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08. 07. 03

イケメンについて(その2)

イケメンって言われる人って、
とりあえず若い。見た目はいい。
だけど、その人には、どいういう適性があって、
どういう方向の仕事をしていこうとするのか、
したいのか、それがまだよく分かっていない。
使う側もどこに配属したらいいのか、正直なところ
よくわからない。

たとえば、その人が役者だったとして、
役者としてどういうことをしたいのか、
しようと思っているのか、
どういう可能性を伸ばしたらいいのか、
まだそういうことについてはかりかねている状態。
使う側がどう彼らを使っていいのか、わかんない。
そこが「ういういしくて、新鮮でいい!」って
いういうことになるんだろうね。
だからそれが証拠に、しばらくしてだんだんその人の
方向性とか、占めるポジションが決まってきたら
「あいつ、最初はよかったのに、何か最近の○○
って、方向が間違ってるんじゃない? 」なんて言われはじめて
急に周囲の熱も冷めてしまう、なんてこと、よく聞く話じゃない?

新しいから、どうするかなぁ、って使う側は思って、
だけどまぁ見た目はいい、から、とりあえず
「イケメン」というカテゴリーに入れておくか、
っていうことなんじゃないか、っていう気がする。

『ごくせん』にはじまって最近やたら多い学園もの
っていうのを傍目で見ているとさ、
ずらっと、とそういう人たちを出してきて、
十羽ひとからげで、とりあえず並べてみました、
っていう感じがしてしまう。

表現はよくないとは思うんだけど、
どうしても見ててそんな気がしてしまうんだ。

そんなふうに並んでいる、それぞれの役者さん、
果たして役者として自分が目指したい方向性とか、
何をしたい、とか、そういうことを持っているのだろうか?

俺、前も言ったけど、
以前、映画の製作の現場をうろちょろしてたから
そういう見た目のいい若い俳優さんのタマゴ
っていうのは何人も見てきてた。
だけどそういう人の中で、何年か後に大物になって
世に出た、っていう人をほとんど知らない。

若いときっていうのは、ちょっとばかり見栄えがよくて
若い、っていうだけでちやほやしてくれるけど、誰だって
だんだん歳をとっていくわけでさ。
若いときにかっこいい、って言われた人たちが
かっこよく歳を取る、っていうのが、また大変なことだと思う。

いや、誤解してほしくないのは
体のメンテナンス、っていうことで、いい状態にしておく、
っていうのはいいことだと思う。そうじゃなくて外見的に
いつまでも「若いときの状態」をほとんど狂信的にキープし続けるのが
いいとも俺はあんまり思わない。
ほら、いつまでも変に若作りしてる人っているじゃない?
マイケルなんとか、とか。
年齢不詳でさ。ああいう人、ちょっと気持ち悪いなぁ
って思ったりする。
だけど、どうしてゲイのライフスタイルって、若い、っていう
ことをいつまでもしつこく言い続けるのだろう?
成熟、を自分の視野の中に入れていかないのだろう?
三島の亡くなった理由だって、そのひとつに
若くなくなってしまった自分に対する絶望、
っていうのもあったように思えるんだけど。

いつまでも若い若いって、そればかり言い募って、
そこに固執してしまって、目の前の
変化している自分っていうのを受け入れられないから
変に若作りしてさ、気持ちの悪いだけの妙な
おっさんができるんだと思う。
そんなゲイの人、見たことない?

