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08. 06. 16

隷書

この土日、前に買って何度か読んだ
須藤元気くんの四国遍路の本をまた引っ張り出してきて
読んでいた。


Kouhuku


そうしたら、本の右下の隅っこに、こんな言葉が。

   迷故三界城

   悟故十方空

   本来無東西

   何処有南北


これはね、お遍路さんのかぶる菅笠に書かれる偈なんだ。
江戸時代に無着道忠 ( むちゃく・どうちゅう ) 禅師という
老師さまがいた。その方の小叢林清規( しょうそうりんしんぎ )
という中にあるのが、この上のことば。

書き下し文を書いてみれば、


  迷うが故に三界( 欲界、色界、無色界 ) は城なり、
  悟るが故に十方は空なり
  本来東も西もなく、
  いずこにか南北あらん。

  この世は迷いの世界で、自分の思うようにはいかない。
  けれども悟りを求めて心身を浄めれば、
  いつか、さまざまなこだわりが消えて心が安らかになる。
  本来は東も西もなく、我々は宇宙の中の一点に過ぎない。
  南だの北だのといったこだわりは捨てて、ゆったりと
  世の中を渡っていこう。


江戸時代、葬式の際に導師が、この偈を棺桶の蓋に書いたものらしい。
だから、お遍路さんが、万一旅の途中で死んだ場合には、
この笠を遺体にかぶせることで、
「 棺桶 」 の代わりにするためだ、ということを聞いたことがあった。
あ、前にもお話したけど、お坊さんだったら、誰でもお葬式をつかさどれるのか、
というと、誰でも、はできないんだ。
例えば禅宗のお坊さんだったら、禅堂で1年以上修行して、その禅堂を指導している
老師さまに、修行をしました、という承認(これを印可という)をいただかなければダメ。
そうしたお坊さんであってはじめて人の死にあたって、文字通り「引導を渡す。」
ことができる。

その偈の書かれた菅笠をかぶり、白衣をまとったお遍路さんの姿は、
言うまでもなく 「 死に装束 」 そのものだったわけで。
四国遍路をする、ということは、死者となって四国 の八十八ヶ所を巡った。
そして無事巡礼が終わって再び元の生活に戻ってくる、ということは、「死」を
経験して、そして再び生まれ替わる、死から 再生、という意味があった 。
松山のあたりの女の子は、一人前になる歳になると、みんな巡礼に出た。
それを「花へんろ」と呼んでた。そうして八十八箇所を巡拝して、
死から再生の儀礼を経験して、一人前の人間として、その地域に迎えられる
ことになった。

そういうお遍路さんの意味とか歴史的な流れ、っていうのは
またいつか考えてみたいとは思うのだけど、今日のところは
措くとして。(笑) いえ、どうもそういうお遍路さんの考察を
しなくてはならない、という用事が出てきそうなのですよ。


まぁ、それは措いて。今日はともかく、
この偈の言葉を筆で書いてみよう、と思った。
書体はやっぱり隷書でしょう、ということで書いたのがこれ。

Reisho

ちょっと最後がぴんぴんとはねすぎ、という気もしますが。(笑)
隷書って、楷書とは違って、あんまり緊張しないで、書けるからいいや。

楷書だと、決して一点一画をゆるがせにはできないからさー。
点を打つ場所がちょっとずれたら、あ、失敗、なんてことになるから、
それはそれは、書くのも緊張する。
大抵「お習字」というと基本の点画の練習から入るんだけど。

大学の時、もちろん書道科教育法というのを取って
高校の書道と中学の書写の研究授業をしたけど、
生徒の状況見て、いきなり楷書でなくてもいいんじゃないか
と後の反省会で意見が出た。俺もそう思った。
その生徒にとって一番入りやすい書体から入れば
いいんじゃない? 


隷書って、最後、さぁっと筆を抜くので、
比較的気分も楽に書ける。
ゑぐざいるなんか聴きながらだって書けるし。(笑)

ただね、隷書も実はいろんな書き方があってね。
きれいに最後を抜く書き方(比較的今日はその書き方)
もあれば、最後、さっと簡単に抜くだけ、という書き方もあるよ。
さっと抜くだけの隷書だとこんな感じ。


Kikkawa


これは大作でね。縦が70センチの横が2メートルはあったかな。
コンプレックスの1990という歌の歌詞を書いてみたもの。
これは、隷書、と言いながら、漢字かな混じり文を書いて
いるから、純然たる漢字作品じゃないんだけど。
この隷書は、あまりきれいに筆を抜く、ということはしてなくて、
さっと抜いているだけ。だから、同じ隷書とはいいながら
雰囲気がずいぶん違った感じを受けるかもしれない。


