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08. 10. 08

うつりかわっていくなかで

こないだ悠太さんが来た時のことなんですが、
うどん屋さんから、純愛の聖地に行く途中、
やんやんやしまの横を通ったんです。
え? 普通に屋島と言えんのか、って?
だって、やんやん屋島のほうが楽しそうじゃないですか。

まぁ、その屋島の東の山ろくを通って行ったわけです。
ここは、いまや宅地だったり、畑があったり、
スーパーがあったりして、要するにごちゃごちゃした、
ごく普通のどこにでもありそうな、
地方都市の郊外の、のどかな
住宅地なんですが、

今から823年前は、遠浅の海だったわけです。
そんでもって、神戸から平家さんが逃げてきて
ここに居たりしたわけです。(ひらやさんでは
ありません。へーけさんです。)
そしてそれに追いつけ、ということで
神戸のひよどり越えを越えて、
義経さんたちも追ってきたわけです。
那須与一の扇の的の話は、
このやんやんやしま(やめんか、こら)であったと。
(こう書いてしまうと、全然緊迫感が感じられませんよね。笑)

歴史的に言うと、屋島の合戦、の舞台だった
場所を通った、というわけです。
かつて、那須与一が
南無八幡大権現と心から祈った場所は
今では住宅地の真ん中です。
そしてごく普通の日常感あふれる街になっています。
スーパーマルナ○八栗店で特売の
キャベツ一個が86円だの
サンマ本日特売一匹68円ってある
その同じ場所が823年前には国の統治のゆくえを
分けるほどの戦乱の舞台であった、ということですね。


スタ○だって与一です。ほら。

Yoichi
(すみません。あんまりきれいな机上じゃなくて。笑
 年季が入っているんです。)

実はうちの親類の家がこの辺にありまして。
住んでる分譲宅地の名前が、「ヴィラ壇ノ浦」。
ええ。ヴィラだんのうら です。
近所には壇ノ浦幼稚園だってあります。


時代は変わると、こんなに変化があるんですよね。
あれまぁ。


時々、「無常」ということをなんだか難しそうに
書いてある文章にお目にかかります。

だけど難しいこと言わなくったって、
無常、というのは、突き詰めていけば
「時間は止まらない。すべてのものは変化する。」という
ということですよね。


  行く河の流れは絶へずしてしかももとの水にあらず、って。

長明さんも方丈記でこうお書きです。


あ、終わった。

え?
すいません。
今まで背中で「あんま機」がうにょにょにょにょ、と
いって作動していたのです。
15分間のあんまタイムが終わりました。
この機械、ある方から紹介していただいたのですが
とても重宝しています。
え? あんま機と、中世の無常と何の関係があるのか、
ということですが、
この機械、オムロ〇製なんです。
オムロ〇という会社は前にもお話しましたが、
元の本社は
京都市の右京区は御室にありました。
御室にあった会社なのでオムロ〇。
まったくベタな名前です。
で、このオムロ〇の本社のあった場所から南へ数百メートル行くと
吉田兼好さんのお住まいだった庵の場所があるわけです。
ちょうど双が岡の東の山すそです。
徒然草を読んでいると、しょっちゅうその御室にある
仁和寺の法師の話が出てくるわけですから、
まぁ細かい場所の特定はともかく、
この辺に庵があったのは確かなことでしょう。


俺が、中世の無常というのを考えたのは
オールナイトの映画を見た帰りでした。
また、アホなことを、と思われるかもしれませんが。
祇園の八坂神社のお向かいに「祇園会館」という
映画館が今もありますが、俺、
土曜の晩にそこで映画を見ていたんです。
それでオールナイトで3本見て、見終わって
家に帰る、ということになりました。

俺の家は、その兼好さんが住んでいた双ヶ岡の
逆の西側でした。 今の住所で言えば右京区の常盤
というところです。 ご近所に当時山田五十鈴さんの
お住まいだったマンションもありました。

祇園でオールナイトの映画を見て、
帰りは早朝だったので、常盤の家まで歩いて帰って
いました。祇園からいろんなコースで帰りました。
四条通りをまっすぐ西に。ひたすら西大路まで抜けて、
西大路四条(西院)から今度はぎざぎざに道を抜けて
丸太町まで出て、歩いて帰ったこともありました。