そういう人を若いゲイの人が見るからさぁ
あんなおっさんとかじいさんになりたくねぇ、って
思うんじゃないのかなぁ。
だって、そういうの、見てて哀しいよ。
「若さ」がいつの間にか
そのまま干物になっちゃったような人。
自分だったらああはなりたくねえよ、って
思うのは自然な成り行きだと思う。

若さに固執するんじゃなくて、
自分の今の状態、っていうのを
冷静な目で見て、自分はどういう方向に行けばいいのか、を
考えている、ということが分かる人間がうまく歳を取れるんだと思う。
もうちょっと詳しく言うと
変わらずにいる自分と、変わっていく自分を
どうとらえるか、それがちゃんと分かってる人、っていうのかな。


前にオダユージの書いた朝日新書を読んだことを
書いた。だけど、そういうふうに考えたら
やっぱりオダくんは、大した人だと思うんだ。
(えらそうでごめんね。これでも褒めてんだから。笑)

だってさ、彼のした仕事、っていうことでいえば、
20代の彼は「東京ラブストーリー」の
「カンチ」があった訳だし、30代の彼は「青島」があったわけでしょ。
(まぁ本人はカンチの役がすごく不満足で
嫌だ、と今も思ってはいるらしいけど。)


仕事、とかキャリアっていうことで考えたら、
その年齢、年代でもって、多くの人に、あ、彼は~の役が
あった、って、瞬時に思い浮かべてもらえる役がある、
っていうのは、やっぱりすごいことなんじゃないかな。
いや、その役とか、その作品とか、言ってる本人が好きでは
なくたって、ですよ。
そうやって、多くの人に認知されている仕事を
しているのって、役者とすれば大切なことのひとつでしょ?
(他にも役者の大切なことはあるとは思うけど。)


別にオダくんっていう役者さん、俺にとっては、
好きでも嫌いでもない役者さんだけど、
そういうキャリアとか仕事の結果、っていう面から彼を見たら、やっぱり
すごいなぁ、って俺は思う。
だって20代はこれ、30代はこれ、って
オレにはこれがあります、って言える代表作を
ちゃんと作ってるんだもん。


さて、今、イケメンって言われている人たちのうち、果たして
一体何人が10年後も残ってて、その人の代表作になった、っていう
仕事をした、っていうものを作っていっているかどうか?
いや、それは人に言われるとか言うようなものでなくていいんだよ。
自分の中で、俺はこれが一番っていう、自分の中の
核になるようなものがあれば、ということなんだけど。


『花伝書』じゃないけど、ホント若いときっていうのは、
「時分の花」っていうものがあるから、それだけでキャーキャー
言ってくれるもんね。


だけど、人の心なんて移り気だから、
後から後からそういう人が出てくると
さっと別の人に乗り換えたりするし。(笑)

昨日まで××がいい、って言ってたヤツが
今日から○○がよくなった、なんてよくあるし。
人の気持ちなんてホントいい加減。

撮影所の中でたくさんの役者さんを見てて、
やっぱりうまく歳をとっていく人、っていうのは
そうざらに居るもんじゃないなぁ、って改めて思った。
歳を取る、ということは、身体はあっちこっち痛んでくるし
外見だって、それなりに経年劣化(笑)が激しく
なってくるもので、変化だって著しい。

変わっていく自分と、変わらずにいたい自分と
それから、残された選択肢の中で
自分は一体何をしたい、何をしようとするのか。
それの見極めが本当に大切になってくるなぁ、って
思うんだ。
だからこそ上手に歳を取る、っていうのも、立派な技術だし、
才能かもしれない。

イケメンっていうのは、とりあえず今、
スタートラインに立っている、っていう人なのであって、
彼らの「仕事」っていう部分では、まだ何も始まっていない、と
俺は思うんだ。


さて、その人生がこれからどういうキャリアを積んで
どういうふうに変化していきますか。
すべてはこれからのこと。


でね、ここからが俺が言いたいことなの。
何かそういうことでコンプレックスを持ってる人がいる、って聞いたけど、
だからこそ、自分はイケメンでないとか、自分には誇れるものが
何もない、なんてマイナスに思わなくていいんじゃないのかな。
なかったら、自分と必死で向き合って、
考えて考えて作ればいいことだし。


誰しもがイチローのようなバッティングなんて
できはしない。だけど、他の人ができない
違った分野のことが、今、このブログを読んで
くれている○○くんには
できる可能性だってあるんだもん。
でしょ?

