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08. 10. 27

N.D.L (奈良へ)

こんにちは

先週一週間、更新をお休みしておりました。
仕事上、どうしても出ないといけない会議が3日間
あって、それに出席するのがひとつ。

おまけに病気のこともあるので、
今度行けるのは、いつになるか分からない、
という気持ちもあって、行ったついでに、つい
あっちふらふら、こっちふらふら(笑)してきました。
そんなことをこれからしばらくご報告していきたい、
と思っております。

本日はその一回目。(さぁ果たして何回続くことやら。笑)

実家を出発したのは、火曜の朝の5時すぎ。
5時過ぎの出発なので、逆算して、4時半に目を覚まして、
朝ごはんをとりあえず食べて、の出発です。

実家から歩いて10分のところに高速バスの停留所が
あるので、そこに向かいます。ほとんどドアトゥドアで
行けるので、ありがたいです。
5時半ちょっと前、バスが来ました。
運転手さんにキップを渡して検札してもらいます。

が、

その時に運転手さんから、「!」と思うことを聞いてしまいました。
「本日は、高速道路の工事のために、6時からでないと
高速道路が開きません。大阪到着は20分ほど遅れる
見込みです。ご了承ください。」

へ、、、、、?

言われて謙介のとても賢い賢い(笑)頭は、
ようやくつながったのでした。
はい、確かに、ずいぶん前から、高速道路に
掲示が出てたんです。
○○道、夜間工事のために、上記の区間、
10月20日午後10時から
21日午前6時まで通行止めです。
って。まさか自分が乗るバスがそれに引っかかるとは
思っていませんでした。
工事の日にちと、自分のバスに乗る日にちが頭の中で
一致していなかった、のです。やっぱりザル頭
ですねぇ。まったく。

そうして、次のバス停に来ると、お客さんを乗せて、
後、「それではここで、高速道路の通行許可の
出る6時まで停まります。」
と運転手さんは言って、バスはそのままそこでエンジンを止めて
しまったのです。


謙介は目の前が暗くなりました。
どうしよう、とか。
大阪に着いて、N.D.Lに電車とバスを乗り継いで
行くことになっていたのです。向こうの人とのお約束は11時。
ただでさえ、時間ギリギリかなぁ、と思っていたところに
20分遅れます、のお話。がーん。
どうするかなぁ、途中の駅で電話をして遅れる、ということを
言わなくちゃ、と思いました。
6時になって、20分遅れでバスが動き始めました。
やれやれ、、と先のことを考えてはいたのですが
何せ朝出たのが、5時でしたからそのうち寝てしまったのでした。
ぽーん、とチャイムがなりました。
「まもなくバスは、大阪JRなんば駅、OCATに到着です。」
とのお話。時計を見ました。びっくり。
どうやらバスは定刻の8時30分に着きそうです。
「途中、渋滞がありませんでしたので、バスは定刻に
到着予定です。」とのこと。
助かりました。
バスを降りて、荷物を取り、地下鉄の御堂筋線のなんばまで
走ります。ここでコインロッカーに荷物を預け、
急いで近鉄の難波駅に行き、奈良行きの快速急行に乗りました。

電車は鶴橋の手前で地上に出ます。
謙介にとって鶴橋は、2年半、ハングルを習いに行った
懐かしい場所です。
俺が習った資料室、今は組織が変わりましたけれども
今もあって、運営されています。
電車は鶴橋を出ると東にまっすぐ走ります。
バーモントカレーのハウ〇の本社や、花園のラグビー場を眺めつつ
生駒山に差しかかると、電車は左に大きくカーブして山を登っていきます。
そうして日下(くさか)の駅から、生駒山のトンネルに入ります。
このあたりからは、大阪平野が一望できます。

この辺、今は「日下」と書くのですが、実はこの場所、記紀にも
出てくる大昔から知られた由緒のある場所なんですよ。
日本書紀には孔舎衛坂(くさえざか)という名前で、巻の三、
神武天皇即位前紀戊午年夏四月の記録の中に、
長髄彦を征伐する場所として出てきます。
実は、この生駒から大阪平野に降りる
この孔舎衛坂が大きな坂であったと、
そこから大坂となった、という説もあるんです。
そうしてトンネルを越えて、電車は生駒に着きます。

生駒はすでにもう奈良県です。
生駒で、同じく近鉄のけいはんな線に乗り換えです。
けいはんな、はもちろん京都府と大阪府と奈良県にまたがった
場所なので、3府県の名前を取って「京阪奈」で
「けいはんな」です。