つまりは京都の繁華街、中心部から、兼好さんのいた
家の近くまで歩いて帰った、ということです。それは
兼好さんが持った距離感をそのまま自分も身体に
追体験することができた、ということでもありました。

徒然草を読んでいると、そうした都の街中でのこと、
自分の住んでいる御室のこと、そんな話が
繰り返し出てきます。もちろん兼好さんも都の中心部
に行き、また草庵に帰った、その繰り返しをしていた、
と思われます。


そうなってくると
じゃあ、京都の中心部と、右京区の御室はどれくらいの
距離なのか、ということをどうしても実感として
自分が知っておく必要が出てくるわけです。
兼好さんは、都の中心からどのくらい離れた場所を
その隠遁の住まいとしたか。

字面だけ追って、無常だのなんだのと言ったって
それだけではわからないことだってあります。
隠遁生活、と兼好さんは言いますが、じゃあ、
都の中心からどのくらい離れた場所で、その生活を
していたのか。それを知った上で、彼の言う
隠遁生活っていうことを考えないと、それは
もしかしたら、兼好さんの思っている隠遁の意味と
こちら側が字面からだけで持ったイメージの世界の
隠遁の意味とでは、ものすごくズレがある、ということだって
ないとは言えますまい。


それから、気候風土の差だってあると思います。
早い話が東京と京都では土の色からして
全然違います。俺がはじめて東京に行った時
土の色を見て、驚きました。東京の土って
「まっくろけのけ。」です。もう言葉になりませんでした。
関西の土は文字通りの黄土色です。
土の色が全く違う。匂いだって違います。

空気の匂いだって違えば、
太陽の光線の具合だって違います。
それは文字通り風土が違う、ということですよね。

鴨長明さんのことも吉田兼好さんのことも考えるときに
そうした、日野なり御室なりの場所を一度見て、それから
そのおのおのの方丈記なり徒然草なりの作品を考える
という考えのめぐらしかただって必要だと思います。

現場を見ないでいて、四の五の言ってもはじまらない。
だから私は旅に出るのだ、と、
松尾芭蕉さんだって奥の細道の中で
そうお書きではないですか。

さて。
無常について、です。
このところ、昨今の状況を見ていると、しみじみと謙介は
無常ということを感じてしまいます。
ちょっと前にはアメリカ経済こそが世の中の見本で、
と言っていました。グローバルスタンダードとか
いいながら、その実、実際のところはアメリカの方式が
グローバルスタンダードなのだぁぁぁぁ、って言っていたことも
ありました。


それが今のあのアメリカ経済「壊滅状態」です。
そう。まさに壊滅状態ですよね。死屍累々とか。
「たけきものもついにはほろびぬ。」
あれほど栄耀栄華を誇っていたのが、今はもう、そんな勢いは
どこへやら、の世界です。
日本の政策立案・経済の自由化の速度は遅すぎ、
「イッツ トゥ レイト! 」
と世界のあちこちから文句を言われましたけれども、
その遅かったおかげで、今回は今のところ
比較的浅い傷で済んでいるようです。
うさぎとかめですね。まったく。
何が影響してどうなるやら、なんて先のことは
わかりません。

もうアメリカ式の金融市場主義なんて、これでさっさと
終焉になって欲しいと謙介は切に願います。
実体のないマネーゲームがもてはやされるのではなく、
前々からお話しているようにまじめにうそをつかないで
こつこつとものを作る、
そんなふうに作られたものが市場に出て、正当に評価される、
そんなものづくりが実体としての経済を支えるという
そんな経済活動にとっとと移って欲しいと思います。

前にサイトの中で、「勝ち組だとか負け組だとか
まったく下らない言葉だと思う。いつ、それがどう変化するか
分からないじゃないか。」そんなお話を
したことがありました。

人間いつまでも勝ち続けられるはずも
ありませんし、状況なんて、ふとしたことで180度変ります。
たまたま、今は勝ち組とかいう範囲の中にいたとしても
それが将来にわたって勝ち組が保障されるか、と
言えば、そんなことは誰にも分からないですよね。