そんなふうに違いがあることが、
それぞれの人を特徴づけるわけでさ。
その違いはみんな必ずあるんだから、
自分は何もない、なんて、
がっかりなんてしなくたっていいと思うけど。

なかったら自分が興味があることとか
とりあえず自分が何かをやって、
嫌じゃないなぁ、って思ったものを突き詰めてみたら
いいと思う。そこからまた新しい何かが
みつかるかもしれないし。


ただね、好きなこと、って
俺、誤解してる人がたくさんいるようには思うんだ。
好きなことは嫌にならない、って思ってる人もいる。
だから好きではじめたことなのに。途中で、ちょっと嫌になったら
すぐあきらめる。投げ出す。
「好きなことは嫌にはならない。」 うーん。
まぁそういう幸福な人だって
居はするだろうけどさ。好きなことだって嫌になる時ってあるよ。

前にレイズの岩村選手の話を聞きにいった話をしたけど、
岩村選手、毎日毎日、一日の中で必ず野球をやめたい、って思う瞬間が
あるんだ、って言ってた。好きでなった野球選手だけど
やめたいやめたい、って思うんだって。

だけど、嫌になる、とかいいながら、
彼は今日もレッドソックス相手にバットを振っていた。
やめてない。

本当に好きなこと、っていうのはさ、
嫌だ、止めたい、って思っても、あきらめかけても、
それでもやっぱり俺はこれしかない、って思って、くらいついて
いけるもののことだと思うんだ。

ちょっとかじって、うまくいかなくて、
それでやめてしまう。
こんなのなんて、本当に「好き」っていうのじゃない、って思う。
ちょっと興味を惹いていただけ。
本当に好きなら、何度嫌になってやめようとしても
それでもやっぱり、って思いなおせるもん。

なんだって最初はうまくいかないだろうし、
最初はたまたまうまく行ってても、
そのうち、失敗だってあるだろうし、
嫌になることだってやまほどある。
それでも、それでも、やっぱりこれしかない、
っていうのが本当に好き、っていうんじゃ
ないかな。
だから好きっていうことは、自分の度量とか
覚悟をはかる「ものさし」かもしれない。

マキハラくんは「世界に一つだけの花」って歌ったけど
だけど、俺ね、自分の人生を振り返って、
本当のひとつだけの「花」を見つけようと
思ったら、そう簡単なことではないぞ、っていうのも
付け加えたい、って思う。

嫌で嫌で嫌で嫌で、でも、自分にはそれしかなくて
どうしようもなくて、何度も投げかけたけど、それでもいつの間にか
それに戻っている。もうホントに嫌なんだけど
気がついたら、そのことばかり考えている、
そんな苦しさとかしんどさを経ないと、
人によっては「好きなこと」って見つからない
場合だってあるんじゃないだろうか?

簡単に見つかった、っていう人もいるだろうけど
苦労して、壁にぶつかって、それで
ようやく気づく、っていうような「好き」の見つかり方、
見つけ方だってあるんだよ。


自分から逃げずに向き合うこと。
自分は一体何が好きで
何ができて、何ができなくて。
何が不足していて、何が欠点で、って。
そうやって自分のことをクールに見ていけば
自分がどういう方向に進んだら
いいのか、とか、何をすればいいのか、
っていうことだって、自然に分かってくるように思う。


そんなふうに苦しむ中から、少しずつ
自分っていうものが分かって
自分のいく方向も見えてきて、
その方向に向かって歩き出したら、多分その人は
イケメンなんて全然お呼びじゃないくらいの
いい表情になってる、って思う。
そんなふうに俺は思うし、
それが本物の顔っていうものじゃないかな。
そんな気がするんだ。


