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08. 06. 20

Emotional labor

本題に入る前にお知らせがあります。

このたび、陸くんのブログ、だぶるぴーす と
相互リンクさせていただくことになりました。

陸くんは大学で「書」をしています。
え? 謙介と似てる? いえいえそんなことは
全然ないのです。俺は、指導教官にちょっと
「へたくそ。」と言われては、「ふん!」と言って
あさっての方を見て文句を言ってるようなヤツでしたが、
陸くんは、一生懸命に書こう、とそれはものすごく前向きです。

それと字を拝見して思ったのは、
いわゆるお習字といって字を正しく整ったように
書くのではなくて、書道として字を書く場合は
文字に対するセンスがどうしても必要になります。

正直言って、字についてそういうセンスのない人がいくら練習しても
ダメです。

実はさきにリンクをしてくださったヒシさんも
今回の陸くんもそうなのですが、そういうセンスをお持ちなのが
字から見えてきます。 とてもいい原石を持っておいでです。
これはすごい、とお二人を見てておぢさんは思っています。
うらやましいぞ。(笑)


加えて、陸くんには、字が上手になりたい、という明確な意識も
あります。字、って恐ろしいことにその人の性質が
ちゃんと出ます。そうした心の鏡でもあります。
字を見るとその人の人となりがある程度見えてきたりします。
陸くんの字を見ていると、とても誠実な印象を受けます。


きっといい作品ができるようになると思う。

将来が楽しみだなぁ。


GBrで実は陸くんが公開をはじめられた最初から、
ああ、いいなぁと思ってて、リンクをお願いしよう、と
考えていました。
ようやく実現できてとてもうれしく思っています。
そんなことで、
このたび新しくリンク先としてお願いさせていただくことになりました。
ご紹介かたがたどうぞよろしくお願いします。


          ×           ×         


(今日はいつにも増して長いです。すいません。それから
いつもこんな長い文章にお付き合いくださって、
どうもありがとうございます。)


Emotional labor


このブログを読んでくださっているみなさんは、
この言葉聞いたことあるだろうか?

この考え方自体は、言われたら、ああ、って
簡単に分かるのだけど、それを表現する
適当な日本語の訳語が、まだちゃんとできて
いない。強いて直訳したら「感情労働」だろうか?
(直訳しすぎ、ってば。)


笑顔という表情。にこやかな態度。
ほら、飛行機の客室乗務員の人たちとか
ファーストフード、○ィズニー・ランドなんかで
接客するスタッフの方が
ニコニコしながら仕事をしているんだけど
ああいう応対を求められる仕事のこと。


それにしても、
いろんな乗り物があるのに
その中で飛行機だけ、そういう笑顔を
特に要求されるのはどうしてなんだろう?
電車の車掌さんがニコニコしていないと
サービスが足らん!とか言うわれるだろうか?
京都市の市バスの運転手さんだって恐い人
結構いるんだけど、だけどみんなあんなもんやわ、って
思ってたように思う。
バスの運転手さんににこやかにしてろ、なんて、言う人、あんまり
いないように思うんだ。(あまりに対応がひどすぎたら
そりゃ、いわれたりすることもありはするだろうけど。)


だけど飛行機の客室乗務員に限っては、
ちょっと笑顔が足りないと、すぐに態度が悪いとか
何だあの仏頂面は、オレはいつも○○○ばかり乗ってやってるのに
あんな笑顔のないのははじめてだった、とか言って文句を言うの。
どうしてなのだろう。


そうおもえば、確かに航空会社のご案内なんて見ていたら
以前は、大抵客室乗務員の人の笑顔の写真がどこかに
添えられていたような気はする。
その関連もあって、なのかなぁ。笑顔のサービス、っていうことを
前面に打ち出していた時期もあった、とは思う。
もっとも最近じゃ、「なんとかシートでございます」とか、
「シートピッチだってこーんなに広いのでございますよ。ほらこのとおり」
なんて言って椅子のすわり心地競争みたいになっているけど。(笑)


だけどさ、笑顔のサービス、という裏に、利用者であるわれわれの側に、
いまだに「飛行機の旅は特別! 」っていう意識が濃厚にありは
しないだろうか、って思うんだ。

毎日の出勤途上で使う混んだ電車に乗る自分と、
飛行機に乗る自分は全然別だ、という意識って
われわれにないだろうか? 

