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08. 05. 07

最近の文章 (その2)

俺のように文系の人間から見ると、
理数系の人というのは、
論理性というのか筋道立ててものを考える、
論理的にものごとを考えられる人、という印象
だったんだけど。


たとえば数学の証明問題なんて、
そうした筋道だてて論証することを学ぶためのものだ、って
思ったりする。

実は今まであんまり話たことはなかったのだけど
うちの親を含めて親族は圧倒的に理数系なの。
大体うちのオヤジが土木工学の人間だし、
父方も母方の親類も、もうほとんど行った学校って
電気とか物理とかの方面ばかり。

なのに俺だけ文学部の国文学科。
いやぁ、、これは一体どうした、というのだろう。(笑)
やっぱり鴨川の橋の下でひろわれ、、なのだろうか?
いやいや、それは個性だ個性だ。

いや、まぁそういうことで、俺は数学が
できなかった。というより、
その前段階の算数でつまづいていた、
という微妙なコンプレックスがずーっと作用していて、
数学とか物理のできる人っていうのは、論理的で、
思考回路もきちんと整理できている人
というイメージがあった。


あれはいつくらいだったかなぁ、
建築やってるいとこと一緒に歩いていて、
とあるビルの前に立ったわけ。
そうしたら、そのいとこが言うの。
このビル、かっこいいねぇ、って。
「え? そ、そう? 」
「かっこいいじゃないか? 」
「どこが、どういうふうにうまくできてるからかっこいいの?」
俺はさ、やっぱりそこで、たとえば、何か特別な建築学の
割合っていうか黄金比みたいなのがあって、
それがこういうふうに計算されて、で、かっこいいんだ、
とか言うと思ったの。そうしたらいとこの言うのに、
「かっこいい、に理由なんてない。そう感じたからかっこいいんだ。」
っていうお言葉。

つまりなんだか理由なんてないけど、かっこいい。
それは感覚だ、っていうことらしかった。
え? 
理科系の人間は、論理性を持った人ではないのか、と。

ちょうど、その頃、一緒のセクションで働いていた
同僚は工学部出身だった。
いつも机の上はごっちゃごちゃ。
とうとう何度か上司から、文書の管理もあるのだから、
机上整理をちゃんとやれ、というお達しがきた。
次の日、彼の机上はすっきりしていて何も物が置かれて
いなかった。 
「どうしたの? ちゃんと整理したの? 」
って聞いたら、別室にその荷物がぜーんぶあってさ。
単に移動させただけだった。
その時に、俺言ったんだ。
「なんか理科系の人って、理路整然としてて、
整理もちゃんとできる、っていうイメージがあるんだけど、、。
って言ったら、「だってさー要るものそばに置いてたら
ああなるんだものー。」 ということだそう。(笑)


それから数年たって謙介が病気を発病して
がんセンターに通うことになって。
今の主治医になった、と。
主治医が変わって今の先生になって、
すぐ、くらいかなぁ。
新しい治療法が開発された、っていわれて、
「やってみる? 」って主治医が言うので
はい、とまぁ答えたの。
そうしたら、ホラ、最近はインフォームドコンセントで
治療方法の説明を患者が納得するまでしなくちゃ
なんない、っていうことになってるでしょ。

ましてや国立病院だから、それはもう念入りに説明してくれようと
する。ただでさえ俺の主治医、話好きでいつもこちらが
聞いてないことまで説明してくれるのに、
もう、それはそれは、、センセイもう、よーくわかりましたから、、
っていうくらい説明してくれる人なんだけど。
で、その先生に「じゃあ、どういうふうに薬が作用して
この病気が治ることが分かったんですか? 」 って
俺、聞いたわけですよ。そうしたら先生いわく、
「どうやって治るか分からない。だけどとりあえず
治った人が多かったから、効き目があるんやろう。」

「じゃあ、どうやって効くのか分からないんですか? 」
「分かりません。だけど効くので、だいじょーぶ。」

おいおい。

この瞬間、理科系は論理的、というイメージが
俺の中で一気に崩れてしまったのだった。

だから最初に書いたのさ。
「論理性というのか筋道立ててものを考える
考えられる人、という印象だったんだけど。」の「だった。」
っていうことなの。(笑)

『理由はようわからへんねんけど、何やしらん効いてるみたいやし、
それでええのんちゃう? 』 先生の言ったことを京都弁に
直してみたら、まぁこういうことらしいのではあるけど、
ようわかってへん、、って、、あなた。


「それで、この薬、人間に使っていい、って認可されているんですか? 」
「はい。それはもちろん。」
「けど、治る経緯というかどういうことが作用して、、って分からないんでしょ。」
「はい分かりません。でも結果として治るのだからいいのですよ。」
だそうでした。

なんだなんだこの牽強付会というか、強引な結論は。
理系だって、結構アバウトというかケンチャナヨというか。
こんなことなら、情緒のかたまりみたいな
国文学科の人間と大して違わないぢゃないか。(笑)

