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08. 09. 03

退院してから

先週の金曜の昼、退院して、金曜の午後、それから
土日と溜まった家事を片付けながら、それでもできるだけ
ゆっくりしました。
退院してからゆっくりする、というのも変なのですが
やっぱり他の人というのが自分の生活範囲の中にまで
入ってこられる、というのは、ちょっとしんどかった、
ですね。
仕切りなんてカーテンひとつしかないですし、、。
やはり他の人に迷惑になりそうなことは気をつけないと、
って思う部分がありました。夜中に目がさめてトイレに行こうと
思うときも、なるべく音をたてないように静かにベッドから起き上がって、
ドアをあけて、とか、は思いましたけど。
食事にしてもこちらのおなかの具合に関係なく
時間が来たら来るわけですし、、。

しかし何が気が楽かといって、晩の9時半になって暗い、
地獄の底に落ちるような音楽を聞かなくなっただけでも(笑) 
気が楽になりました。

9時半になるとものすごく寂しい音楽が流れはじめて
「患者のみなさまにお知らせいたします。消灯の時間となりました。」
という放送があるんですよ。
いやまぁ消灯の音楽だから、パチンコ屋の音楽みたいなのは
要りませんけれどもさ、それが何か聞いてると、
この世がもう終わるぞ、っていうくらい物悲しい寂れ果てたような
音楽で。あの音楽聴くの本当に嫌でしたね。

それから、病院にいるとやっぱり気持ちが暗くなっていくわけですよ。
謙介の病気そのものは、今までのさまざまな治療で治っていない
わけで。そう考えると今の医学では治らない病気に分類されます。
今の医学では無理。
そういう部分の気持ちの整理はある程度ついてはいるつもりです。
何度もしんどいことがあったから、そういうことで急に落ち込んだり
というのは何とか大丈夫ではあるのだけど、それでも
熱が出て下がりにくい、とか、回診のときにやっぱり患者って
主治医のちょっとした表情とか、言い方でちょっと気分がふさぎこんでしまう
っていうこともあるんですよ。
こちらは先生の言葉とか表情を細大聞き漏らさないように、
と思ってるでしょ。
主治医が、首をひねって「熱が下がらないねぇ。」 なんて言ったら、
やっぱりちょっと悪いのがひどくなったのかなぁ、なんて
思ってしまいます。

であまりそういうふうにならないように、落ち込まないようにする
ために、俺、CDを何枚か持っていっていました。
あ、音楽じゃないんです。
横山やすし西川きよしの漫才のCDと枝雀さんの落語のCD。
いやぁ、これは自分で言うのもなんですが、いい判断だったなぁ、と
思いました。

やすきよの漫才のおもしろかったこと。
ちょっと、いや、すごく「あははは」な部分もありはしましたが。
ストリップ劇場で「お股全開オープンオープン」とか、
相方の奥さんのことを「垂れ乳」だの「ブスー」だのとか。
もうお互い言いたい放題だったんだけど。
でも、ホントに、二人のしゃべくりを聞いていたら、落ち込むという
ことがなくて、気持ちだけはとても元気に過ごすことが出来ました。

やすきよのお二人は、大阪の人、というイメージがありますが
実は二人とも四国の高知の人なんですよね。横山やすしさんが宿毛で
西川きよしさんが高知市で。
二人がコンビを組んだのも、同じ高知県出身同士だから
うまくいくんじゃないか、と西川きよし師匠が思ったからだ、
と何かの本で読んだことがありました。

横山やすしさんの生まれたのは宿毛って言っても市内ではなくて
外海にある沖ノ島という島。

謙介、実はその島に行ったことがあります。
もう20年くらい前に、スキューバダイビングをしてたんだけど、
その島は黒潮の流れの只中にある島で。船が桟橋に着いて
船から島に渡るときに、足元を見たら、はしごの下には
熱帯魚が普通に泳いでいたのはびっくりでした。
ええ。謙介、以前はスキューバダイビングなんてやっていたのです。

孤島で暮らしたことのある謙介は、そんな島を見た時
やすし師匠一家が島を出た理由、というのが
何となく分かった気がしました。
港からすぐ山、家はそんな山にへばりつくように斜面に
段々の敷地を作ってそこに建っています。
恐らく米はできないでしょう。痩せ地にできる
芋とかとうもろこしとか畑中心の農作業です。

島では魚を取ることしかできないでしょう。
今なら鮮魚運搬車があってそんなところで取れた魚だって
翌朝には大阪の魚市場に並べることも可能かもしれません。
しかし、そんなことは以前は無理な話でした。
こんな四国の一番西南の端っこで
魚を獲ったところで加工にまわすくらいしかできない。

大きな産業はない。そんな島でどうやって暮らして行くのか。
たまに訪れる人は景色がいいだの、海がきれいだの
と言いますが、実際その島に住んでいる人にとって
みれば、そんなことよりまず生きて生活しなくては
ならないのです。そうした時、この島では生活が
できない、そう思ったのだと思います。

ふたりの漫才のCDを聞きながら
島にいてもなぁ、、そうした思いが大阪に出たということ
だったのだろう、とあの島の風景を
思い出しながら考えていました。
漫才の中できよし師匠に「垂れ乳」だの「ブスー」
だのと散々に言われていたやすし師匠の奥さん
今年の6月に亡くなったんですよね。
そんなことも思い出しながら。

枝雀さんはもう言わずもがなの代書屋を。
「せいねんがっぴー」のあれです。(笑)

ちちろん、電話のジャックにつないで、ネットをして
リンクさせていただいてる方々や、よく見るブログ、サイトも
時々見ていました。
外に出られない生活の中で、そんなみなさんの日常の
ことが、結構おもしろい刺激にもなりました。