ただ、最後をきれいに抜く、となったら、作品の最後まで
そういう書き方をしたほうがいいし、最後をあんまり揃えないで
さっと、抜くだけ、という書き方で行こう、と思ったら最後まで
それであわせたほうがいいと思う。作品の統一性、ということでね。

え? この4行を書くのにかかった時間?
3分くらいかな。
聴いてた、ゑぐざいるバージョンの「銀河鉄道999」が最後まで
終わってしまわないうちに書けたから。
ええ、そんなもので書けてしまうのですよ。
書けてしまうというのか、隷書は文字のリズムがあるから、
そのリズムに乗ってささっと、書かないと。

だって、大昔の中国では、この隷書体が手紙に
書かれる字体だった時代だってあるわけでさ。

そんな手紙を書くときに、おさまりかえって、
やおら時間がかかってちゃ、どうしようもないじゃない?
全然実用になんかならない。
ささっと書けないと。
で、実際楷書と違うから、案外たやすく書けてしまうし。


隷書のほうが見栄えもするし。(これが大きいよね。笑)
まぁ楷書も書き方にはよるけど。

もう何年か前にね、ゲイの友達と大阪の堂山を歩いてたんだ。
そうしたら、シャッターを下ろしてしまったお店の前で
自分の書いた字を並べて売ってる人がいてさ。
俺、ちらっと見たけど、字を習った人が出してる、っていうんじゃ
ないな、って見て取れた。デザインをやった人が、
書いた字だな、って思った。それは2,3秒見たら分かる。

その友達はそんな専門にするまでは字の稽古はやってないけど、
それでも書かれた字の良し悪しは分かる人だった。

その彼が「謙介さ、あんなの見て腹立たない? 」
「どうして? 」
「あんな程度の字だよ。それも適当に書いてて、そんなもので
商売なんかしててさ。あんなので金取るのなんて、許せねえ、
とか思わない? 」
「だけど、もうあそこまでいったら好き嫌いの問題でしょう? 」って、
言ったの。


あの字見て、いいなぁ、って思った人は、買っていくんだろうし。
俺の字を見てくださった方がいても、謙介の字なんて嫌だ、
っていう人もいるだろうし。

ねぇ。
もうそうなったら、好みの問題というか、経済学の問題だよね。
需要と供給(笑)
芸術なんて、自分がこれが好きと思えばそれでいいんじゃないかなぁ。
他の人がなんて言っても、自分はそれが好き、いいじゃないか。


なのに、これの値段はおいくら、なんて他に評価を求めようとするから、
欲がからんで、変なことになるわけでさ。(笑)
自分はこれが好き、っていうことだったらそれでオッケーじゃないの?

俺の場合、
文章も書も
俺は自分で好きだから書いてるわけで。
誰かに伝えたいことがあるから書こうとするわけで。
それだけのこと。

だけどそんなのでもいいから書いて、ってご依頼が来たりする。
俺のなんかでいいのかよ、っていつも思う。


それで、こないだ頼まれたのは、ちょっとさぁ、。(笑)
本人のたっての希望なので写真は出せませんが。
Tシャツの背中に黒のエナメルで字を書いたんだ。


「アンニュイなわたし」 って。


ええ。ご要望ということゆえ、書きはしましたけれどもさ。

と、いうところで、
隷書を書くのって、結構おもしろいです。
(なんて強引な終わり方なんだ。)


(今日聴いた音楽 銀河鉄道999 歌 ゑぐざいる 
 それと 世情 歌 中島みゆき 
 アルバム 愛していると云ってくれ1978年 
 音源はLPレコード )


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おげいじゅつ」カテゴリの記事

Comments

お久しぶりです。

隷書というタイトルで、ピンときましたw
曹全碑のようなステキな隷書ですね。

隷書は破磔が命、ぴんと跳ねてるのがいいんじゃないですかw

今はまだ臨書で練習中ですが、卒業制作展では創作もやるんですよ。
その時に書くものってのを落ち着いたら考えたいんだけど、隷書にするとカッコイイってものを書きたいなって思ってます。