飛行機に乗るのは特別な人、特別のもの、という意識が
われわれのどこかにあって、その特別にふさわしい
待遇を受けない、となったら、
「どうしてワシは、そういう待遇が受けられないんだ。」
と言うことになって怒り狂う。
そう、実際、「怒り狂う」んだよ。 実際、飛行機に乗ってさ、
客室乗務員の対応がほんの少し遅れただけで
怒りまくる人なんていっぱいいるでしょうに。
そうしてそういうお客が、多々いて困るから、
機長の判断で、文句つけるオッサンの身体を
テープでぐるぐる巻きにしたり、
「あんたは迷惑だから乗せない」
っていうこともできるようになったわけでしょ。


そんな人って、たとえば飛行機に乗って、ワシだけは特別、
なんて思うから、離・着陸の時に平気で携帯を使おう、
とかしたりする。
あれなんかさ、自分だけは特別! って思ってるから
ほかの人より、目立ったことをわざとしてるんじゃない?

電波に障害が起こるなんて、ああいう時に携帯使おうとする連中だって
とっくに知ってるはずだよ。だって飛行機に乗ったら
それこそ再三再四アナウンスがあるもの。知らないなんて
はずはないし、そんなこと言わせない。
それでもなぜ携帯を使うか、と言えば、
その他大勢の連中は携帯なんて使えないときでも、
「なんたってワシは特別じゃけん、使えるのよ。わははは。」って
使ってるところを周囲の他人に見せつけたいんだよ。

だから、特別なワシさんは携帯を使って、その結果、
客室乗務員から「お客様。」って制止されて、プライドを
傷つけられたと思って、怒り狂うの。
だって人間、プライドを傷つけられた時の怒りほどすさまじいものは
ないもの。
ああやって怒ってる人の怒りの原因って一体何か、
って考えたら、俺は、そういうプライドの問題に行き着くんじゃ
ないか、って思う。

そういうことで濃淡の差こそあれ、
飛行機に乗って、自分は特別扱いされないと
怒る。ぐちゃぐちゃに混んでる山手線で怒らない人が、
○NAの機上では、サービスがなっとらーーーん。って言って
かっかかっか怒ったりする。(笑)

まぁね。飛行機が目的地の空港に着いた時に
機内放送で「また近いうちに機上で皆様とお会いできますよう。心から
お待ち申し上げておりますぅ。」 なんて言うアナウンスがあったり、
金さえ払えば、スーパーでプレミアムな「お椅子」に
座ることだってできるし。そういう利用者のプライドをくすぐるというか
変に助長するような方向性を出していたりすることもあるけど。

だけど、どうして飛行機をもっと普通の交通機関だ、って
位置づけてあげられないんだろ。飛行機の旅なんか
これほど一般化してきているのに。
もうそろそろわれわれの民度として、
飛行機を普通の交通機関の位置づけにしても
いいんじゃないのかな、
どうして飛行機だけの特別視をそこまでしなくちゃいけないの?
そんな気がする。

そしてわれわれが飛行機についてそんな特別扱いの意識を持っているからこそ、
飛行機の客室乗務員さんだけ、何が何でも
「にこやかさが要求される」っていうことになるんじゃ
ないか、って俺は見てるんだ。


そして、そのにこやかさが特に要求される仕事のことを
「Emotional labor」と呼ぶわけですよ。


○ィズニーランドもそうだし、ファーストフード
(最近はファストフードと書く人もいるようだけど
発音はファーストフードなのだから、俺は発音に
沿った表記をする。)もそうだけど、アメリカから
来た、ああいう接客方法って、異様にニコニコと
しないといけないのはどうしてなんだろう? それから後、
エアロビクスとか。やって最中、
何でああ異様にニコニコするの? それから服売ってるお店の
○APのスタッフって、どうしてああフレンドリーに
何でも語りかけてくるのさ。

○ィズニーランドのそうしたスタッフの方の笑顔が
いい、っていう人もいるんだけど、俺は正直言って
ああいうニコニコ顔ってあまり好きじゃない。
いや、普通のニコニコ顔はいいよ。でも自然なニコニコ
じゃなくて、いかにも取ってつけたようなニコニコ
なんだもの。
マニュアルニコニコなんでしょ? あれ。

