緑、したたる頃に 1/5 (小説)
ボクは先週の日曜日、短い手紙を書いた。
こんにちは。元気にしてる?
コーヘイ、覚えてるかな。
荒島さんたちと最後に酒飲んだときにオマエが言ってたこと。
10年経って、もう一度この橋の上で会えたらいいな、って。
あの時の言葉、ちゃんと覚えてるよ。
6月30日の朝、橋のところにいるから。
ヒロユキ
こんな手紙だ。
これだけ書くのに、3度も書き直しをした。
最後は、もうこれでいいや、とあきらめた。
そして書いた便箋を封筒に入れて、
ヤツの実家の住所を書いて、
そのままポストに投函した。
コーヘイと最初に話したのは、大学に入ってすぐの
学外オリエンテーションのハイキング。
学校が始まって一週間経っていたけれど、
友達ができるでもなく、ボクは、
列の後ろのほうを、ひとりでゆっくりと
歩いていた。遠くに愛宕山が見えて
ようやっと春の芽吹きの季節がはじまった嵯峨野は、
新緑がきれいだった。
「小倉山って、どの山? 」不意に声がした。
すぐ横に背の高いヤツがいて、そいつはこちらを
まっすぐに見ていた。
え? あ、 これって、ボ、ボクに聞いているんだよな。
「あそこに出っぱってる、あの山。」
「どれ? 」そう言ってまたヤツはこちらに身体を
ぐいっ、と近づけてきた。
「ほら、だから、あれ、だけど。」
ともう一度指を差した。ヤツはボクの指に顔をギリギリまで
近づけてきた。な、何なんだ、この近づけ方は。
「あ、ああ。わかった。 あれだね。」
「うん。」
「ひとり? 」
「うん。」
「俺、コーヘイ。」
で、彼はぼくの顔を首を傾けて見てる。
「あ、ヒロユキ。」ボクは口の中でボソッとそう答えた。
「ヒロユキくんか,,,,じゃ、よろしくヒロくん。」
彼はにっこりとしてそう言った。
「あ、ああ。」
これがボクとヤツとのきっかけだった。
とはいえ、それからしばらくは、ボクは黙って歩いた。
初対面のヤツとはどうしても簡単に仲良く話を
することができないのだ。
「馬酔木はね、二種類あるんだ。」
「え? 」肩の近くで息がかかるのを感じたボクは、
どきん、として振り返った。するとそこには、やはり
そこにいるのが、ごく当たり前のように
コーヘイがいて、ボクの顔をじっと見ていた。
「こっちの馬酔木は、名前のように馬が食べたら
酔ったみたいになるほうの木。」
「じゃあ、ならないほうは、どんなの? 」
多分その時、ボクは、ヤツにそんな質問をしたと思う。
そして、ヤツもその答えを返してくれたはずだ。
ボクは、ドキドキしていた。
一体これはどうしたことなのだろう、と、ボクは思った。
今まで経験したことのないようなこの気持ち。
ボクが教室に入っていくと、向こうのほうで
手を振っているヤツがいた。
はじめは彼のやたら元気なところに面食らったり
またいたよ、なんて思っていたのに。
「あ、その唐揚げ、うまそ。」
声がした、と思うと、ボクが箸でつまんでいたはずの
唐揚げは箸ごとヤツの口のほうにまわされてしまった。
「な、何だよ。」
「だって、その唐揚げうまそうだったんだもん。」
「------ったく。」
「コーヘイくんは、もう一個欲しいなぁ。」
「やだ。これ以上はやんない。」
「そう言わずに、さぁ。」
「や。」
ヤツはまるでボクの前に疾風のように現れては、
つむじ風をビューンと吹かせて、そうしてボクを
きりきり舞いさせておいては、
また忽然といなくなるのだ。
確かに突然現れて、ボクを慌てさせることも
山ほどあったけれど、不思議なことに
そんなヤツのしたことについて
あまり腹は立たなかった。
いつからだろう。
気がついた時、ボクはいつかコーヘイを
探すようになっていた。
もちろん
ボクにもコーヘイ以外にも、授業で共同発表が
当たったり、少人数でする授業で、ちょっとした
話をする程度の相手は簡単にできた。
だけど。そう、だけど。
そんな連中と話をする時というのは
自分の中にガードがあって、そこから出るような
