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08. 10. 15

展覧会

板野でちょっと寄り道した後、
県道一号線で今度は一路徳島を目指す。
板野から徳島は南東の方角。
正面になだらかな柔らかい表情の山が横たわっていて
ちょうどその山の連なりが一番左の端でさあっと終わっている。
その終わるところにそびえている山が
ちょっと前に映画のタイトルにもなった「眉山」。
この山はテレビ局の電波塔が何本も立っているので
すぐ分かる。
その電波塔の立っている山を目標に、南東に
むけて車を走らせる。
徳島に行くに当たっては、徳島出身のSくんに
道のこと、それから食事のことを聞いた。
徳島に行くからには、やっぱり徳島ラーメンだ。
これは絶対に食べないといけない。
彼は徳島に実家があるとかで毎週帰っていて、
今もいつもどこの店がうまいか、
マーケットリサーチに余念がない人なので、
俺が「徳島ラーメンの店で、ご推奨
の店は? 」と聞いてみた。

すると、たちどころに、ばばばばば
と5つくらい挙げてくれた。「そ、そんなに言われても、、
ふたつくらいに絞ってよー 」って言ったら、
「まぁ、名東○と広東ですね。」とのお答え。
徳島ラーメンと言えば、一番の有名どころは「いのた○」
という店なのだけど、あそこの徳島ラーメンは他の地方の
人でも食べやすいようにずいぶんアレンジされていているらしい。
たとえば、スープの色も薄めで、他のところの人が
食べても、そう、抵抗のないようになっているのだそうな。
その結果、地元の人間の食べる本来の、個性の強いラーメン
ではなくなっているのだそうな。本当の地元の人にまじって、
徳島ラーメンを食べるとしたら、その2軒が絶対いい、
という彼の強力おススメ。 これは帰りの楽しみに。


まずは、博物館を目指す。
徳島城博物館へ。
「駐車場は、博物館の北側にありますからね。
一日とめて、310円ですわ。」とSくんのご指導のとおりに
駐車場に車を止める。
お城は小高い山を中心にこじんまりとした感じ。
ここのお城は、石垣が残るばかりで、櫓は
すべて壊されたり戦災にあったりで、何も残っていない。
(後から鷺の門だけ再建された。)
この徳島城のちょっと変っているのは、天守閣が
本丸ではなくて二の丸にあった、ということ。
山の地形、周囲を見晴らせるという位置関係
からいけば、確かに本丸より、ちょっと
突き出した二の丸のほうが見渡せる。
だからこちらにおいたのだろうと思う。
徳島藩は蜂須賀家。そうそう蜂須賀小六のあの
蜂須賀家ね。

徳島城博物館は、その表御殿のあった位置に
最近新しく建てられた博物館だ。建物は
昔の御殿風の建物にしてある。
表御殿の庭園から見た博物館はこんな感じ。


Tokushima1

本願寺展の会場は、まぁまぁの入り。
と言って、行列ができるなんていうことは
なくて、チケットも待たずに買えたし、館内も
ゆっくりと見たいものを見ることができた。
この展覧会は西本願寺に所蔵されている
国宝・重要文化財をまとめて展覧させてくれるものだ。
昨日も書いたけど、この中にかなの書道史的に貴重な
お手本が何点も入っていて、
それを楽しみに見にきたという次第。

かなの書道の作品にはいろいろあるんだけど
俺がやはり好きなのは、高野切とか寸松庵色紙だなぁ。
というのが、筆のかすれと、墨がたっぷり
ふくんでいる部分のコントラストが美しいから。
ところが、だんだんと時代が下がると、
そういうかすれがどんどんなくなっていくわ、
紙と字の間の取り方、っていうのが
どんどん無神経になっていって、
もう見るからに下品な書に堕落していってしまう。
普通には御家流って言ってて、青蓮院流とか
尊円流っていうのが、まぁ江戸時代には
武家で使われてくることで、日本の書の
標準になっていくんだけどさ。
あんな下品な書体は俺、本当に大嫌い。
墨屋の回し者じゃあるまいし、墨の色は
もうまっくろけのけだし、かすれも潤筆もあった
ものではない。おまけに紙一杯に文字が
書かれていて、文字と紙の余白の美しさ
の調和なんていうようなものは、
全く感じられない。本当に下品で大嫌い。
あの時期の書を見るたびに正直、グロだ、って思う。

