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08. 08. 27

オリンピック競技と読書感想文

気がつけばオリンピックも終わり、夏休みも終わり、
というころになってしまっています。


で、たいてい面倒くさい宿題でやりのこしたものの筆頭に
あがるのが、読書感想文というやつ。
読書感想文というからには、その前提として「読書」を
しなければどうしようもないわけですが。

このくそ暑いのに、本なんかのんびりと読めるかよ、
ということもありますね。
たけど謙介、コソッと言わせていただければ、本を
読まない理由、「暑いから」というのが理由では
ないと思っています。
そういう人が本を読みたくないのは、はなっから
本を読むのが面倒だからです。(笑) 


まぁいいや、とりあえず、そういうことは横において。


この時期、宿題の読書感想文書きにせっぱつまったあなたに
お送りする、読書感想文の書き方。(笑)

実は去年もどくしょかんそうぶん、っていう文章を書いた
のですが、実はもうちょっと考えるところがあったので
もう一度、これをテーマに取り上げてみました。

その謙介が取り上げた理由、というのが
オリンピックを見ていたからなんです。
なので今日のお題がオリンピック競技と読書感想文、
というふうになっているわけです。

さて。

読書感想文を書くとき、あなた、どうやって書きます?


一番多い書き方。
あらすじを延々と書いていって、最後にとってつけたように
感想でおもしろかった、っていうの。
一番ダメな書き方だと思います。

なぜダメか?

その書いた感想文、自分で読んでみて欲しいのです。
延々とあらすじが書かれていて、最後にきて100字くらいの
感想がとってつけたようにあって。

それを客観的に見たとして
どうでしょうか?

大抵読書感想文なんて切羽詰って書いているから
原稿用紙に字を埋めていったら後はろくに
見もしない、とは思うんです。だけどね、提出されたのを
読まされる人間だって一方にはいるわけです。

大学の時、予備校でそういう文章講座というか、
小論文の書き方を教える、というバイトをしていて、
毎日毎日大量の作文を読んだ、という経験があるんですよ。

その時に、あ、って気づいたことも含めて
ちょっと書いてみますね。

自分で書いた文章は必ず後から一度読んで
みてください。まず、最低限それはしてください。
そうしたら、延々と本のあらすじばっかり書いて行って
最後に感想をとってつけたように書かれている作文が、
果たして自分で読んでおもしろかったかどうか、と
自問自答してください。

自分で読んで、どうでした?
「なんやこんなしょうもないこと書きよって。
あらすじばっかりやないか。」とか。
でも、その次に来る言葉が必ずあるんですよね。
「だって時間がないから仕方がないじゃないか。」(笑)

時間がない、じゃあ、どうするのか。
感想文を書くのは、感想文の形式があるのです。

よく文章を書くときに、こういうふうに言う人がいます。

「文章なんて自分の思った通りに、書きたいことを書きたいように
書いていったらいいのだ。」


感想文というのは、誰かに読んでもらう、というのが
前提です。小説だってそうです。報告文だってそうです。
人に読んでもらう、というのが前提なのに、
自分の書き方、やり方で書いていってごらんなさい、
どうなるか。

自分の好きな書き方、というのは確かにカッコよく聞こえます。
その一方で、注意をしないと、独りよがりで
訳の分からない文章になるよ、という可能性だってあるのです。


他人には意味がさっぱり分からない文章。
でも「自分の思うように書いていったらいい。」と自分では
思っています。


文章を書くことをこんなふうに錯覚している人、すごく多いのです。


で、ここでオリンピックが出てくるわけです。
その自分の思った通りに競技に参加して、
演技を行って見事にこけたのが
今回のオリンピックの日本だった、とも思います。
特にシンクロナイズドスイミングのように
「藝術点」というのが加味される競技を見ていたら、
それがいえると思うのです。

今回は前の日本の指導者だった人が
中国チームに行った、と。
そして日本チームは足がついてしまう、という
失策があった以上に
点が振るわなかった。なぜか。

前の指導者は、どこをどうすればオリンピックで
藝術点が取れるか
そのコツなり要点が分かっていた。だから
そこの部分をうんと見せる
演技を中心に構成を組み立てた。ところが、
今度の日本の指導者は
その要点が分かっていなかった。