ことがあまりなかった。してた話と言えば、
当たり障りのないような、ことばかりだった。
ところが、だ。
もちろん
ボクにだってコーヘイ以外にも、授業で共同発表が
当たったり、少人数でする授業で、ちょっとした
話をする程度の相手はできた。
だけど、そう、だけど。
そんな連中と話をするときは、ボクは
自分の気持ちの周囲にガードがあって、
そこから出るようなことはなかった。
話と言えば当たり障りのない、授業のことくらいだった。
誰とでもすぐに打ち解けて、というようなことは
ボクにはできなかった。一体何を話せばいいのか。
相手を前にそんなことを考えているうちに時間は
どんどん経過して、気がつくと、何か話そうと、
と思っていた相手は、もうどこかに行ってしまってる、
だからボクは他の人と話をするのが苦手のはずだった。
ところが、だ。
コーヘイときたら、今までのどんなヤツとも違っていた。
つむじ風はTPOなんて
一切関係ないのだ。
ある日の朝早く、アパートのボクの部屋のドアが
ガンガン叩かれた。
「誰だよー。こんな朝から。」
ベッドから起きあがってドアののぞき窓から外を見ると
ドアの向こうにコーヘイがいて、ガンガン
叩いているのだ。
「何? 」思いっきり不機嫌な顔をして
ボクはドアを開けた。まだ外は暗い。
「頼む。寝かせて。」
ヤツはそう言うと、ボクの横をすり抜けて部屋に
入り、ふとんがめくれあがったままになっていた
その中にそのまま入った。
「お、おい、コーヘイ、ってば。」
「昨夜ずっと学校の暗室で写真の現像してて、、」
ヤツが言ったのはそこまでだった。
何時だろ?
腕時計の針は5時23分、と針が示していた。
静かになった部屋には、ヤツの寝息だけが聞こえてきた。
ボクはもうすっかり目がさめてしまった。
思わず部屋の中を何度も見渡した。
いつもは自分しかいないはずの部屋に
こうして誰か他の人間がいると、
いつもの見慣れたはずの部屋なのに、
なぜだろう。すっかり様子が違って見えた。
ベッドの中で静かに寝息を立てている
ヤツの顔を見た。
何だか学校で見ていたコーヘイと全然違う
顔つきをしていた。ボクの知っているコーヘイ
って、とにかく元気で、いつもニコニコしてて、
うーん、後、どんなだっただろう。そう思うと
ボクはコーヘイについて
何も知らなかったことに気がついた。
今、ボクの目の前で寝息を立てている
ヤツの顔は、そんな学校の彼とは違っていて
何だか少しのことでもろく壊れそうな
繊細な表情をしていた。
その日は、英語の授業があったので、ボクは
机の上に学校に行くから。部屋のキーは
郵便受の中に入れておいて、とメモを残して
部屋を出た。
夕方、ボクは帰ってくると郵便受に手を入れた。
キーは、ない。
え? まさか。
ボクは慌てて階段を駆け上がった。
ドアを開けようとして、気がついた。
キーがない以上、開かないのだ。
今度はボクがドアを叩くことになった。
マジかよ。
ドンドンドンドン。
ドンドンドンドン。
一体どのくらいの時間、ボクはドアを叩いた
だろう。ひょっとしてもうヤツは居ないのか。
キーを持ったまま、さっさと家に帰ってしまったのか。
そんなことをあれこれと思いながらボクはドアを
叩いた。
もうダメか。あきらめるか、と半ば思いかけた頃、
ガチャ、っと、ドアが開いた。
「よく寝れたわ。」のんびりとした声でコーヘイは言った。
はぁ。ボクは大きなため息をひとつつくと、部屋に上がった。
「あ、じゃ、オレ、またガッコ行くわ。」
「え、何? 」
「現像の続きしないと。」
「写真撮るの? 」
「言ってなかったっけ。オレ、写真部よ。」
「あ、そうだったの? 」
「今度、ヒロユキの写真見せるわ。」
「何? 」
「だから、オマエの写真さ。」
「いつ撮ったんだ? 」
「秘密秘密。 じゃ、ありがと。もう行くわ。」
薄暗い部屋の中で、彼の表情は一瞬停まり、
ボクの顔を正面から見た。
何だかそれはいつものヤツとは全然違う表情だった。