2枚目の作品の写真、大作ですね。
俺も、でっかい作品書きたいな。

Posted by: | 08. 06. 16 at 오후 8:57

---陸くん
 お久しぶりです。(でも、だぶるぴーすへは、更新があるたびに行って拝見してるんですよ。)楷書はホント、一点一画打つ場所を間違えたら、あらら、という感じになるんですが、隷書は、少々のミスは(笑)大丈夫です。陸くんの臨書、前にアップされているの、拝見しましたけど、陸くんの精神が出ているなぁ、って思いました。やさしくて、でも骨はしっかりしてて。そういうところちゃんと出てたように思いました。大きな作品、書いてるときには、ああ、もう! って思うことあるんだけど、出来上がって表装して、展示会場で見たら、それはそれでちゃんと作品になっています、って。不思議なことですけど。是非、創ってみてください。それから、だぶるぴーす、いつも考えさせられる内容ですね。更新楽しみ、といってはなんですが、心待ちにしています。いつもどうもありがとう。

Posted by: 謙介 | 08. 06. 16 at 오후 11:01

隷書の超有名な古典は3つと記憶していますが(かなり怪しい)、
乙瑛碑、曹全碑、礼器碑。同じ隷書でもどれもが、
それぞれに違っていて、修練を積んでいくのにも
相当の時間がかかりますが、さすが、謙介先生。
サラっと書いています。く、悔しいィィ~(笑)。
まぁ、ヒガミは置いといて…。

今の正式な書体が楷書ですから、基礎として必ず通る道ですよね。
私個人としては、一番難しいのが楷書だと思います。
でも、生活で一番使うのは行書でしょうから、
畏まったときしか使わない楷書は、
「筆の教育」の場合には必要ないかもしれませんね。

>隷書って、最後、さぁっと筆を抜くので、比較的気分も楽に書ける。
これですね。昔の人が長年かけて簡略した書体だから、
難しいことはあまりないですね。慣れが必要ですけど。
現代では「格調高く」見えるのが隷書体のマジックですよね(笑)。

>コンプレックスの1990という歌の歌詞
10代には、わかりませんわ(笑)。
調和体ですね。一度、作品を集めた謙介ギャラリーを見たいです。
見に行きますよ!!

>自分はこれが好き
そうですねぇ…。「これが正統の書です」なんて言われない限り、
怒る必要もなく、古典に捕らわれない書き方も、
受け取る側の好みの問題ですね。
あ、でも前衛書は見方がわかりません(笑)。

>アンニュイなわたし
ひ、皮肉なんでしょうか…?

長文失礼しました。

Posted by: ヒシ | 08. 06. 17 at 오전 1:11

----ヒシさん
「いつえいのひ、そうぜんぴ、らいきのひ」何度も練習しました。中でもやっぱり曹全碑が一番練習回数が多かったように思います。ヒシさんだってうまく書けているじゃないですか。後は慣れだと思います。慣れって、ちょっと誤解を生みそうなのですが、何度も書いて、その字体を自分の中に取り込める、ということですよね。そうなったら、ひとつ自分の作品のバリエーションの引き出しができるわけですもんね。
 その隷書の作品研究をした時に、同時に中国の木簡も練習したんですよ。木簡の字を見たら、基本は隷書なんですが、やっぱり書く人が面倒なんで、途中で行書の書体が出てきたり、楷書があったり、としてる木簡もありました。文字史は、甲骨文から楷書へ、楷書を崩していって行書、草書、っていうふうに考えられているようですが、どうも木簡なんかの実際の資料を見たら、楷書、行書、って隷書と同時進行で出てきたみたいで、ちょっと文字史の解釈も変わってきたようです。と、いうこともあって、楷書から入らなくても、一応一通り書いてみて、自分の書きやすい書体から練習をしていったら、いいんじゃないか、ってその時も話が出ました。
 俺の作品、どこにあるかといいますと、表具屋さんの倉庫にあったりします。(笑)展覧会用の大きな額、実は3つほどあるのですが、どれも3メートルもあるので、家に置けないのです。3メートルの額3つを家に置いたら、額だけで住むスペースが無くなってしまいそうです。
 あのー。どさくさにまぎれて「10代にはわかりませんわ。」(笑) おぢさんもこれからは、それを使いたいと思います。「そんな昔のことなんて、わかいからよくわかんないんだよねー。」(←アホですね。)
 「アンニュイなわたし」Tシャツ、着て歩いたそうです。みんな見てたわ、って。そりゃあねぇ。(笑)

Posted by: 謙介 | 08. 06. 17 at 오후 6:52

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