緑、したたる頃に 4/5 (小説)
ボクはもう逃げられない、と思った。
だけど、「それ」をコーヘイに伝えたとして
ヤツは一体どう思うだろう。
でも、でも、、、、もう後がないんだ。、、でも、、、。
ボクはさっきからずっとその答えの出ない
質問を繰り返していた。
でも、もしも、そんなことを言ったとして,,,,.
そう思うとボクの思考はそこで止まってしまうのだ。
ボクは、一体どうしたらいいのだろう。
どうすべきなのだろう、、。
ええい。
「あのさ。」 ボクはうつむいたままで言った。
「うん? 」
「ひとつ、聞くんだけどさ、コーヘイって、どうして
こんなふうにボクに親切なの? 」
「イテ! 」
「ご、ごめん。」
ボクの頭がヤツのあごに衝突した。
「痛かったじゃないか。」
「本当にごめ、」
ボクは無意識に彼のあごに手を当てていた。
あわてて引っ込める。
最初目を上げた時は、ぼんやりしてたけれど、
そのうち目が慣れてくると、ボクの目の前で
こちらを見てるコーヘイの表情がぼんやりと見えてきた。
「なんかすごく親切じゃないか。どうしてボクにそんなふうに親切に
してくれるの? 」
「オリエンテーションの時、オマエが歩いてるのを見た。」
「ああ。」
「その時のオマエの目だ。」
「目? 」
「哀しそうな目をしてた。」
「-----」
「その目がオレが中学から高校の時の目とすごく似てた。
あ、こいつとなら、自分に似てる部分があるかもしれない、
友達になれたらいいな、って思った。」
「オマエ、オレが誰とでも話をする人間って思ってるだろ? 」
「え? 」
「話が簡単にできそうなヤツとそうでないヤツとはっきり二つに
分かれるんだ。」
「ヒロユキを見た時、あ、こいつとなら話ができる、と思った。
そうして話をするようになって、あ、オレの第一印象は
合ってたと思った。......だけど、気の合う友達に親切に
しちゃいけねえの? 」
いけなくはないけど,,,,,。」
「ないけど何? 」
「何か親切すぎるような気がする。」
「だって友達だったら、そんなの当たり前じゃないか。それが
変、とかさ、いけない、とか。 そんなこと言うオマエのほうが
よほど変だ。 」
「------そんなこと言ったって、、。」
「何だよ。」
「いや、いい。」
「何だよ。言えよ。」
ボクはどうしてもその先が言えなかった。
そんなもの言えるはずがないじゃないか。
「いいから言えよ。」
ヤツがボクの身体を振った。
「じゃ、言うよ。言うけどな。聞いてから
なんだかんだ、って言うのは一切受け付けないからな。
いいんだな。」
「ああ。」
「ホントか? 」
「くどい。」
「----------。」
「言えよ。いいから。」
「------好きなんだ。」
「え? 」
「だから。-------コーヘイのことが好きなんだ。」
「--------」
「ほらみろ。」
「いつから。」ヤツはかすれた声でそう聞いてきた。
「はっきりとその感情を認めたのは最近だけど、ホントは
もうずっと前からだ。」
「-------」
「ふふっ。ほら。だから言ったんだよ。そんなこと
言われたら、気持ち悪いって思うよ、って。」
「オレみたいなヤツのどこが
いいんだ? 」
「そんなの、こちらが言いたい台詞だよ。
いきなり声をかけてきたかと思うと、どんどん
こっちのテリトリーに入りこんできて。」
「だめか? 」
「ダメじゃない。ダメじゃないけど、、、」
「ダメじゃないけど? 」
「そんなふうに自分みたいな人間に
どんどん距離を縮めてきてくれる、オマエを見ていたら、
こっちがどんどんオマエを、オマエのことを普通に見て
いられない自分に気がついた。そうやって、どんどん
好きになっていくのが分かったんだ。」
「好き、って、別にいいじゃねえか。人には好みってあるし。」
「違う。そんな簡単な好き嫌いの問題じゃないんだ。」
「じゃあ、どんな好き、なんだよ。」
「もっともっと、自分の深いところで、オマエのことが
どんどん忘れなくなっていった。そりゃびっくりしたさ。
ダメだ。それだけはダメだ、って思ったさ。 」
「------」
「だけど人を好きになるのに、いちいち理由なんか
ないよ。そうじゃない? ------- 気がついたら、自分の中ではいつも
コーヘイがいてさ。------あ、そりゃ、俺だって最初は、っていうか
さっきのさっきまで、そういうの、認めたくなかったさ。
そんなこと、分かったって、どうなる? コーヘイに言ったって
どうなる? 言えって言われて言ったけど、思ってるだろ?
