかりですが、コレは知っておりました。しかし

>助六さんが「オレは一人前だぁぁぁぁ。」

は気づきませんでした。なるほど、確かにそうです!
歌舞伎でも徒然草でも奈良でも仏像でも古墳?でも、時代背景というか民俗を知って鑑賞するのと知らないで観賞するのとでは感じるものが違うのでしょうね。世界が深まる、というか。
最近の謙介さんの記事を拝見しながらなんとなしに分かってきました。

Posted by: 百 | 08. 11. 18 at 오전 12:06

---百さん
いつもどうもありがとうございます。
文章の中にも書きはしたんですが、歌舞伎は時代の流れとか考証なんて超越した(笑)部分もあって、楽しめたらいい、っていうものであるとは、基本的にあると思うんです。ですが、その時々の人たちに受ける、という作り方をしていますから、作られた時代の考えは濃厚に反映していると。だけど、その部分が時代が経って考え方とかも変化していってみると、「一体何のことやら。」という部分も出てくるように思います。新しい見方でもいいのですが、もとの時代背景とか、考え方はこうよ、というのは、一応知っておいてもいいんじゃない? って思って今回は書きました。赤いふんどし、って、実はその当時の人に意味のあることでしたし。

Posted by: 謙介 | 08. 11. 18 at 오전 6:21

お身体いたわって下さいね。休日出勤疲れますもの、美味しいもの召し上がって、のんびりなさって下さい。
助六で私の頭にまずうかんだのは「ああ、河東節の…」でした。確かこの演目だけ河東節の方が来るんですよね。演劇にしろ音楽にしろ色々わかってから見ると楽しさが違うと思いますが、なかなかそうもいかず。次に助六を見ることがありましたら、「そうそう謙介さんがこう言ってらした」と思い出しつつ楽しみたいと思います。ブログでちょっとお勉強させて頂いたようで、得した気分です。

Posted by: アリクイ | 08. 11. 19 at 오전 6:05

---アリクイさん
お勉強というのは贔屓の引き倒しです。(笑) 俺の興味の先、というのは、どうも「作られた最初はどんなふうなものだったのか。」というところに興味が行くようなんですよ。学校で古代文学なんてやったのも、文学作品のはじめのほうに際して、人はどういう意識を持っていたか、っていうのを見たい、知りたい、というあたりからスタートしたように思います。歌舞伎とか能狂言と言った古典藝能でも、最初の形はどうだったのか、っていうあたりに関心がいくようで、それで、江戸時代に出来た時の意識を見たがって、っていうことなんだと思います。でも、やっぱり最初を知って、どう変化したのか、っていうのを知っておくと、後の変化も分かって、人々の考え方の変化も知ることができたりします。それもおもしろい、って思います。俺の興味の先は、どうもそこにあるようです。
また歌舞伎の話もお聞かせください。楽しみにしております。

Posted by: 謙介 | 08. 11. 19 at 오후 7:37

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/43112066

Listed below are links to weblogs that reference 助六のこと:

« 奈良をまわる(その5) | Main | 雑誌あれこれ »