まぁそれはともかく。
その中学生の子に聞くと、最近は国語のテストで
聞き取りテストがあるんだ、っていう話だった。
英語じゃなくて国語で聞き取りテストがある、
最初、聞いたときに、あれ? とは思ったのだけど
しばらく考えているうちに
あ、そうか、何となく分かるぞ、って思いなおしたの。

というのが、最近、話をしていたら、
俺の話を全然理解していない人に
立て続けに何人も出合ってさ。
俺の言い方が悪かったのかなぁ、、って
ちょっと落ち込んだりしたことがあったの。
そうしたら、同僚がこともなげに言った。
「ああ、あの人、人の話、全然聞かない人なんだよ。」って。
「いや、聞いてるけど、よく分かってないみたいなの。」

どうも最近いろいろなところで話を聞くと、
人の話を正確に聞き取る、ってできない人が
増えているんじゃないか、って思うようになってきた。

前は冗談半分で「人の話を聞かないヤツ」っていう呼ばれ方
をする人がいたんだけど、どうも最近は、本当に人の話を
理解していない、っていう人に出くわすことが結構あったりする。

人の話を聞く、というのは、自分から意識が離れて
その人のほうに意識を向けなければならない。
一体、この人は何を伝えたいのか? 
どういうことを言おうとしているのか?
それを考えてみないといけない。


どうもその一度他者の感覚に自分を置いてみて
そこから、自分の言ってることを聞いてみる、
っていう客観的なものの見方、っていうのが
できない人が増えてる、って。結果、人の言うことが
よく分からない、っていう人が増えているんだと。
対話ができない、って。

自分の意見を言って、それに対する人の意見も
聞いて、もう一度考え直して、次にまた考えを
もう一歩進めて、、、って、これができないと
考えなんて深まらないしさ、自分の意見だけ
言って、満足した気になっちゃう、ってあるね。
やっぱりこれは怖い。

そういうの、防止みたいで、聞き取りテストを
実施する、んだそうな。
書く文章もそうで、自分だけで読んでたら
何を言いたいのか、言ってるのか
よくわかんない、っていう文章がある。
自分の頭の中だけで煮詰まってるようなの。

もうちょっと時間をおいてみる、とか
誰かに読んでもらうとか、
ちょっと第三者の目で自分の書いた文章を
見てみる、っていうことも大事なような
気がする。
何書いているのかさっぱり、、、
では困るもの。
だけど、そんな困る文章が最近
ちょっと増えてきているんだ。
たぶん、そういうこともあって、
教える側が危機感を持った、っていうことも
あるかもしれないね。

こないだから雑誌の編集作業で読んでた
文章にも、本人は分かっているのだろうけど、
読む側は、これではさっぱり分かんない、
っていう文章すごく多かった。
こちらは「わからない」ところを指摘する係なので
片っ端から読んでてわかんなかったところには
付箋をつけていったんだけど。
でも、そういう文章、多かったなぁ。

あ、俺もね、実は前回書いた「最近の文章(1)」
のほう、後から読んだら、結構あれこれ問題が
ありまして。
はい。お互いに気をつけなければいけませんね。(笑)
そう深く自覚したのでありました。
やっぱり文章はちゃんと最終確認が必要だよね。

      ×         ×         ×


連休中は、このブログを読んでくださっているみなさんは
この連休はどう過ごされていました?

俺は、もう近所の委佐子の店に買い物に行く以外は
ほとんど家にいて、座敷ブタを満喫してた。
やっぱり数値がよくないので、あんまりうろうろしゃちゃ
いけません、っていう主治医の先生からのご注意も
ありましたし。ずっと家にいました。

でもね、前にも書いたけど、座敷ブタでも結構忙しくてさ。
町内会の集金はまわってくるし、セールスの電話は
じゃんじゃんかかってくるし。「大豆先物如何ですか?」
とか、「京都の二条御前にマンションが建ちます。人に貸して
家賃でりっちな暮らしをしませんか?」とか。
うちのオフクロが出たら「奥様でしょうか。」
って言われから、「奥様はただいま留守でございます、って
言ってやったわ。」だって。
「だって、奥様や言わはるのは、大邸宅に住んでて、
家政婦さんでもいて、お付の運転手がいてはるような家のご婦人が
奥様やないの。うちみたいに吹いたら飛ぶような小さい家の
おばさんが奥様や言うの、変やんか。」ということで
うちにセールスの人から電話があって、「奥様」という話があっても
うちの家の奥様は永遠に留守、ということになっています。

えー。謙介は、一人、寝たり起きたりしながら
小津安二郎の映画のDVDを8本見ておりました。
「東京物語」「彼岸花」「秋日和」「お茶漬けの味」「麦秋」
「お早よう」「晩春」「小早川の秋」
もうただでさえ浮世離れしている、と常々言われる謙介ですが
「ほうかな。」なんてのんびりあいさつをしあってる映画を見ていたら、
もう、よりいっそう浮世離れ度がすすんだ、ということに
なってしまったようです。(笑)

(今日聴いた歌 キャンバス 歌 平井堅 2007年)


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