目指すは、終点の「学研奈良登美ヶ丘」駅です。
この駅名、たぶん、近鉄の駅の中で一番長いんじゃないかなぁ。
一番短いのはそりゃ、三重の「津」で決まり、でしょうけど。(笑)

もう一度謙介、時計を見ました。まだ9時20分です。
お約束の時間は11時。もう高速バスが定刻についてくれたので
余裕のよっちゃんです。
Tomigaoka2
パンダグラフが見えないのは、地下鉄の銀座線なんかと
同じように第3軌条と呼ばれる足元に電流が流れていて
そこからシューで電気を取っているからです。
一応電車。というか、このけいはんな線は、大阪地下鉄の中央線を長田から
引き継いだ形になっているので、どうしてもこういう集電形式に
なっているんですけどね。


そうこうしているうちに電車は、その長ったらしい、
学研奈良登美ヶ丘駅に到着しました。

Tomigaoka1

しかし、まぁ、この駅の周囲には何もありません。
何もない田舎に住んでいる謙介さんですから、何もない、
なんて慣れっこですが、しかし、ここもまぁ何もない。
とりあえず、バスに乗ります。
奈良交通の「祝園駅」行きです。
祝園は、ちょっと読みの難しい地名ですね。
祝園と書いて「しゅくえん」ではなくて、「ほうその」と読みます。

最近よくあるICのカードですが
JR東は スイカ で JR西はイコカで、はぁ、まぁ、、
と思いましたが、奈良交〇は、
シーカだそうです。
プレートにはもちろん奈良公園の鹿のデザイン。
思わずあはははの脱力です。
しかし、このカードのしょうもないしゃれ、何とかならんのか。

そうして、バスに乗ること15分。
バスは新興住宅地の中を嫌そうに うねうねと走っていきます。
そうしてようやっと、N.D.L..の近くに
到着いたしましたのでございます。
しかしまぁここも草ぼうぼう。
こんな具合。

Hikaridai1


道はまぁこんな感じではありました。

Hikaridai2

だけど、こういう整然と区画された街なんかちっとも
住みたくないなぁ、って思いますねぇ。
何か人が住むような感じがしませんもん。そりゃ都市計画的には
美しいのでしょうが、ごちゃごちゃしてるというのか
雑然としていないと街はおもしろくないし、こういう街って
人間の心もどこか充たされないものができて、何だかなぁ、
っていうことになるんじゃないか、って思います。

実は、この場所って、もう奈良じゃないんですよね。(笑)
正式の地名は京都府なんですよ。
京都府相楽郡精華町精華台っていうのが正しい行政区画上の地名だそうです。


さっきから謙介ったら、ずっとN.D.L..といい続けて
いますが、そりはいったい何なのか? 

同じ3文字略称でも
U.S.J..はたぶんみんな知ってる、
って思うんですけどね。
しかし、
N.D.L..なんてユニバーサルスタジ○に比べたら、
どーんと知名度が落ちてしまいます。

え?奈良ドリームランドか? って?
違います違います。遊園地ではありません。
それに奈良ドリームランドはもうなくなってしまったじゃないですか。
ドリームランドは奈良市だし、、。ここは京都府だし。
そんな略号で言われても
なんじゃそりわ???っていうようなものでせう。

お答えです。
N.D.L. は National Diet Library の略です。
ダイエットたって、痩せるほうではありません。

つまりは国立国会図書○ 関西館なのでした。

Ndl1


全景がこんな感じです。
Ndl2

ここに謙介は用事があって行ったのでした。


早速入ってみます。(内部は写真撮影禁止なのでここからは
写真が撮れませんでした。)

Ndl3


入り口は1階なのですが、受付は地下1階なので、階段を
下っていきます。
荷物をロッカーに預け(かばんは持って入れません)
利用者カード(当日のみ有効)を作って
自動改札のようにそのカードを読み取らせてゲートを
開けてもらって中に入ります。
突き当たりは閲覧室。
地下一階ですが、周囲を広く掘っているのと、
屋根の一部をガラス張りにしているので
光がたくさん入ってきて、地下という感じが
全然しません。

Ndl4


手前がくがくしている部分が見えますよね。
この下が地下一階で閲覧室です。
ですが太陽光が入る構造になっているのが
分かると思います。
後ろの斜めになっている部分に芝が植わって
いるのですがこんな傾斜地に芝が植わっていて
人が刈るわけにもいかないので、端に白いものが
見えていると思いますが、これが芝刈り装置で
これで刈っていくのだ、という話でした。