つまりオリンピックという場でメダルを獲ろうと
するのなら、どこをどうすれば、見栄えがして
アピールできて勝てるか、ということを頭に
入れておく必要があった、ということだと思います。
どこをどう突いた時にポイントが稼げるか。
そこの部分を確実に突くことです。

スポーツ選手がよく口にする言葉に
勝ちに行く、というわけの分からん日本語があります。
結果を出す、とか。
何度もいいますが、自然に出るから「結果」なので、
成果を出す、とはいえますが、結果を出す、というのは、
「頭が腹痛がする」と言っているのと同じです。

本人はカッコいい、と思って遣っているんでしょうけれど、
その言い方は間違いです。
出すのは「成果」です。(笑) 結果は出せません。


まあいいや。
勝ちに行く、とかいいながら、見ていると
それは単に自分の方法でやろうとしただけじゃないか、
って見えました。
自分の美学にこだわりすぎて、
世界の、全体の方向性の中で、自分は
どういうところにいるのか、
見えていなかった、結果としてあえなく
門前払い、ということになった競技がありましたよね。

どこを押さえるとポイントがつくのか、
そのために自分をどうしなければならないか、って
いうことは戦術として頭に入れておかなければならない、
はずなのです。


どこを突いたら点が取れるか、
それを外国人選手は確実にしかも貪欲に押さえていたように
思います。全体なんてどうでもよくて
ただ一点。どこで点を取るか、外国人選手の
眼はそこに集中されていたように思いました。


演技をするためには何が必要なのか、どういうふうに
しなければならないか、ということをはっきりさせて
おかなければならない、のです。それが日本には
なかった。自分のやり方でやった。
だから「お上手」とは言ってもらえたけど、
そこで止まってしまって、それ以上の
評価はもらえなかった。そういうことだと思います。


ホラね。そういうふうに考えてもらうと、
「作文を書くとき、自分の思った通りに
書きたいように書く」っていうことが
どうしてダメなのか、分かってもらえると思います。

演技のところをそのまま「文章」に置き換えると
作文の書き方になるんですよ。
そんなことちょっと考えると分かることなんですが。
例えば料理のコンクールだってそうでしょう?

自分が好きな食材だけ使って、好きなメニューだけ並べて
それでいいですか? 
何を使うか、どういうメニューにするか、
全体の構成とか、味の変化とか、見た目の変化とか
そういうものを全て考えないといけないはずです。

ミュージシャンでもそうです。マンガだってそうです。
愛読者ハガキでアンケートっていうのがあると
思いますが、あれを元に、どういう作品傾向がいいのか
どういうふうなものが今は欠けているのか、だから
こういう方向性なら売れるな、とマーケットリサーチを
している、と。

そういう相談の元にミュージシャンは
作品の傾向を考えて出しているわけで。
自分の好きなようになんて、やっていません。
プロデューサーとか製作担当さんとそういう打ち合わせを
していった上で、アルバムだって出しているのでね。
ミュージシャン本人が好きなようにやれる範囲なんて
実際のところはすごく狭いんです。
ミュージシャンがアルバムを出した後であれこれ語る
ことがありますが、
そういうふうに言っているのは「戦略」です、ってば。
好き勝手に歌えるのは、むしろ
夜、商店街で歌を歌ってる人たちのほうです。


自分の好きなように、する、というのは確かに
カッコよさげではありますが、
そういうものは、見た側が、「はぁそうですか。」で終わって
しまう、ということだってあるんですよね。

そういう点で言うと、読書感想文の書き方もオリンピック競技の
あり方も似ているなぁ、と改めて謙介は思いました。
(まぁ読書感想文とオリンピック競技をくっつけるヤツなんて
そうそういないでしょうけど。笑)

じゃあ、感想文、何を書くのか、ですが。
感想をちんたら書いていたらダメです。


すいません。ここまで読んでくださっていると
だったら感想文なんて難しくて書けやしねえじゃねえか、
って思われた方もいるかもしれません。
大丈夫です。感想文なんて難しくないです。
一点、ポイントさえ押さえたら。


じゃあ、ちょっと質問です。
こういう時、どういうふうにします?


