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08. 06. 11

緑、したたる頃に 3/5 (小説)

ぼんやりしているとコーヘイが横にやってきた。

「本当に行くのか? 」

ボクは聞いても仕方のないことを
もう一度繰り返した。
「ああ。,,,,,,,,急に決まったんだ。 ごめん。」
「謝ることはないよ。」 ボクは精一杯のやせ我慢で
そう言った。
『謝られたって、そんなもの仕方ないじゃないか。』

「後で話そ。」それだけ言うとコーヘイは、
また別のヤツのところに行った。

ボクは、その宴会の途中、何度ももう帰ろう、と思った。
だけど、その都度、荒島さんが声をかけてきたり
コーヘイがやってきたり、で、帰る機会を失ってしまって
とうとう延々と続いた宴会の最後まで居ることになった。
ひとつは、ヤツが言った「後で。」っていう言葉が
ひっかかっていた、ということもあったけれど。


最後にもう一度コーヘイが立ってみんなに話をした。
「今日は本当にどうもありがとう。
自分の未来、っていうか将来なんて、どうなるかは
わかんないんだけど、できたら10年後。そう、
10年後の今日。6月30日にまたみんなに
会いたいです。」と彼はそう言った。
最後の、最後のカンパーイ、と言ってようやっと
延々と続いた宴会は終わった。


6時半から始まった宴会は、終わったころには
日付が変わっていた。
ボクは、よろよろと立ち上がると、一人帰ろうと
していた。すると、その手をつかんだヤツがいた。
振り返るとコーヘイがいた。「だから後で、って
言ったじゃない。」
「あ、ああ。」みんなと店の前で別れた。
「えー、コーヘイ、次行こうよー。」
ってほかの連中は言ったけれど、「ゴメン、ヒロユキ
送らないといけないんで。」と言って彼は別れた。
「ウヘー。久しぶりだったから、ちょっといろいろ
食べすぎたぜぃ。」快活にヤツが言った。

だけどボクは何も答えなかった。
そんなの、どう答えたらいいんだ。

二人は黙って並んで歩いた。
しばらく歩くと大きな川のほとりに出た。
橋を渡ると中ノ島があってそこに公園がある。
いつもは往来の車や人でごった返すこの辺も
夜中の1時では川を流れる水の音だけが響いてくるだけだった。

ヤツは話がある、と言ったのに、何も話しだそうとは
しなかった。ボクは、言葉が出てこなかった。
何かを話そうとしても、それは、本当に自分の話したい
ことなのか、と考えてしまうと、話そうとする気持ちが
すーっとしぼんでいった。
何を話せばいいのか。そんなこと、いつもなら
全然考えなくても言葉が次から次へとあふれ出るはずなのに。
意識なんかする必要だって全くなかったのに。
今日のボクは、ただただ何も言えず、
黙って彼の横を歩いているばかりだった。


橋を半分ほど渡ったところで、雨つぶがポツ、ポツ
と当たりはじめた。
橋を渡りきったところで、ヤツは川沿いの道へ曲がった。
木々はぼんやりとした翳の濃淡でしか分からない。
昼間なら、木の枝が川面に差し出て、それを見ながら
歩く、というなかなかの散歩道だったのだけど。
そのうちコーヘイがぽつりぽつりと話をしはじめた。
「今回、屋久島に行って、自分は写真がやっぱり
好きだったこと、だけど、あまりに技術とか写真の
勉強とか、もっともっとたくさんの知っておかなくちゃ
ならないことが全然自分にはないことに気づかされたんだ。」
彼は話しはじめた。
「どれくらい、行ってるの? 」
「行ったら最低5年は勉強してこようと思ってる。」
彼がそう答えたとき、ボクは、またさっきの大きなものが
喪われていく気持ちがふっ、と、蘇ってきた。


ぽつぽつと木々の間から降ってきていた雨は
次第にざあざあと降るようになってきた。
「この先、ちょっと行ったら、山のところに
人が入れる穴があるんだ。」
ボクは言った。
そう言って走りはじめたのだけど、言った
穴はなかなか見つからなかった。え? 記憶違い
だったかな? それとも、もうなくなった? と
思いながらもボクたちは雨の中、濡れながら走った。
「あった!あった! ほら。」ヤツが穴を見つけた。
「ふう。」穴は、人二人が入れるくらいの大きさで、
2メートルくらいの奥行きがあった。
「一体これって何の穴なの? 」コーヘイが聞いた。
「うーん。昔の人のお墓かも。」
「やめろよ。」
「あ、怖いんだ。」
「バカ。」
「あーあ。びしょぬれになっちゃったよ。誰かが
話がある、って来たらさ、こんなことになっちゃって。」
「うるせ。」
「雨、すごいね。」ボクの言ったことにヤツの
返事はなかった。
さっきよりもっと雨脚は強くなってきた。
「ふえくっしょん」ボクは大きなくしゃみを
した。
「体が冷えたんだろ。」
「うーん。」
「ほら。」
「何? 」
「こっちこいよ。」
コーヘイは、そう言って身体をずらしてくれた。
「いいよ。そんなの。」
ボクは急にドキドキしはじめた。
「ふぇーくしょん」もう一度くしゃみが出た。
「ホラぁ、ったく。」ヤツがボクの手を引っ張った。
「こっちに来る。」ボクは、少し身体をずらせてヤツのほうに
寄った。「何を遠慮してるんだよ。」
不意にヤツの手が伸びてボクの身体はコーヘイの身体の中に
包まれることになってしまった。
「ホラ、すっかり冷えてしまってるじゃないか。」
ボクはどう返事したらいいのか、すっかり頭がポーっとなって
しまって、言葉が見つからなかった。
ボクは身を硬くしてそこにいた。
ボクはあふれ出てくる気持ちをどう言えばいいのか分からず、
ただただ身を硬くして、そこでじっとしているばかりだった。
外の雨の音が聞こえる。
それから対岸を走っているのだろう。遠くを自動車が走る音がした。
それ以外、聞こえてくるのは、お互いの息遣いだけだった。
少しコーヘイが身体を動かした。
「どう、ちょっとましになった? 」
「う,,,,,ん。」ボクはうつむいたままくぐもった声で答えた。
そう言うと、ヤツはボクを抱く手をもっと強くした。
ボクはコーヘイの身体にさらに密着することになった。
ボクの横にはコーヘイの胸があって、ボクはコーヘイの
身体の打っている心臓の音を聞くことになった。

「心臓の音が聞こえる。」
ボクは言った。
「そりゃ、そうさ。」コーヘイはちょっとかすれた声で
そう答えた。
その音を聞いていると、さっきまでの緊張が
少しずつ緩んでくる。暖かい体温と心音。
人の体温って、なんて暖かいのだろう。
ボクはそんなことを思った。
「きつくない?」声が上から降ってきた。
「大丈夫。」

ボクは、そんなふうに答えたけれど、本当のところは
ちっとも大丈夫じゃなかった。

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