今回の展覧会に出品されているものは
全部、そんな作品(笑)になる以前の、
紙の大きさとの間、とか、筆の(墨の)
潤渇をちゃんと考えて書かれた、神経の
行き渡った作品ばかりだったので、正直、ホッと
した。 


いいなぁ、いいなぁ、と飽かずに
眺めてた。あんまりじーっとガラスにへばりついて
見ていたので、その展示室から出るときに
場内で座っている係りのおばちゃんから、じーっと
顔を見られてしまった。
作品じーっと見てただけやし、別にええやんかー。(笑)

おかげさまで、いいものをたくさん
見ることができて、本当にいいひと時を
過ごさせてもらえて、本当によかった。眼福眼福。

さて、見終わって、博物館を出ると、門の前で
なにやら、べーんべーんと音がする。
行ってみると、市民文化祭の一環で
人形浄瑠璃の公演会をしてた。
さすがは徳島。

Tokushima2_2


早速プログラムをいただいて座って見せていただく。

Tokushima3


大学の時に、総合講座・日本の藝能という授業を取ったんだ。
これは古代から近現代まで各時代の研究者・演者を呼んできて
講義をしてもらう、というもの。
で、その中で、近代の上方藝能史について、を
藤山寛美先生にご講義していただいたんだけど、
藤山先生、開口一番の言葉が「私は皆さんに
借金の仕方やったら教えられるけどねぇ。」
で、もう大爆笑で、、、。

その講義の中で、先生が、「君ら、浄瑠璃とか
歌舞伎とか、今のうち、たくさん見ときや、せやけど、
それは何も名人上手の人のなんて見る必要ないのや。
あんなもん、人間国宝の芸なんて料理屋の料理や。
確かに立派や。けど、料理屋の料理は食べ飽きる。
お家の料理はなんぼ食べても食べ飽きへん。
浄瑠璃は、人の毎日の生活の中から生まれて
きたものや。
そやさかいに、立派な劇場行って、
名人のばっかり見たって、ほんまのよさは分からへんねん。
いろんなお祭りや、お寺とか神社の市なんかで
やってるのがあるやろ。
ああいうところに架かってる浄瑠璃やら、
歌舞伎というものかて
しっかりように見ときなさい。」
とおっしゃった。
まぁ、講義のテーマが日本の藝能ということだったから、
っていうのも関係はしているとは思うけど、先生
そんなことを俺たちに力を入れてお話してくださった。


「芝居に出てる役者の追っかけをするとか、まぁ
そういうのもええけどもや、
そんなことをする以前に、日本の演劇史とか
藝能の流れを一通り押さえておいて、
つまり、藝能史の骨格を
きちんと知っておくことが大事や。
その上でそういう末節に行くのならええ。
だけど、ただ単にちゃーちゃーと役者の月旦ばかりしてても、
しゃあないで。」

まぁね、講義を聞いている対象が、
国文学科と史学科の学生だったから
こうおっしゃったのだとは思う。 
やっぱり文学歴史学と藝能は結びつきが濃いものね。
国文でも近現代の専攻の
連中は、能、狂言になると全然興味がない、って
見なかったし。(宝塚はみんな見てはったけどねぇ。笑) 

やっぱり、日本のそうした演劇の流れっていうのを見ておくことも
要るよなぁ、とその時の謙介は思った。それからあれこれと
演劇の専門書を、そのころあった京都書院の2階なんかに行って
買ったりするようになったのだけど。

この公演のプログラムを見たら、
○○中学校の農村舞台の会、とか
地元の大学のクラブとか、好きな人が集まって作ってる
人形の座、とか、いろいろな年齢・職業の人が
やっている公演ばかりだった。
確かに、立派な劇場で
人間国宝の方々とか熟達した
プロの人形遣いの方々によって
行われる公演とは全然違う。
技術の上手下手で言えば
そんなもの。(笑) 
もうあららら、と思うところも
一杯あった。
だって、中学生がやっているんだもの。