あなたのお気に入りのミュージシャンのアルバムが出た、と。
だけど、そのアルバムのよさを友達は知らない。
その知らない友達に、是非、このアルバムはいいから
聞いて欲しい、と。
そのためには、このアルバムのここがいい、とか
この曲がどういうふうにいいのか、ということを
必死で伝えようとすると思います。
別の言い方をすると「そのアルバムのいいところを
熱く伝えようとする」と思います。
それを文章で書けば? 
それが感想文なんです。

自分のおススメの本を、これはいいよ、是非読んでね、
っていうのを強く言いたい。

それは言葉を変えると誰かにこれを「伝えたい」という
気持ちが強い、ということになりますよね。
この強く誰かに伝える、という部分
これが感想文の「核」になるんです。

じゃあ、なんでそういう本がいいのか、と言えば
たぶんそういうおもしろい本だと、
読む前と読んだ後では読んだあなた自身の気持ちが
大きく変化しているはずです。
極端に言えば生きかただって物の感じ方だって
変る場合があったかもしれない。
まぁそこまでいかなくても、確実にあなたの中で
変化した部分があった、と。その変化を作文に書くんです。


いいですか、下らない感想なんて書いたらダメです。
そんなもの読まされた側は「そりゃどうも。」で終わりです。

読む前と、読んだ後で、自分の内面はどう変化したか、
この心の変化を中心に据えて書く。

読むまでは自分はこういう気持ちだった、と。それが
読んでから、こういうことに気づかされて、自分は
こう変ったんですよ、だからこの本はすごいんだ!
すっごくいい本だ、是非読んで欲しい!
それを書いたらいい。
読書感想文で一番のポイントはここです。


少なくともそうやって書いた作文は、
あらすじでもなく、とってつけた感想でもなく
書いた人間の気持ちが強く出ていて、読む側を
納得させる何かがあるはずなのです。

実は感想文なんて、その納得させる何か、のテクニックを
競う、っていうようなものなんですけどね。

それを書かないから、読んでちっともおもしろくない感想文、
っていうのが出来上がってくるんだと思います。


自分がこの本を読んで、一番友達に何を伝えたいか。
おもしろいところ、感動したところ、ここがよかったんだ。
オレはここにグッときた。そのグッときた気持ちを
どうやったら一番身近な人にそれを伝えられるのか、
それだけを思って文章を書いていってくださいね。


そうしたら、読書感想文なんて書くの、
そう難しいことでもないように思います。
がんばってください。


(と、これも取ってつけたような応援だなぁ。笑)


それから最後に業務連絡のご報告です。
金曜に退院の運びになりました。

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Comments

すごく興味深く前のめりになりながら読ませていただきました。確かに「美学」というものは美しいですし、その事に懸命になる価値のあるものだとは思いますけど、そのことだけを競えるわけではないですよね。人の上に立つリーダーの条件として「熱いこころと、クールな頭脳」っていうのを聞いた事があるんですけど、それは本当に同感だと思います。そんな男(いや女性でもいいですけど)ってかっこいいなぁって思います。そしてミュージシャンの話で思い出すのは、ユーミンです。かなり以前に彼女が「パールピアス」っていうアルバムを出した時に雑誌やラジオで散々言ってたんですね、「今回はとても大人のアルバムです。学生さんにはちょっとわからないかもしれない。OLのみなさん買ってください」って。で、随分後になって彼女が言う事には、「あんな風に言わないと高校生とかが買ってくれないと思ったの」だったんですね。いやぁさすが呉服屋の娘さんって言うかとても「商売」っていうのを感じさせて、またそれをペロっと言ってしまうユーミンに面白いなぁって思いましたねー(笑)読書感想文・・・。情熱を持って、自分はこんなにも感動したんだと、自分の中にこんなにも新しい発見をしたんだと。そんなことを夢中で言える素晴らしい「文章」に出会う事を祈りつつ。。。