あ、そういうマニュアルニコニコだ、って俺分かったことが
あったんだ。
いつだったか、大阪の友達と
大阪の長堀橋のG○Pに行ったわけさ。
あそこの服って、作ってる側が、一過性の
消耗品としか思っていないから、すぐボタンが取れるとか
色がはげるとかして結局どんどん買わなきゃなんないふうに
なってるんだよね。だからあんまり好きじゃない。
(その日は、友達が寄りたい、というので一緒に行った。)
で、そのとき俺、本町にあった書道用品の店に寄って
から行ったから、結構荷物を持ってたの。
そうしたらスタッフの人が近寄ってきて訊くわけさ。
「まぁ大変なお買い物ですね。どこに寄ってらしたんですかぁ。」って。
「ええ。書道の用具とか紙を買ったのでね。」
それだけしか言わなかったのよ。
俺だって、そんなこと言ったら、、、っていう想像はできたから。

そう言われたスタッフの方の頭には、例えば
「お隣の東急ハンズでのお買い物」という言葉とか
「心斎橋のデパートでのお買い物」、っていうお客の反応マニュアルは
あったと思う。

だけど、書道用品なんて、スタッフの想定外の
言葉が出てきてさ、で、スタッフとしてでなくて、一人の個人と
したときでも、彼女の頭には書道なんていう引き出しはなかったから、
どう反応していいのか、一瞬めんくらったんだろうね。
その迷い方がしっかり表情に出てたもん。
だからこちらとしたら質問されて答えたのに、向こうからは
「はぁ、、、」っていう力のない反応が戻ってきた
だけだった。

で、その時にああ、なるほど、って気がついたわけさ。
ああ、そういうふうにお客には「フレンドリー」に接しましょう、
っていうマニュアルがあるんだ、って。だからマニュアルにない
想定外の反応を示されて
彼女は答えに窮したんだろう、って。


ええ、そりゃ分かります。ああいう笑顔で、
しかもフレンドリーに接していただけると、人に
よったら、そのことに感動するかもしれないし、
○ィズニーランドなんて
お高い入園料金を払って入ってきたんだし、入園した人間は
それなりにゲストとして尊重されている、って
いう「自分は特別」っていう意識をくすぐられて
気持ちいい、ということもあるだろうし。しいては
自分に向けられた笑顔とかにこやかな応対をしてもらいたくて
また再び訪れる、ということになるんだろうし。


でもね、あんなふうな対応をしょっちゅうされていたら
やがて、ああされるのが当たり前、みたいな意識が
生まれてくるんじゃないかなぁ。

お客なんだから、金払っているんだから
そうされて当然、とかさ。

だからあのニコニコは金のうち、っていう考えだって
持ってる人もいるわけで。なので、そういう考えの人は、
スタッフがニコニコしなかったら
サービスが悪い、って怒る。

なんか最近問題になってる何かにつけて文句を
言う人って、そういうニコニコサービスを受けて当然、って
思ってたり、逆にだから、オレはニコニコ顔をされていないぞー、
それは異常なことだ、とか思うようになってそれが、
自分は差別されている、とかものすごく疎外感を持つことになって、
それで何がなんでも片っ端から文句をつける、っていう意識を
強めたりするようになっていないかなぁ、って思ったりするんだ。

ホントのサービスの意味って、サービスするほうも
神様に代わってその行為を行っているし、受ける側も
そういう意識で、謹んで感謝をして受ける、っていう意識が
ないといけないんだけど、アメリカさんがマニュアルで
形式としてそういうにこやかなのがサービスだ、って
やっちゃったから、なんだか客ばっかり偉い、なんていう
あんなふうになっちゃったんだけど。

そうだから、ひたすらサービスするほうは相手の要求が
もっともっと、って高くなるから、当然心身ともに
磨耗していくと思うんだ。
ちゃんとやったって、お客さんから一方的にののしられたり
文句を延々と聞かされて、心の病になってしまう、
っていう人も多い。
それからたえずにこやかにしていないといけない、っていうのも
やっぱり相当の無理を身体に与えている、ということもある。
人間、性格がいろいろだから、
そういうニコニコしてるのが普通、っていう人もいれば
それが相当の無理をしたうえにそうしている、
っていう人もいるわけで。そういう無理をした人からは
当然心理的な影響が出る。


だからこれって、そうした接客する側の精神構造に
すごく大きな影響を与える、ということだよね。
そんなことが最近すこしずつ心理の本なんかでも
言及されたものが出てくるようになってきた。