国立国会図書〇は、本の貸出は出来ません。
すべて館内の利用です。
この部屋の半分は書架(本棚)になっていて
ここには、辞書・事典・雑誌、それから新聞が
置いてありました。
さすがに国会図書〇なので、アイドル雑誌とか
バディとか、GMENは置いてありません。(笑)

そうこうしているうちに10時55分になりました。
受付のところに行ってみますと、係りの方がすでに
来られてスタンバイされていました。
「どもども」といいつつ、お名刺を
いただき、こちらもお渡しします。

実は、謙介、この図書館を見学したいのですが、という話を
3週間前だったかに、国会図書〇のほうに
電話をして、係りの人と見学時刻を調整していたのです。
その結果決まった時間が10月21日の午前11時という時刻だった
というわけです。
謙介は1人だったのですが、扱いは団体になるのだそうです。

おひとりさま団体の謙介(笑)は、その案内の方と
一緒にエレベーターで3階に行きました。
ここに講堂がありまして、ここで
図書館のDVDを見て、全体を知る、ということを
するのでした。
DVDは、疲れているので、見たら、寝るか、とも思いましたが
他に誰もいないし、それに結構そのDVDおもしろかったので
寝ないで最後まで見ることが出来ました。(笑)

この図書館地上に出ているのは、4階だけなんですが、
地下4階、地上4階で、全部で8階構造なんだそうです。
今のところは地下3・4階が書庫で今の建物だけだと
本の収容能力は600万冊だそうです。
(目下の所蔵冊数は66万くらいとか)
後南側に1000万冊の書庫を建てる空き地を取っているので
将来的には1600万冊まではオケーだという話でした。
書庫にも案内していただき、見せてもらったのですが、
全体の3分の2は、普通の人の通れる書架で、後の3分の1は
人の入れない電動の書架になっていました。
この図書館は、普通の本は全部書庫に入っていて、
蔵書目録をコンピュータで検索して欲しい本を
オンラインで伝えます。すると、ちょうど薬屋さんの窓口
みたいに、本が書庫から出てきて、窓口でその本を受け取って
見る、というシステムです。見終わったら、係りのところに返す、
というふうになっています。
普通の図書館みたいに、書架から好きな本を出してきて、
ということはできません。

それからこの図書館は日本中、世界中から資料の複写の
申し込みが来ます。その複写をしている部屋も見せて
いただきました。大勢の人が分担して複写をしていました。
もう工場みたいな感じでした。

国立国会図書○は東京にあるのと、この関西館の二つが
本館で、後、上野の国際子ども図書館とかが分館になって
いるそうです。
それから来る時にも通りましたけど、鶴橋。
まぁアジアに近い、そんな土地柄も
あって、関西館はアジア資料を重点的に集めましょう、
という基本姿勢があるそうで、閲覧室の端にも
アジア図書資料室という一角がありました。
やっぱり場所が不便(笑)なせいでしょうか、
来館者は少なめでした。
多分俺を含めて、その時は20人いなかった
んじゃないですかねぇ。
館内を一通り見学させてもらってまた3階の講堂に戻りました。
書庫なんて一階分の広さがサッカー競技のフィールドの広さと同じ
だそうで。いやぁ、めったやたらに広い。(笑)
これにて見学は終了です。1時間うろうろと図書館の中を
見学させていただきました。
なお、食堂はカフェテリア形式のものが4階にありました。
(俺は食べなかったけど。)
案内してくださったおにいさんにお礼を言って
図書館を後にしました。

そして、祝園行きのバスに乗りました。
ここで近鉄に乗り換えます。
折りよく、奈良行きの急行が来ました。
本日も例によって
長くなりました。今日はこれにて。

         ×        ×         ×


月曜なのでがんセンターの日。
今日はエコーの検査をした。
胆のうに砂があるとのこと。
これが固まってだんだん大きくなると
胆石になるので、要注意。
主治医から、身体の話を聞く。

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Comments

 分館といえども国会図書館,今後どんどん蔵書が増えていくのでしょうねえ。
 ああ,考えただけで体中の水分が涎になって出て行ってしまいそう(笑)

 書庫に入って直接書籍を探すことができないってことは,検索機能がかなりよくできてるのでしょうか。それとも最初からある程度はっきりと必要な書籍を割り出しておかないと使えない,とか?