最後になりましたけど、
退院おめでとうございます。
こころからお喜び申し上げます。

Posted by: b-minor | 08. 08. 29 at 오전 10:43

---b-minorさん
自分なりの美学は美学で持つことも大切だと思います。決して不要なものとは思いません。矜持が周囲にならって堕ちようとする自分を支える、ということだってありますもんね。だけど、b-minorさんもお書きのように、その一方でどこまで現実的な眼を持って対処できるか、ということも必要だと思うんです。日本人は形にこだわるあまりにそこで、思考停止になってしまってはいないか。外国人は、そういう中で、どこに一番現実的な方法があるのか、いつも見ているように思います。そうして、その現実的な道が見つかったら、彼らは決してプライドにこだわりません。(特にアメリカ人と中国人 笑)さっとそこに集中します。そのタフさが今回のオリンピックでは際立ったのかもしれないなぁ、と思いました。
 お言葉、本当にありがとうございます。ただただありがたく思っています。
 

Posted by: 謙介 | 08. 08. 29 at 오후 1:35

>読むまでは自分はこういう気持ち
だった、と。それが
読んでから、こういうことに気づかされて、自分は
こう変ったんですよ、だからこの本はすごいんだ!
すっごくいい本だ、是非読んで欲しい!
それを書いたらいい。

なんかこれこそとってつけたわざとらしい感想文ですよ。本読んで、一度で
このような気持ちになるなんてほんとどにないですよ…。それにそういう本に辿りつくまでが大変です。普段から
読んでるんなら話は別ですが、まぁそのような人は本に興味があるって人ですよ。

あらすじ書いて、面白かった点をかいたほうが現実味のある感想だと思うん
です。

提出された物を読まされる?出題するほうが何を言ってんだかって感じです
ね。自由に書かせてやれって。本に興味が無いやつだっているんだから。

Posted by: あ | 08. 08. 31 at 오후 2:00

----あ さん

好きなように書きたい人は書いたら
いいんじゃないでしょうか?
ここは俺のブログですから
俺のやり方でこういうのがありますよ、
って紹介してるだけから。

ええ。宿題って、くそおもしろくもないものだ、それは
自分だって経験してきたし、自分だって感想文を
書いて出したこともあるからそのつまらなさは
よくわかります。
だから自分の反省とか、こうしたらもうちょっと
ましな作文が書けたよ、っていうことで
言ってるまでです。


自分は以下のように思ったわけです。

感想文で一番大切なものは何か?
それは、読んだ人間が、どういうふうに感じたのか
どこが良かったのか、それを通して
書いた人間の自分がどういうふうに表現
できているか、っていうことだろうと思いました。
言ってしまえば、読んだ作品をダシにして
自分の考え、思いを書くことなんだ、
それが感想文だと
謙介はずっと考えていますので。

その人なりの、そのときでないと
その歳でないと思えない見方、感じ方、
思い、そうしたものが、その作品を読む
中から立ち上ってこなくては
と思います。

一応、この文章を書くちょっと前ですが
実家の近所の中学3年生の国語の教科書を
見せてもらいました。 
それで国語の授業の中で、どういうふうに
作文を書いたらいいのか、求められているものは
どういうことなのか、考えました。

最近ではずいぶん国語の授業も
様変わりしていて、パワーポイントで
自分の調べてきたことを
効果的な表現を使って説明する、なんていう
授業もあったりするんですよ。

そういう中で感想文をどう書くか、という
ことを考えたわけです。

報告文であれば事実を淡々と客観的に
書く書き方もあるかもしれませんが、それは
感想文の書き方とは違うと思いました。
感想文は事実を書き連ねるのではないのです。
自分の気持ちの変化を書くのが第一だと
思います。読んだ相手の気持ちに届くために
届かせるために
自分の感性をどういうふうに言えば同じことが
より強く、相手の感性に訴えかけることができるのか。
その表現を工夫すること。
そういうことに感想文の書き方も力点が
移ってきているのだなぁ、と
改めて思ったわけです。

論説文には論説文の
説明文には説明文の
それぞれ書き方があるように
感想文にも、どうしても
押さえておかなければ
ならない書く上でのポイントが
あって、そこを効果的に押さえて
くださいね、ということを言ったまでです。

だから細かな書き方まで俺は言及して
いません。
無理にそのとおりにしろ、とは
申し上げません。
ただ、従来かかれていた感想文の形式通りに
まぁあらすじばっかりというので
あれば、こういう書き方もあるよ、
っていうことですね。

自分のブログですから
俺流を出させてもらいます。
そういうことです。

これが俺の考え方ですよ、
ということです。

Posted by: 謙介 | 08. 08. 31 at 오후 2:23

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