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08. 05. 02

最近の文章 (その1)

Study2


この間、お話に出た「永久欠番」こんなふうなレイアウトで
教科書に出てる、って。(○○くん、貸してくれてどうもありがとう。)
それからもちろん、著者のお写真も添えられている。
ちょっと拡大を。


Oshashin


折角国語の教科書も出てきたことだし、
今日はあちこちで文章を読んで、最近特に
書き言葉で気になったことを書こうかな、って思う。

昨日もちょっと書いたのだけど、
俺、仕事の担当として、雑誌の編集っていうのがひとつあるの。
編集スタッフは、全部で9人。いや、他の仕事もしてて、それと
同時に雑誌の編集、っていう担当も持っている。雑誌の編集だけ
じゃないんだ。

作ってる雑誌っていうのは、本屋で売るような雑誌ではなくて
学術的な雑誌。発行は年に1回。
5月に原稿募集をして
9月までに原稿を書いてもらって、それを
雑誌に載せるのかどうか、っていう編集会議を
やって、直して欲しい場合は、もう一回返して
直してもらう、という作業をする。
それで大体11月の末くらいに原稿を
集めて印刷所に送って、それから校正をして大体次の年の
1月くらいに最終の校正が終わる。

そうして最後に通し校正って言って、全体の統一した考えの
元にもう一度校正をして、印刷所に送って、雑誌の完成が
大体3月の半ば。

簡単にスケジュールを言うとそんなところかな。
それを毎年毎年、繰り返してやってる。

で、毎年俺の仕事で一番最初にあるのが
原稿の下読み。
その原稿の内容じゃなくて、それ以前の
たとえば文章の意味が通じないとか、何が言いたいのか、
っていうところを見る。こういうことは専門外の人間が
読むほうがいい。分からないところは分からない
ってはっきり言えるでしょ。変に専門だったら
あ、たぶんこういうことだろうな、っていうので
見方が甘くなるけど。分からないから、だまされない。(笑)

そういう下読み作業を毎年してるんだけど、
最近、ちょっと気になることが、何人もの人の原稿から
出てくるようになってきたの。
それは何か、っていうと、「文章がねじれてる。」っていうこと。

文章の最小単位って主語と述語でしょ。何がどうした、
っていうことなんだけど、その主語と述語がきちんと
対応していない、っていう文章を
よくみかけるようになってきた。

 「先週、大阪に行った旅行は楽しかった。」 

こういう文章。途中で一度切ればいいと思うんだけどさ。
「先週、ボクは大阪に行った。(その旅行は)とても楽しかった。」
(その旅行は)っていう部分は、前の文章を受けているから
省略してもいい。 
こんなふうにねじれている文章って、もう最近あちこちで
見かけるようになった。
じゃあ、どうして、そういうことになったのか、って、
俺、その原因を考えてみた。

やっぱりこれは携帯のメールが原因だろうな、っていう推定に
なった。メールの通信文、って、話す言葉で書かれるでしょ。
文章を書くための書き言葉じゃないよね。
書き言葉で文章を書く、っていう習慣とか経験が少ないから
きちんとした書く文章を書く、っていう経験が少ないのだろうし、
だからそういう文章をきちんと書けないようになってるのかなぁ、
と想像した。

俺は、このブログでは話し言葉で文章を書いてはいるけど、
これは本当に例外なんだ。
いつもいつもこういう文章を書いているわけではないからね。
たとえばこんなの

  そもそも古代において「タマ」の脱け出した状態は、
  まさに生命に関わる危険な状態であった。
  現代でも、非常に驚いた時に用いる「タマゲル」の元は
  「魂消る」であり、余りに驚いた拍子に、魂が身体から脱落
  した状態をあらわす語として残っているのは、
  承知の通りである。


これ、ちょっと前に俺が書いた論文の一部なんだけど、
書き言葉だから文章が硬い。論文っていうのは、大体
読むのが同じ専門の人、っていうのを想定しているから
定説になっているようなことは一々説明しないし、
すでに分かってることは、省略する。
論文だからそれでいい。

だけど、俺ね、ブログという媒体を使って文章を書くときは、
読んでもらう主要な年齢設定を20代後半からそれ以上、
と想定しててそういう人が大体分かる、っていう
文章の書き方にしてる。(つもり)
いや、もちろん20代前半でも、いっこうにかまわなくて、
謙介のブログ読むよ、って言ってくださるのなら、
それはとてもうれしいことだけどね。

ブログの文章は話し言葉でもいいのだけど、話し言葉ばかり
書いていると、今度は、書き言葉の練習をしていないために、
どんなところでも話し言葉の文章しか書けなくなっている、
という問題が起こってる。
それだけしか、書けない、っていうこと。場面に応じた文章が書けない。

だから、職場とか学校の課題に出た、報告書とかレポートが
書けない、なんてことが起きる。
前にも言ったけど、携帯画面に出るような「分かった。」とか
「じゃあ、4時に渋谷の○○のところでね。」みたいな
短い会話体の文章しか使ってないから、いざというときに
報告書の文章を書くことができない、ということになったりする。


それから、最初に言った文章の中の主語述語の
ねじれ問題だけど、会話なら主語がねじれてても、
話の途中で全然関係のない話題が入ってきても、
会話の途中なら、「え? なに、それ? 」
とか「え? どういう意味? もう一度そこ説明してよ。」って
いうふうにその場で逆質問ができる。目の前に相手がいれば、
その表情とか前後の言葉のつながりから、これはこういうことだ、
って想像もできる。

それから、話しているのが友達だと、お互いのことを
ある程度知ってるし、だから分かってる部分は省略だってできる。
「ちょっと休んでいかない?」と言ってもその友達は○タバ
に行くのが好きだ、と知っている。そういう相手だと、
わざわざ「○タバに行こう。」なんて言わなくても、
休む=○タバに行く、なんだ、と想像することだってできる。


でも文章だと誰が読むかは分からない。
それなのに、友達に話すように、「○タバでいつものヤツを。」
って言ったって、それが何かは書いた本人しか分からない。
抹茶フラペチーノかもしれないし、
キャラメルマキアートかもしれない。
ちゃんと説明してもらわないとわからない。
だけど、最近の報告書を見ていたら、そういうふうに何の前後の
脈絡もなくいきなり違ったことが文章の中に出てくる、という
「藪から棒」みたいな表現もよく見かけるようになった。
読んでいて、一体何が言いたいの、これ、っていうような文章。

ちょっと長くなったので、次回もう一回続けてこの話
をするね。


今日は、ここで措きます。 


どうぞ楽しい連休をお過ごしください。


(今日聴いた音楽 Someday My Prince Will Come
 (そうなったらええけど、、、ほんまの話か。笑)
演奏 マイルス・ディビス ジョン・コルトレーン 
 ハンク・モブレー ほか 1961年 ニューヨーク
 における録音盤)


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