それから。
でも、こんなタイトルにしちゃったら
アクセス数だけはやたら増えるだろうなぁ。
何となくそんな感じがします。
で、多分イケメン好きな人っていうのは、この
文章の長さを見て、「ゲッ! 」って思って、
さっさとこのブログからおさらばしようと
してしまうんじゃないかな。(笑) 何となく想像できそうな
反応だけど。


さりげなく最後に。
この「終着までは何哩? 」にアップしてきた文章、
今日でちょうど400本目になりました。

いつもこんな長い文章にお付き合い
くださってどうもありがとうございます。


幸いなことに、もう少し書いてもいい、と身体の調子も
教えてくれていますので、今しばらくがんばってみようか、と
思っています。
これからもどうぞよろしくお願いします。


(今日聴いた音楽 落下する夕方 ピアノ演奏 西村由紀江
 アルバム 大地のうた から 2000年)

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Comments

 あ,シカクピョと同じ400号ですね! おめでとうございます!(笑)

>イケメンなんて全然お呼びじゃないくらいの
いい表情になってる、って思う。

 ・・・たぶん僕の表情は,笑顔とは裏腹にかなり虚無的なんじゃないかという気がします(苦笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 08. 07. 04 at 오전 1:09

400本目おめでとうございます!
濃い内容の記事をこれだけアップできるってすごいことだと思いますよ。

興味本位でファッション誌とか買うのですが、読者モデルさん含め、みんな同じに見えてしまうのです。
よく「蛯原友里と押切もえの違いが分からない」ってこと言ってる人がいるけど、そこまでいかずともみんな同じような印象を受けてしまうのです。

大学にいる、いわゆる「イケメン」もそのファッション誌からぽんと抜け出たような格好、髪型…をしているし。
陸は、参考にはするけれど見た目に関しては我が道を進んでいますw

謙介さんの言うとおり、周りにあわせるばかりではなく、「自分らしい」一面をもてるように磨いていくのがいいのかもしれないですね。
そして、それは簡単には見つからないから、長いスパンで見つめていかなきゃなのかもしれないですね。

Posted by: | 08. 07. 04 at 오전 7:42

---Ikuno Hiroshiさん
どうもありがとうございます。やっぱりここにも書きましたけど、書くこと、嫌になったりする時期もあったし、もう止めたい、と思ったんですけど、いつの間にか書くことに戻ってきていました。そんな自分の経験もあったから、(笑) 今まで続いたのだ、と思います。
 いや、俺ねIkunoさんのお顔、たまにブログで拝見するくらいのことなんですけど、きっと前のお仕事してた時とは違う、すがすがしさみたいなものがあるように思います。だって、これ、って思われて、今の生活をされているんだもん。すばらしいことですよ。そりゃまぁ生きていたら、いろいろあるとは思うのです。だけど、走ったら風の抵抗だって出てきますし。いや、そんなことは、ふん、なんて打ち払ってどんどん前に進まれる Ikunoさんだと思いますけど。俺もIkunoさんのブログ、(なんだか書き込みをしようとすると、正しくありません、っていつも拒否されるので書きたい! って思ってても書けていないのですが。)いつも楽しみにしています。お互いがんばりましょう。

Posted by: 謙介 | 08. 07. 04 at 오전 8:08

---陸くん
お話を聞いて、少し安心しました。実は職場で「エビちゃん」とか言う話が出て、ファッション誌を見せてもらう機会があるんですけど、どのかたもみんな似たようにしか見えず、、と思っていたのですが、そうですか。陸くんも、なのですね。
 前に外国によく行ってて、日本に帰ってきたときにすごく思ったことなんですけど、外国の人って、どんな服を着ていても、自分の個性で服従させてしまうんです。それがたとえブランドものの服を着ていても、そのブランドじゃなくて、××さんがいる、しか見えないんですよ。それが日本人が服を着たら、その人、より、○ーバリーの何とかレーベルだ、とか何とかだ、とか、着た人でなくブランドのほうが目だってしまうことのほうが多いですよね。これはどうしたことでしょうね。自分にあう、あわない、より何か別の選択で服を着てるからかもしれません。それこそ、一人の人間の生きていく「気合い」が外国の人に比べて低いのかもしれません。だから服を文字通り自分の体に服従させているのではなくて、服に着られている、なんていうことになってるのかもしれません。 陸くんのブログのお話読ませていただくと、あ、自分で苦心しながらもちゃんとものを考えていこうとしているな、ってすごくよく分かります。そういう人だからこそ、他の友達も信頼を寄せて、何かと頼ったり、なんていうことになるんでしょうね。
こんなブログですが、これからもどうぞよろしくお願いします。