Posted by: Ikuno Hiroshi | 08. 10. 27 PM 11:11

---Ikuno Hiroshiさん
OPAC(オンラインの蔵書目録)ですが、どうやら全部の資料が入っているわけではなくて、特にアジア関係のは、まだ昔懐かしいカードケースがありまして、そこで、カードを引いて検索する、というものでした。ですが、普通の和書については、結構充実してて、ひきやすくなっているんじゃないか、って思いました。
 えと、それとですね。関西館も本館なんだそうです。東京の以前からの国会図書○と、この関西館の二つの本館体制なんだそうです。

Posted by: 謙介 | 08. 10. 27 PM 11:28

 おかえりなさい。
 関西館は確かテレビでよく取り上げられている「わたしの仕事館」の近くにあるんですよね。不便なところだと聞いていましたが、駅からバスっていうのは大変ですね。写真を見ると他に何もないところのようですし、もう少し駅の近くに作れば…と思いますが、そうもいかないのでしょうね。
 東京の方には大学院時代に何度かお世話になりました。もちろん検索は総てカードを自分で探す時代です。今の自宅からだと電車一本で30分くらいですが、もう行くこともないだろうと、謙介さんの記事をみて少しさみしくなりました。普通の本なら行く必要ないですものね。
 充実した一週間を過ごされた様ですが、ご無理をなさらず、お身体を労わって下さいね。続きも楽しみに待っています。
 

Posted by: アリクイ | 08. 10. 28 AM 10:56

関西で大きな図書館と言うと中ノ島が一番に思い浮かびます。私が大学生の頃は、まだネットでOPACにアクセスするなんてことは一般的でなかったですから、教授から「まずは中ノ島に行ってきなさい」とよく言われました(゚ー゚;
あそこは府立だそうで、例の有名知事のリストラ私案に入っているとかいないとか。
今は相互利用が活発に行われていますから、地元の図書館で古い本をリクエストすると、国会図書館からお取り寄せなんてことが良くあります。蔵書の保管場所も限られていますから、需要とのバランスで図書館同士で蔵書の重複整理は今後もすすんでいくようです。

Posted by: mishima | 08. 10. 28 PM 1:39

奈良の国会図書○!
すっかり忘れてましたけど、七年くらい前に蔵書を尋ねて車で訪れたことがありました。
当時も周囲はなんにもなかったですけど、いまもあいかわらずなんですねえ。

向かいにおっきな駐車場があったはずなんだけどそこから図書○に向かうところにオブジェだか、人口の川?だかがあったような記憶がぼんやりあったり。
また行ってみたいなあ。

Posted by: 桜庭 | 08. 10. 28 PM 7:35

----アリクイさん
ねぇ。わたしのしごと館は、とうとう不入りのため、無駄な施設ということになって、閉館することになってしまいましたよね。あそこはアクセスするのに、ちょっと不便過ぎです。もうちょっと大阪の市内に作るとか、京都の市内に作るとかしていたら、あそこまで不入りなことはなかったんじゃないの? って思いました。
平生は普通の公共図書館で間に合うのですが、最後の最後にどうしても、ここでないとない、っていうようなものを見るときに、国会図書館はやっぱり役に立つ、ということかなぁ、と思いました。

Posted by: 謙介 | 08. 10. 28 PM 10:52

----mishimaさん
国会図書館より、今も普通に資料を探したり、本を使いたい、というのであれば、先生がおっしゃったようにやっぱり中ノ島の図書館とか、奈良ですと、天理の図書館のほうがいいかもしれませんですね。そうですよね。目録カード。懐かしい。でも、あの頃は、いろいろな本に当たって、そこから調べるということを覚えたように思います。今の人たちは、すぐにグーグ○で探そうとしますけど、ネットの資料って玉石混交ですから、あれは良し悪しですよね。

Posted by: 謙介 | 08. 10. 28 PM 10:57

---桜庭さん
国立国会図書○の前ではないのですが、ちょっと外れたところに学研都市の公園がありました。そこだったら、オブジェとか、芝生があったようです。図書館の前はけいはんなプラザとかいう施設の飲食店が並んでいて、特に図書館のまん前には「養老の○」がありました。(笑) でも、ホンマ不便ですよねー。行くの思わず「はるばると」という気持ちになりました。

Posted by: 謙介 | 08. 10. 28 PM 11:01

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