その時、派手にピークを迎えていても、
ピークを迎えたらやがて下り坂が
必ず訪れることでしょう。
ある時、たまたまランキングで上位を取った、としても
そのランクにいつまでもいるとは限りません。
やがてそれはまた移り変わって行くでしょう。
いつまでもその場でとどまっていられるわけでも
ありません。
そんなことで一喜一憂して、肝心の何かもっと
大切なものを見失っているかもしれません。

すべてのものは変化をする。
そして時間は止まらない。
もののふたちの合戦場が、
いつしかスーパーの敷地に
なってしまったように、
時間は止まらず、やがてさまざまなものは
移り変わって変化をしていきます。

今、イケメンとかなんとかもてはやされていたって
30年後には。ねぇ。(笑)


そんな無常を、このところの世の中の動きから
思ったりしている、謙介です。

世の中は移り変わっていく。
だからこそ、兼好さんは、今が大切と心得て
仏道修行に邁進しなければ、と徒然草の中で
繰り返し書いています。
兼好さんの場合は仏道修行のほうに行った、という
ことですが、それはきっと兼好さんが自分を
見つめられて、その中で、自分は何を
しなければならないか、自分の一生を
かけて追求しないといけないものは何か、
と考えに考えた末に、出した答えが
仏道修行だったのだろうと、
謙介は徒然草を読んで思いました。

ふりかえって、
ならば、自分の中の指針は何か、
それをよく考えて、出していかなければならない。
人がするから、とか、時代がこうだからじゃなくて。
時代とか他人の考えなんて、コロコロ変ります。

そうした時代の変化に応じて変えていく部分と
もうひとつ、どんなに時代が変ろうとも、
ぶれない自分の中の指針。こういうのも
あっていいように俺は思います。
これだけは譲れない。人や時代に
流されないもの。

自分の中にそれはあるかどうか。
世の中が、人のこころがうつろうにつけても
それを思います。
果たしてみなさんはどうでしょうか?


秋のせいですかね。
そんなことを考えています。


        ×       ×        ×

緒方拳さん、肝がんだったんですね。
あ、肝がんだからかぁ、って思いました。
だから、死ぬ直前まで案外日常の
生活ができた、んだ、って納得しました。

俺が時々、自分のことを「詐欺患者」って言ってるのは
こういうことなんですよ。(笑) 肝がんって、
見た目には元気そう、っていうのか、病人病人した
ふうにはあまり見えないんですよ。
あんたホンマに病気なん? っていうような具合の人も
結構おいでです。
緒方さんだって、つい先日まで舞台あいさつをこなしたり
記者会見したりしてたわけでしょ?
そうなんですよね。ところが、、、。
話を聞いて、そうか、と合点がいきました。

(今日聴いた音楽 ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲
 コラール前奏曲 キリエ 精霊なる神よ BWV671
 演奏 トン・コープマン オランダ スヘルト ヘンボス大聖堂
 のオルガン 1990年11月収録)


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Comments

>たまたま、今は勝ち組とかいう範囲の中にいたとしても
それが将来にわたって勝ち組が保障されるか、と
言えば、そんなことは誰にも分からないですよね。

 ・・・生物進化なんて,まさにこのとおりですねえ(いきなり話が大き過ぎ!)

 行き場をなくしたオイルマネーがどう動くのかがすごく気になります・・・妙なものに手を出して傷を拡げるなよーっ。

 あ,この歳になるまで,あんま機やマッサージとはまったく無縁な体です。
 おつむが妙なこだわりや悩みと無縁だと,体も能天気になるのかもしれません(爆笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 08. 10. 08 at 오후 11:25

---Ikuno Hiroshiさん
あんま機なんて、お世話にならないのがいいです。実は腰痛持ちでして、それが一日のうちで痛さがきつくなる時間っていうのがあるんですよ。最近はそのあんま機がきたおかげで、うにょにょにょにょと(笑)至福の時間になりましたけど。
 生物の進化の過程って、、、大きいです。いきなり。でも、ホントおっしゃられたらそうですよね。

 いっとき、ロシアが有望な投資先なんて言ってましたが、先日、ロシアの証券取引所が当面無期限で一切の取引を中止したとか。これでロシアの投資、一気に冷めてしまうでしょうね。今までのロシア関係の株ももうガタガタのようですし。こういう一気に流れが変化するって経済ではよくありますよね。こわいです。

Posted by: 謙介 | 08. 10. 09 at 오후 10:00

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