だけど、そのひたむきさ、というのか、一生懸命さ
は、やはり見ている側にストレートに訴えかけてくるものが
あった。気持ちはしっかり見る側に伝わってきた。
もちろん演目の中には「傾城阿波鳴門」もあって、
「ととさんの名は阿波の十郎兵衛~」と聴くと、
胸が熱くなったし。

藤山先生がおっしゃったことを改めて思い出したり、
その意味を考えたりしながら、
俺は舞台を見ていたのだった。


(今日聴いた音楽 か? 絵本太功記 十段目
 浄瑠璃 竹本津太夫 三味線 六世 鶴澤寛治)


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Comments

文楽義大夫の人間国宝・住大夫師匠は、いつも「文楽はお勉強でも骨董品でもなく、大衆芸能、娯楽ですねん。どうぞ皆さん、気楽に見にきとおくれやす」と仰ってます。
難しいことは評論家に任せて、我々は「きれいだった」「可哀想だった」とか素直に感じたものを大切にしていきたいですね。

Posted by: mishima | 08. 10. 16 at 오후 12:28

気になるワードがいくつかあって、どれに絞ろう…
なんて考えていますが、謙介さんの嫌いな文字ってあったんだーって、
ちょっと驚いています。あー…城も行きたいし、
展示されている書も見たいし、人間浄瑠璃も見たいなぁ。
欲張りなんで(笑)。

Posted by: ピコピコヒシ | 08. 10. 16 at 오후 5:32

----mishimaさん
 そうですよね。浄瑠璃とか文楽なんて、元々がそういう人の暮らしと直結したような事件性を題材にしていたり、人の感情と直結していたりして、生活と結びついたものだった、と思うんです。気張って古典芸能を見に行く、というようなものではなくて、日常の中の流れで、というようなものであって欲しいと思います。徳島は人形浄瑠璃が盛んで、この時期、あちこちで公演があります。

Posted by: 謙介 | 08. 10. 16 at 오후 11:15

----ヒシさん
PC何とかなおってくれたらいいですね。
携帯からどうもありがとうございます。
ふふふふ。四国は4県とも個性のあるお城がありますよ。松山や、高知は天守閣が現存していますし、丸亀は石垣が立派ですし、(天守閣からの見晴らしもすごい)宇和島はこじんまりとしてて、でも古武士の風格のあるような天守閣だし、高松はお堀が海水で、餌をやったら、鯛が飛び跳ねます。(笑)是非一度お越しください。
うーん。あんまり字の好き嫌いはないんですが、唯一江戸時代の御家流のかなはパス(笑)です。

Posted by: 謙介 | 08. 10. 16 at 오후 11:20

人形浄瑠璃の公演があちこちでなんて、東京では考えられないです。やはり本場は上方なんでしょうね、文楽劇場も大阪でしたっけ?東京にも車人形とかいうのがあったかしら(うろ覚えです)
大昔、学生時代に音楽として勉強したことがあります。義太夫節とか常磐津節とか、ただただ楽譜を追うので精一杯だった思い出です。雅楽は割合わかりやすかったのですが…

Posted by: アリクイ | 08. 10. 17 at 오전 11:03

---アリクイさん
今朝NHKの四国版のニュースで言っていたのですが、来年から徳島県は10月を人形浄瑠璃月間として県内各地で、人形浄瑠璃の公演を集中的に行うそうです。人形浄瑠璃サミットも開く、って言ってました。
まぁ、それはさておき、大江健三郎さんの小説にもありますように四国は山々の懐に集落が点在しています。その集落では今も人形浄瑠璃とか、歌舞伎の公演が残っていて、村祭りのときに上演されたりしています。そういうものは、せいぜいが、近郷近在の人くらいしか知らないものですが、それでも、今もそういう行事が行われていたりします。車人形、NHKの番組だったかで俺も聞いたことはあります。
 邦楽は、西洋音楽で教育を受けた身には、なかなか難しいですね。亡くなった祖母なんかは三味線がごく当たり前のように弾けていたのですが、孫になると、ピアノは何とかでも、邦楽の楽器はもうさっぱりです。(笑)

Posted by: 謙介 | 08. 10. 17 at 오후 1:11

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