気持ち悪いって。------- そうなんだよ。気持ち悪いよ。
だから、だから。自分だってそんなもの認めたくなんて
なかった。だけど、だけど。」
「待てよ。ヒロユキ、オマエ、人の気持ち、先まわりして勝手に
解釈してしまうなよ。」
「なら、聞くけど、好きです、って言われて、平気でいられるのかよ。え? 」
「---------」
「ほら見ろ。」
「---------」
「平気でなんかいられるはずないさ。 」
「どうしてそんなこと言えるんだ。」
「なら言うけどな。」
「何だよ。」
「キスできるか? 」
「--------」
「できねえだろ。」
そのときだった、ヤツはボクの顔を上向かせると、ボクの唇に
ヤツのそれを重ねてきた。
「うっ、う、ちょ、ちょっと待てよ。」ボクは息を荒く吐きながら
言った。
「何だ、キスできるか、っていうからキスしたんじゃないか。
ヒロユキとだったらやってもいいんだ。
コーヘイはそう言うと、もう一度ものすごい力でボクの身体を
引き寄せた。そうしておいて、ボクの唇を舌でこじ開けた。
もう何の音もしなかった。ただただ耳元では、キーンという
音にならないような音が聞こえてきていた。
ボクは身体のすべてをコーヘイと接している部分に集中させた。
彼の動きにボクも合わせた。だけど、だけど、不思議だった。
それまで聞こえてきてはずの彼の気持ちが、あんなにいつも
ボクに聞こえてきていたはずのコーヘイの言葉が、今日は
さっぱり聞こえてきてはくれなかった。
ボクの目の前には、確かにヤツがいて、そうして、、、、
なのに、なのに、ボクにはコーヘイがどこにいるのか
何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
ボクは、コーヘイから身体を離そうとして押した。
「どうした? 」
「もういい。」 ボクは言った。
「え? 」
「だって。」
「だって、何? 」
「今日は聞こえてこないんだ。」
「何が? 」
「オマエの言葉が。」
「俺はずっとここにいて話をしてるじゃないか。」
「そんなものじゃない。もっと深いところから
聞こえてくる、コーヘイの意志とか気持ちだよ。 ボクには
それがいつも聞こえてきていた。なのに、今日は
どうしても、どうしても聞こえてはこなかったんだ。
だから、だから、それはやっぱり違う、っていうこと
なんだ。」
「違わない。」
「いや、やっぱり違う。ボクは、ボクは、コーヘイが
好きで好きでたまらない。だけど、じゃあ、聞くけど
コーヘイはボクのことをどう思ってるの? 」
「どうっ、って、そんなこと、
急に答えが出て言えるはずないじゃないか。」
「ほら、だから、ボクとコーヘイは違うんだ。」
「どこが? 」
「ボクは、こんなに、こんなに、思ってるのに。」
「-------。」
「ありがとう。ボクみたいな、こんなヤツに。」
そう言うと、ボクは、雨の中、穴を出て駆け出した。
「あ、オイ。」後から、コーヘイの声がした。
「待てよ。」
コーヘイが追いかけてきた。そしてボクの身体を引っぱった。
「違う。コーヘイは、ボ、ボクと、こんなことをしちゃダメなんだ。」
「そ、そんなことねえ。」
「それは、ボクに対する同情だ。」
「オマエだってそうじゃないか。オレがアメリカに行こうとするから、
目の前から消えようとするから、急に、って思ったんだろ。」
「ああ。だけど、自分がコーヘイのことを、オマエのことを思うように
なってたのは、さっきとか昨日なんてことはないからな。」
「オレ、オマエでいいよ。」
いや、それは違う。」
「違わない。」
「違う、っていうのがわかんないのか! 」
ボクは自分の全ての力を込めてヤツの身体を押し返した。
「さっさとアメリカに行け! 」
気がついた時、ボクは一番自分の気持ちと違う言葉を吐いていた。
それまで、力がこもっていたヤツの力がふうっと抜けた。
ボクは振り切って歩きはじめた。
そして、一切後は振り返らなかった。
13歳の時のボクが、両親に言われてこの橋を渡りきるまで
後ろを振り返ったらいけない、と言いつけられた時のように。
もと来たように橋を渡って、住宅街の中を抜けて、
どこをどう歩いたか、後から考えてさっぱり覚えてなんて
いなかったけれど、とにかくボクは家に戻った。
そして、案の定、それで風邪をひいて、一週間ボクは
ずっと布団の中で過ごすことになった。
その間、ボクは一切誰とも連絡をしなかった。
寝ていたとき、誰かが何度かボクの部屋の戸をたたいた。
ボクはずっと寝ていた。
一週間経って、ようやく熱も下がった。
まだふらふらとはしていたけど、家の中には
何も食べるものがなかったし、近くのコンビニまでは
行けそうな気がして、ボクはシャワーを浴びて
服を着替えた。
当座の食べ物を買って家に戻ってきて郵便受けを見ると
コーヘイからの手紙が入っていた。
アメリカに行くまでに一度会って話がしたかった、と
あった。
『話することなんて、何もないじゃないか。』ボクはヤツの手紙を
読みながらそう思った。
ボクはヤツのことが好きで、でも、コーヘイはボクのことは
友達、で。それだけのことだ。
そうして、コーヘイはアメリカに旅立っていった。
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Comments
おじゃまんぼうしますヽ(*゚ω゚)ノ 短編読切の多い松崎司先生の作品のなかでちゃんと続いたシリーズ、ビスポーク。続編を書けないというのがゲイ漫画界の不安定さを物語るようでせつないかぎりです(-ω-。)このまま乱交関係で終わってしまわないか心配。ゴリラ系斉藤と執事族那智がたまりません(/ω\)
Posted by: まんぼう | 08. 06. 13 PM 2:28
---まんぼうさん
ゲイのマンガ家さん、何名くらいいるのか俺、よく分かりませんけれど、今のところ謙介が一番好きなマンガ家さんです。ピスボーグともうひとつイミテーション・ゴールドがあったじゃないですか。あの中で大久保が、「オレは一人で生きていくんだ。」って仕立て屋さんとか、斉藤に言ってるところありましたよね。何だか俺自身のこれからを重ねて見てしまって、泣けそうになりました。そのあたりで、自分の心をグッとわしづかみされてしまったようです。あ、まんぼうさんは斉藤と那智なんですね。(笑) 続編を是非是非期待・希望しているのですが、、無理なのでしょうかねぇ。
Posted by: 謙介 | 08. 06. 13 PM 9:58