それから雑誌も何冊か持っていっていました。


Aera


謙介、オマエ、表紙の写真を見て買ったな、と言われそうな
アエラですが。(笑)
中に前ヤクルトの監督の古田さんと例の山本モナ嬢の対談が
ありました。


その対談の中に古田さんの発言でこんなのがありました。


    僕らの場合は体力勝負なのでよく「年々体力が落ちてくる」
    とか言うけど、違う違う。日に日に落ちるんです。

    モナさんもこれからどんどん落ちてくるよ。

    (モナ:それでもトレーニングやさまざまな努力で現役で
    活躍し続けている選手の方もいらっしゃいますが
    続けることだけに意味を見出しちゃダメなんですか。)

    うん、ダメだと思う。


このクールで率直な割り切り方がいかにも彼らしいなぁ
と思ったりしました。

うーん。この体力が日に日に落ちるということ、
ものすごくよく分かるように
思いましたね。以前は、きつい薬を使って、
終わるとそれまで薬のせいでそがれていた体力が
自分でも分かるくらい、ぎゅいいいいいん、って
回復していくのが分かったのだけど、ここ何年かは、そういう薬の
投与が終わっても、何だかぼんやりとしてて、あんまり体力が
回復した、という実感がない、っていう感じでしたから。
多分、そういうことなんだろうなぁ、と、二人の対談を読んで
そうだそうだ、と思った謙介なのでした。

さて、9月です。

俺の誕生日は幸か不幸か9月の11日なので
この時期になると嫌でもあちこちで「特集記事」が出てきて
9.11、9.11と報道しはじめるわけです。
そういう「外圧」がじゃんじゃん来るせいで
自分の中では誕生日を意識せざるを
得ないのですが。


おっさんですので、
もういいかげん誕生日なんて、、、クソッ(笑)


病院から出てきて、いちばんホッとしたのは
やはり食事です。
帰った次の日、スーパーに行ったら秋刀魚が
1尾95円で出ていたので
買ってきてレンジで焼いて、大根おろしと
高知の馬路村産のゆずポン酢でいただきました。

食欲がイマイチかなぁ、と思っていたのですが
さすがにジュウジュウいっている焼きたてはおいしくて
全部食べることができました。
やっぱりいつ焼いたか分からないお魚ではねぇ、、。


それから俺がそうめんがそうめんが、、
固まって、悲しかったと
嘆いたのを見かねたのでしょう。
月曜に仕事場に行ったら栄養士の友達が
ホレ、とそうめんをくれました。


三輪そうめん 山○の大古物(おおひねもの)で
白髪というやつ。
Somen


木箱に入った高そうなそうめんをホレ、と3把くれました。
(写真は2把しか写っていませんが。)
「どうしたの、わざわざ買ったの? 」と思わず聞いて
しまいました。
「いやいや。奈良の友達が送ってくれた。」のだそうです。
いいおともだち。
このそうめんって超極細なのでゆで時間はたったの
30秒だそうです。もう瞬時ですね。


このそうめんまだ食べていません。

三輪そうめん、と書いてあるのですが、生産地は
長崎県の島原市なんだそうです。
奈良で作っていないのなら、(笑)
別に島原そうめんでもいいのに、と
思うんですけどねぇ。

最初からちゃんと言ってたら問題
ないでしょう? ということらしいのですが
奈良の三輪山のふもとで作るから
三輪そうめん、じゃないんですかね。

だってさぁ、鹿児島で作った信州ソバなんて
変じゃないですか?
おんなじことだと思うんですけどね。
あ、いただいていて文句ばっかり言っていては
いけません。(笑) 
ありがたく頂戴いたしますです。

今週末くらいに、と思っています。

さっきも書いたようになかなかこちらの思うように体力は
回復しそうにはないのですが、それでもまぁ
何とかボツボツやっていっています。

今日は免許の書き換えに行ってきました。これで一安心。(笑)

入院のあいだ、本当にたくさんのはげましの言葉や
メールをいただきましたこと、
それから有形無形のお見舞いのかずかず、
もう一度お礼を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。

(今日聴いた音楽 September 歌 竹野屋のまりやさん
 1983年盤 音源はLPレコード
  しかし、まりやさんって、いつまでも綺麗ですよねぇ、、。)

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Comments

誕生日の夜10時になると、あの日の実況生中継を思い出します。(当時のAERA、NW、翌日の朝刊、全部とってあります。)米国は内戦の経験はあっても、外国の攻撃をまともにくらったのは独立戦争いらいかもしれません、そういう歴史的な日なのだと、自分を納得させています。それはさておき、ご退院おめでとうございます。

Posted by: 通りすがり | 08. 09. 03 at 오후 10:51

---通りすがりさん
そうですか。通りすがりさんもこの日のお生まれでしたか。
そうなんですよね。俺もあの日のことは今もしっかり覚えています。「あーあ。誕生日だったけど、何も大したこともなくて、そろそろ布団を敷いて寝ようかなぁ。」と思ったときでした。いきなりあの衝撃的なニューヨークのワールドトレードセンタービルに飛行機が突っ込んでいった映像がテレビから映しだされてきたのは。
それまでは、9月の11日なんて泉ピン子の誕生日、というくらいの全然大したことのない日だったのですが。あの事件で全世界的に一気に記憶にとどめられる日になってしまいました。
お見舞いありがとうございます。ボツボツやっていこうと思います。たまにお時間のある時にでも覗いてやってください。これからもどうぞよろしくお願いします。

Posted by: 謙介 | 08. 09. 03 at 오후 11:39

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