Posted by: 謙介 | 08. 07. 04 at 오전 8:22

ブログエントリー400本、おめでとうございます。
こころからお祝い申し上げます。

移り変わること。
そして、移り変わらないこと。
今の自分がいやで、
変りたい、変ってみたい、なんて願うほどに、
いつまでも変ることのない
昨日と同じ自分が居たり。
今がとても楽しいからずっとこのまま
何も変らずにいたいと願うそばから、
「こんなはずでは、こんなはずでは・・・」
と、予想外のことばかりの人生だったり。

この自分はと言うと、
根が不精なものですので、
根が臆病なものですので、
そのままにしといたら
いつまでたっても同じことの繰り返し、
時代が代わることにも見ない振りして
いつまでたっても同じことの繰り返し、
そんなわけですから、

♪心は変わる誰もが変わる
 変わりゆけ変わりゆけ 
 もっと好きになれ~♪

なんて歌を口ずさみながら
変り行くことにこころを決めてみると、
今度は案外変らなくてもいい自分自身
というものなんかに出会ったりして、
まったく、世の中に遊ばれているのか、
世の中を遊んでいるのか、
ちっともわからないままに
本日もちょとだけ変って、
それでちょっとだけ好きになったりしたら
うれしいなぁって思います。。。


Posted by: b-minor | 08. 07. 04 at 오후 5:56

---b-minorさん

 お言葉ありがとうございます。ここまで、目の前に現れるいろいろなものを見ていたら、あ、これはどんなだろう、とか、どうしてこんなふうになるのか、なんて思ったりしたことを積み重ねてきたら、こうなった、っていう感じです。もちろん紆余曲折もいろいろとありはしたのですが、これからもできるだけ、続けたいなぁ、と表います。b-minorさんもどうぞよろしくお願いします。
 さてさて。生き方の速度っていうのか変わる変わらない、変える変えない、って、本当に人さまざまのはずですよね。謙介の速度、b-minorさんの速度、いろいろあっていいとおもうんです。なのに近頃では何となく気ぜわしくなって、やれ、それってその変わったことばかり、言われます。変わらないと何の意味もないみたいに。だけど、人の生きた歳月なんて、大きな時間の中で言えば、ホンの瞬間のはずですよね。変わった、って言っても、変わらないって言っても、そう大した差なんてないんじゃないか、って思うときもあります。それとなかなか変わらない、って思ってる人ほど、変わったときの変化って、そりゃすごいんですよ。だから、焦ったり、変わらないことを思う必要はない、って思います。自然にその生き方の中で、そういう時期が来る。来ないだけのように思うんです。ゆっくり、b-minorさんの速度で、参りましょう。それが一番ですよね。

Posted by: 謙介 | 08. 07. 04 at 오후 8:08

 うちへのコメントができないという件ですけど・・・。
 迷惑コメント対策として,はじくように設定していたIP・ホストの中にcocologのものがありました。もしかしたらそれが原因かもしれませんので,ちょっと外しておきました。
 今度また機会がありましたら,コメントを試してみてくださいましm(_ _)m

Posted by: Ikuno Hiroshi | 08. 07. 05 at 오전 1:18

---Ikuno Hiroshiさん
早速、ありがとうございました。
折を見てまた書かせていただきます。

Posted by: 謙介 | 08. 07. 05 at 오후 4:19

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