やっぱり現実問題として、この「Emotional labor」 っていう
ことがアメリカで、実際問題になってきている、っていうことが
あるから、だろうね。
にこやかに接する、ということと、その影にある自分の
気持ちの乖離が大きくて、そのために心の病気になって
カウンセリングを受けて、、という人が、アメリカでは
増加の一途、ということらしい。

だって、そりゃそうでしょ。相当な無理をさせられている
って思うんだ。しかもそれが永続的になってる、
っていうことでしょ? 無理が出ると思う。


うーん。だけど、こういう不自然なニコニコって
いつまで続くのかなぁ。いや続けるのかなぁ。
人の自然な表情を奪って、貼り付けたような笑顔を
出して。いかにもそれが普通であるかのように見せる、
結果、利用者はそれを当たり前だと思うようになる。
提供者もそうしなければならない、とする。
だけど、ひとりの人としてはどうなんだろう?
自分の感情を無理やりおさえつけて、他人に接して
そうして自分の心が壊れてしまったら、一体どこに
言っていけばいいのだろう。

俺、なんだかあんなふうににこやかに接して
くれるのを見るの、正直つらいところもあるんだ。
エアロビクスだってそう。
しんどいのに、ボクはヘーキだよ、ボクはヘーキだよ、
って濃厚に主張しているのがあってさ。
だから笑顔が張り付いたようになってて、
却ってそれが鬼気迫るものをこちらに投げてきたり、、さぁ。
俺なんか僻んでいる人間なもので、
はいはい、楽しいのですね。しんどくなくてヘーキなんですね。
って言いつつ、「ホント? 」ってつい聞きたくなるの。
もうこれは文学をやってる人間の性でしょうねぇ。
ほんとに辛くない? 心からそう思ってる? とか
聞いてみたり、その裏にある心理っていうのを
ついつい確かめたくなるんだもん。

自分だったら、、って考えてしまう。
だからそういう取ってつけた
ニコニコ顔って、見てるの嫌なの。思わず無理してない?
とか聞きたくなってしまう。
まぁそれは謙介の考え過ぎじゃないか?
っていう人がいれば、そうかもしれないんだけど。

でもまぁそういうことで、ひょっとしたらこの国でも
こういうEmotional laborの問題は、すでにもうありは
するとは思うんだけど、、。まだくすぶった状態なのが
いつか近い将来。働く側にとって、たぶんはっきりと形のある
大きな問題になってくるんじゃないか、って
俺は思ってるんだ。

(今日聴いた音楽 雨のステイション 1975年
 アルバム コバルト・アワー から 歌 荒井由実
 コバルトアワーの発売が1975年の6月20日。
 あれから33年。でも、曲は少しも古びていないよね。
 そういうところがやっぱりすごい、って思う。)

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Comments

 うーむ,マニュアルにこにこだと,そのうち精神病んじゃうでしょうねえ;;;
 あ,でもね,僕の場合もエンジンがかかるまではマニュアルっぽい作り笑顔ですよ。そのうちに笑顔を作ることでテンションが上がってきて,普通の笑顔に自然になりますね。

 逆に,「やだーこんなめんどくさい作業やりたくないー!」なんて心が駄々をこねてる時でも,お客さんに接して「自然笑顔」になった後には,「ま,しょうがないからやるか」と少しは心が前向きに変化します(笑)

 作り笑顔がずっと作り笑顔のまま,というのは結局その人が接客には向いてないということなんじゃないですかねえ。早いうちに辞めた方が身のためかも(苦笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 08. 06. 21 at 오후 8:52

まずは、リンクありがとうございます。そして、丁寧な紹介、ありがとうございます!!
今後ともよろしくお願いします。

笑顔の件ですが、2点ほど。
まずは1点目。お客様は神様ですっていう考え方をする人が多いんだろうと思います。「サービスを受けるのが当たり前だ、だってお金を払っているんだから。」確かに。
卒論でモンスターペアレントについてやるのですが、彼らが出現した背景には「教育がサービスとして捉えられている」というのがあります。学校でやってくれて当たり前でしょ?っていう考え方。それはねー…って色々言いたいことはあるけれど、長くなるので割愛ですw

