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08. 04. 16

お散歩ツアー(その3)

さて、午前中は人文科学のお勉強をしたので、
次は自然科学のお勉強です。(笑)
お昼を食べてから出かけたのは
ここです。

Makino1

植物学者の牧野富太郎博士を記念して作られた植物園です。
高知の五台山という山の頂にその植物園はあります。

牧野博士もまた高知県の人です。
高知市から、西に行くと、佐川(さかわ)という街があります。
この街に牧野博士は生まれました。


Makino4

若い時の牧野センセイです。


ご存知のように牧野博士は日本の植物学の中では
知られた学者ですが、彼が最晩年に郷里の高知県に植物園を
作ることを懇望されて、この植物園が出来たのでした。

高知県がこの植物園を作り始めたときに、すでに高齢だった博士は
植物採集の途中で転んで骨折していて、寝たきりになっていた
そうです。ですが、それでも知り合いの人へのハガキに「高知の植物園は
どこまで進んでいるのか。」とその開設を心待ちにしていたようです。
残念なことにタッチの差で、(牧野博士が亡くなった翌年)この植物園が
できたので、博士は植物園の完成を知らずに亡くなってしまいました。

実は、謙介、この植物園に来たのは二度目です。
この植物園は、さっきも言ったように、五台山という山の上に
あるのですが、以前来た時は、この山のふもとから
山頂までロープモノレールという青い球体の乗り物で
上がった記憶があります。それを友達に言うと、「えらい古い話ですね。」
と言われてしまいました。あはははは。
そのロープモノレールは、遠い昔に廃止されて、今では影も形も
ありません。
でも、そんなことより、謙介はもっと古いことを知っています。
高知駅が三角の屋根だった時のことを。
それを件の友達に話すと、きっと生きた化石扱いされるのは
想像に難くないので、謙介はそのことは言いませんでしたけど。


確か、あの時も牧野植物園の記念行事をしていて、植物園の
入り口でくじを引いたように思います。くじたって、使った割り箸の
先に赤いインクをつけておいたのを入れて、それを当たり、と
していたようなものでしたが。
それで当たった人には、椿だったか、の鉢植えをもらえることに
なっていました。ということを覚えているのも、実は
その鉢植えが当たったからでした。(笑)
その鉢植え、持て余しながら、結局列車に載せて、家まで
持って帰った、と覚えています。
さて、ウン10年ぶりの牧野植物園です。

牧野富太郎博士は当時の中学から高等学校、大学、という学校での高等教育
を受けておらず、一人独学で山野を巡り、植物を見て、研究を続けてきました。
後に東京帝大の植物学研究室で勉強をするようになるのですが
その時も、学校を出ていない、という理由で、非常に差別された、
と植物園の中の掲示されていた年譜にもありました。
それは俺もすごくよく分かります。学校も出ていない、とか、俺の専門の
文学系統の分野の話だと、大学院を出るなら、旧帝大系の大学の
大学院を出なければ評価されない、などということがあります。
学閥意識って、実は21世紀の今日にも厳としてあるんです。

ろくに学校に行っていないで研究をしてきた、という人間が、
身分による差別意識がものすごく強かった明治のころに差別された、
というのはすごくよく分かります。そりゃそうでしょう。明治なんて
ほんのちょっと前までは、身分制度が厳然としていた
江戸時代だったわけですから。


加えて、牧野博士、ものすごく家族が多くて
(子どもが14人!)その子どもを育てるのにお金が要るということも
ありました。ただでさえ、植物学の研究にお金が要ったところに
子沢山の生活で、佐川の実家は、それがために牧野博士に
送金し続けて、とうとう破産してしまった、とあります。
それでも、博士は研究を続けて、とうとう最後には
日本を代表する植物学者になった、ということです。
この植物園、今年で開園50周年で、実はさまざまなイベントが
開催されていました。
植物園の建物がまた良いんです。
Makino2

もちろんこの建物を構成している木材は全て高知県産のものできています。
丸い回廊があって、真ん中にはまたさまざまな植物が植わっています。
ですからその植物の成長の具合、四季の植物の変化につれて
庭のようすも全く違った印象を見る人に与えてくれます。

その木々の様子の移り変わりを見に、春夏秋冬それぞれの季節に
通う、という人も結構いるのだとか。

Makino3

そんな中庭を取り囲むように丸い建物が建っています。
建物は、もちろん高知県産の木を使った建物です。
そんな園内をゆっくりと見学していると、日ははや西に傾いて
もう夕方になっていました。
隣の八十八箇所の霊場の五台山竹林寺を急いでおまいりして、
山を降りることにしました。
Chikurinji

高知と言えば、よさこいですが、そのよさこいの唄の中に
「土佐の高知の播磨屋橋で坊さんかんざし買うを見た」
という歌詞がありますが、その坊さんがいたのが
この五台山竹林寺でした。
このお坊さん、純信という人で、かんざしを
買ってもらったのはお馬さんという人だったそうです。
二人は、このかんざし騒動が大きくなって、二人で手に手を
取って、駆け落ちしたのですが、とうとう讃岐の国の
琴平近くで捕まってしまって、土佐に送られてきたそうです。
高知の城下で、二人はしばらくさらし者になって、
その後、伊予の川之江でしばらくいたと聞いています。

盲目の恋は、瞬間的にすごいパワーで燃え上がったのですね。
もう「らぶ・いず・ぶらいんど」の世界でございます。
(若干不謹慎ではありますが。笑)


それから時間がなかったので行きませんでしたが
この五台山のふもとに「ライオン宰相」と呼ばれた
浜口雄幸が生まれ育った家があります。
牧野博士も、浜口首相も、
それからちょっと道を踏み外してしまいましたが
この純信というお坊さんもみんなひとつの
ことに邁進する人だった、と思います。

愚直なまでにひとつのことを求める。
どんなことがあってもぶれない。
信じるものに向かって、万難を排して向かう。
他のことはすべて犠牲にしても自分の信じた道を
ひたすらものすごい集中力で進んで行く。


その力強さ、並外れた集中力、
細かなことにはこだわらない大胆さ。
こうしてここに挙げてみた人すべてに、こうした点を
共通して持っているような気がしてならないのです。
生半の意識ではない、その強さはどこから生まれたのか。
この土佐と言う場所がそうした意識を育てていったのかなぁ、
と、山を降りていきながら、俺は改めて思ったりしたのでした。

そうそう山では馬酔木の花が満開でした。
Asebi

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Comments

牧野植物園、とても素敵な場所ですね。
写真で紹介して頂いたのは、ほんの一部なん
ですよね
緑の中をゆっくり散歩できたら、と想像する
だけでうっとりしてしまいます。

Posted by: mishima | 08. 04. 18 at 오후 8:11

----mishimaさん
植物園、って言っても、今まで行ったことあるのは京都の植物園と、ソウルと、別府の熱帯植物園くらいなので、単純な比較はできないんですが、(笑)いろいろなゾーンに分かれて、さまざまな植生のものが、まとまっていたり、建物の中では、牧野先生の生涯とか、菌類の植生展示室とか、いろいろな方向から楽しく植物に興味を持てるようにしてくれています。一度いらっしゃってください。

Posted by: 謙介 | 08. 04. 18 at 오후 10:22

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