そんな緊張したような表情がふっ、と緩んだ。そして
目がそれていつもの明るいヤツの顔に戻った。
「ホント、世話になったよな。ベッド、
占領してごめん。」と言うと、
彼はカバンをひっつかみ、スニーカーに
足を入れると、バタンとドアを閉めて、出て行った。
それからはまた相変わらずの日々が続いた。
いつだったか、ボクはコーヘイに言った。
「写真、見せてよ。」
「何? 」
「ホラ、前に、ボクを撮ったとか言ってたの。」
「え? オレ、そんなこと言ったっけ。」
そう言いながらヤツはニヤニヤしていた。
「言ったじゃないか。」
「わかったわかった。じゃ、今度な。」
ヤツはいつも今度な、と言って話を終わらせた。
その頃からだ。コーヘイと学校で会うのが
だんだん少なくなってきたのは。
取っているのが同じ授業なのに、
前ならボクが教室に入っていった時、手を振って
待ってるヤツがいたのに、そういうヤツを見かけ
なくなっていった。
「コーヘイどうしたの? 」
ボクは周囲の顔見知りに
訊いてみた。そんなふうに訊いても、相手からは
「さぁ。アイツのこと、よく知らないんだよね。」とか
「ヒロユキのほうが知ってるんじゃない? 」
という返事しかかえってこなかった。
気がつくとヤツを見なくなってもう1カ月が
来ようとしていた。どうしたんだろ。身体でも
壊したのかな。そんなボクの気持ちは少しずつ
大きくなりはじめていった。
× ×
ちょっと前から、俺の頭の中を占領していたひとつの光景が
ありました。
その光景をいかして、ひとつ、作品をつくれないか、と
思っていました。
ところが。
なかなかヒロユキくんもコーヘイくんも勝手に遊びまわって
作者の思うように動いてくれませんでした。
やっと、少し、作者の中で、気持ちが進んで
いろいろなものが見えて、ヒロユキくんも、ちょっと手伝ってやろうか
と言ってくれました。そこで、えい、と一気呵成に書いて
みました。何せ一気呵成なので、打ったすぐ後から読んでみてでさえ、
ちょっとおかしいぞ、というところがありました。
それであちらを直し、こちらを直し、していたら
今度は、文章そのものの生きが失われていくようで
これもなぁ、、、と思いました。
ちょっと荒削りの部分は否めませんが、
アップしたいと思います。
どうぞ読んでやってください。
よろしくお願いします。
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Comments
前回の踏み切りを題材にした作品には、
結局コメントしませんでしたね。
実は、オマージュとして、こちらも踏み切りを
題材にした文章を用意したんですが、
何となくアップしそびれました。
この、男子どうしのストーリーって、
なんでこう、甘酸っぱい感じになるんだろうね?
男女のすとーりーには、やはり、
共感できる部分が少ないから、
男子どうしのだと、体中が敏感に、
自分との共通項を見つけ出すからだろうか?
Posted by: Jean de Tokio | 08. 06. 09 PM 11:05
---Jean de Tokio さん
え、え、今からでも決して遅くないです。Jean de Tokio さんの作品拝見したいです。(と謙介は、Jean de Tokio さんのお気持ちを忖度もせずに、こうしてむやみやたらに懇願をしていますが。(笑)でもいつか機会があったら、是非とも拝見させてくださいね。お願いします)
いや、こういう男の子同士、というのは書いていても、比較的楽ではあるんです。前に老若男女、いろんな人の出てくる小説を書きましたら、書くのも難渋しましたし、何より人物の造型に苦労しました。きっとJean de Tokio さんもお話のように男の子はよく分かる部分があるのだけど、女の人はよくわかんない、という部分があって、そうなるのかもしれません。
Posted by: 謙介 | 08. 06. 10 AM 6:14