もうひとつは、作り笑顔について。
無理して作っていることがバレバレなら、俺も気を遣ってしまうけど、エアロビクスのトレーナーさんとかはやっぱり元気に笑顔でやってくれていたほうが、自分達も活発に動けるなって感じます。作り笑顔も場合によりけりなのかなと思いました。
俺の場合、作り笑顔が「盾」としてはたらいていたときもありました。笑顔を作ることで、相手をこれ以上自分の領域に入れないようにする、みたいな。
その時相手がそれを感じたかどうか分からないけど、笑顔の裏ではものすごく疲れていたなってことを思い出しました。

人には向き不向きがあるから、ずっと笑顔でいる場所が無理な人はあえてその場にいなくてもいいのかなって思います。

Posted by: | 08. 06. 21 at 오후 9:04

おじゃまんぼうしますヽ(*゚ω゚)ノ
「一流・成功しか価値がない」という考えがメディアのせいか蔓延してますよね。
ままならないのが人生っていいますし、成果に敏感になりすぎてるような・・・。
生活を高めようという気持ちが他人に向かったとき、残酷で無責任になってる気がします。

Posted by: まんぼう | 08. 06. 22 at 오전 1:10

---Ikuno Hiroshiさん
Ikunoさんは、たぶん性格から言って、そういう笑顔っていうのが自然にできる方だと思うんです。それから特に接客のお仕事だと、なじみになってくださっているいいお客さんもいれば、「いけすかないなぁ。」って内心思うようなお客さんもいたり、最初からもういちゃもんをつけよう、って思って来る人もいますし、そんな反応によってこちらの感情も変化したりはしますけど、、。でも、ほら、業種によっては、なんだか無理やりハイテンションの状態をずーっとキープさせられて、ってあるじゃないですか? いや、それが向いてて入った、っていうのであればいいんですけど、同級生で落ち着いた感じの子が店長候補で某居酒屋チェーンに入社したんですけど、やっぱり辛くなって辞めた、って聞きました。だからやっぱりその仕事に性格が合わないと、、それが心のほうに影響与えてくる、っていうのあるように思うんです。

Posted by: 謙介 | 08. 06. 22 at 오전 6:27

----陸くん
いえいえどういたしまして。どうか末永くお願いします。卒論「モンスターペアレント」ですか。謙介の場合、雑誌とか新聞でそんな具体的な例については読むっていうくらいなのですが、それでもどうしたの? っていう親がいるものですね。そういう親であれば、家庭で親が教えないと、、って思うような基本的な生活習慣とか、しつけ、とかっていうようなものもおそらく何にもしていない、ような気がします。「受けること」には熱心でも「自分がしなきゃいけないこと」については全然していない、っていうことかもしれません。栄養士の友達に聞くと、最近やたら食育っていうことを言うのも、家族がご飯を作って食べるということがなくなって、結果食事がめちゃくちゃになってしまっている、という切迫した状況があるからだそうで。なんだか笑顔の話がどんどんとんでもない方向に流れてしまいましたけれど、陸くんのお話のように長い話になってきそうなので、俺もこの辺で措きます。ただ、陸くんの話を聞いていて、やっぱりスポーツ施設のインストラクターの方はいつもニコニコと元気そうに見せないとまずいか、と思いなおしました。ブランドの服の店みたいに落ち着いておさまりかえった接客してたらいけませんよね。

Posted by: 謙介 | 08. 06. 22 at 오전 6:40

-----まんぼうさん
こんにちは。俺、よく本屋でいろんな雑誌を立ち読みするんですけど、特に経済の雑誌とかみたら、うちの会社はこういう方法で経営したら成功したの、功を遂げたっていうのか、業績好調で、それこそニコニコ顔の経営者ばっかりなんですよね。そんな雑誌ばっかり見ていたら、成功しなきゃダメな人間だ、とかすっかり有名になった「勝ち組」とかいう言葉が思い浮かびます。勝ち組なんて言っても人間ずーっと勝てるわけでもないし、そんなもの何十年とたった先のことなんてわかりませんよね。ひょっとしたら価値観が全然違ったものになっているかもしれません。マスコミとか世間が言ってる「いいもの」って一面的でしかないですよね。そんなものに流されることなしに、目立たなくてもかっこよくなくてもいいから、自分の向き不向きとか意欲とか適性とかをシビアに見つめて、できることをする、っていうのが俺はいいように思います。人の価値観ではなくて、自分はこれなんだ、っていうのがいりますよね。本当に、お話のように「成功だの一流だの」とそんなことばっかり言われて、生きにくい世の中だなぁって、謙介も思います。

Posted by: 謙介 | 08. 06. 22 at 오전 6:54

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