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08. 02. 22

ニャンニーとメアリー

Demo


この写真は、韓国はソウルの清涼里駅前で、先日あったデモ。
画像は朝鮮日報からいただきました。みあんへよ。
あ、それから今日はにゃんこの日とやらで、今日の
話、猫関連かしらん? と思われた方は、申し訳ございません。
猫は全く登場しないのであしからず。

ちょうどこの日は南大門が焼けてしまって、
そちらのほうに注目が行ってしまっていた、という
日ではあったのですが。
同じソウル特別市、東大門区清涼里では、
こんなデモが開催されていたのでした。

このデモがあった駅の次が回基(フェーギ)。
この回基に俺は住んでいたので、
この清涼里の駅は、よく通った。
実はこの清涼里で、ソウル方面の電車が二つに
分かれる。一つは地下清涼里の駅で、これは漢江沿いに
走って龍山というところを経由して、ソウル駅の方に行く路線。
もうひとつは、地下鉄一号線になって、東大門から鍾路経由で
市庁前を経てソウル駅に行く路線。
ソウルに来てから、まだ慣れていないときに、市庁のほうへ
行く電車に乗らないといけないのに、間違えて
地下清涼里経由のほうの電車に乗ってしまって、
途中で何度か引き返したことがあった。
この清涼里は東京で言えば上野駅になるかな。
江原道方面の列車のここがターミナル。
だから人がたくさん集まる。

だけどさ、清涼里、っていうと、すごくさわやかな地名
だと思わない?清涼な里ですよ。日本の清里みたい。
俺もね、最初何も知らなかったときは、
そう思ったりしてたんだけど。
そう何も知らなかったときは。

で、最初の写真に戻る。
このデモ、ちょっと不思議なデモではあるの。
デモの参加者がほとんど顔を覆って、あまり見せない
ようにしている。しかも参加者はほとんど全員女性。
どういう職業の方か、と言いますとですね、全員娼婦さんなの。
でもすんごい人数でしょ。この娼婦さんたちの数。
これくらい、需要があるんでしょうか、ねぇ。

実はね、清涼里っていうのは、周囲が売春窟の街なんだ。
この清涼里駅から、近くにバスターミナルがあるんだけど
そのバスターミナルまでの地域のことを番地名を取って
ソウルの人は大抵588(オーパルパル)と呼んでいる。
588は売春窟の別名なんだ。(あれま)
この清涼里の売春窟、俺がいたときに、一度、みんな
漢江を渡った、ちょうどこの場所からは、
ま反対(ソウルの南西)の鷺梁津(のりゃんじん)
っていう場所に移す、っていうことになってたんだけど、例によって
うやむやになってしまってた。(だって鷺梁津なんてこの清涼里からは
ずっとずっと遠いから、暗黙の反対運動が起きた)
だけど、今回は、この売春窟を道路拡張で地域をなくしてしまう、
という計画になった。
それでこの場所で売春をやっている娼婦さんたちが、
何と行政当局に身分の保証を求めてデモになった、
っていうことらしい。
娼婦さんの身分保障っていうのはどういうことか、って言えば
公娼にしろ、と。公娼地域を作れ、と。そういうことらしい。
それでデモになったんだって。


それで俺がソウルに少しずつ慣れはじめたときに、俺
思わず言っちゃったことがあってさ。「清涼里」って
なんかさわやかな地名ですね、って。
そうしたら、俺が言った相手のアジュンマ(おばさん)は
ぶーっと噴き出して、「何がさわやかなもんか。
あんなところ。行く奴はみんなただれてるよ! 」って
吐き捨てるように言った。 俺、あ、これは行くのはあまり感心された
場所じゃないんだ、とその時はじめて知った。それで、同僚(♂)の
ほうにこっそり、訊いたら「ケンスケ氏、あそこ、行きたいの? 」
ってニヤニヤされながら言われてさ。「え、何? そのニヤニヤ笑いは? 」
って言ったら。「オーパルパルに行く奴なんか、全部ち、、(自主規制)
おったてて、やりたがってやつばっかりさ。行きたい? 」ときたもんだ。
「え、ああ、あ、そういうところなんですか? 」 って俺が言ったら
「そうそう。そういうところ。」と彼はニヤニヤしながら言った。
だからアジュンマがちょっといきりたった表情になったんだ。

俺のほうもソウルに慣れるにつれて事情がだんだんわかってきた。
それでも2度ほど、この清涼里の588を歩いたことが
あった。一度は、江陵(カンヌン)に友達と遊びに行くことに
なって、清涼里で待ち合わせをしたのだけど、俺が早く着きすぎて
しまって時間を持て余したために、ちょっと探検しよう、と思い立って
昼間のこの街を歩いたことがあった。
それから、もうひとつは、終電車が清涼里で終わってしまったので、
駅を出て、回基まで歩いて帰ろうとして、この中を通った。
その時は、晩だったので大抵の店は営業をしていて、
俺は何度も手をつかまれて、店の中に連れ込まれそうになった。
必死で抵抗して、出てきたけど。(笑)
そういう場所。
清涼里は韓国の発音では「チョンニャンニ」っていう発音になる。
588って言ったら、みんな知ってるので、おもしろくない。
それで俺たちの周囲だけ通用する言い方として
「ニャンニー」と言うことにしたんだ。

それから実はソウルにはもうひとつそういった売春窟の地域があってね。
これは地下鉄の4号線で東大門からさらに北のほうに行ったところの
「弥阿(ミア)サムゴリ」ここは以前はミアリ峠っていうソウルに入ってくる
道の峠があったところ。
今じゃそんなのんびりとしたようなところではないんだけど。
ここもそういう街道の元峠だった場所で、宿場町だったのが
だんだんと変化していていって、売春窟になっちゃった。
ただ、ここはね、売春関係だけでなくてさ。
占いをしてくれる先生も数多くいて、
ここに、わざわざ占ってもらいに来る人も結構多い。
さっきの清涼里を「ニャンニー」と呼ぶのに対抗して
こっちは「メアリー」って俺たちは呼んでいた。
メアリーとニャンニー。(笑) という呼称がかくして
できたのでありました。

大分、都市区画整理事業とかで、そういう場所は
なくなってはきているとは言うけど、確かに表向きの論理と
しては「けしからん。女性に対して娼婦などというのは! 」ということに
なりはするんだけど、今回デモしていたのは、その女の人ばかりでさ。
女の人が、公娼にして公娼地区を復活させろ! って言ってるの。
そんなもの、女性差別の面からも政府とか行政は絶対にしない
だろうしね。そんなもの許したら、日本に対する従軍慰安婦の
補償問題の抗議だって、腰砕けになってしまうしねぇ。
「おまえんところ、実際は何だ。」って言われたら
言い返せないもんね。(笑)
だから絶対そんなもの認めるはずはない。


だけど、下半身関係の問題、ってさ、
いくらそういう売春は悪、と言い切ったとしても
単純に割り切れる問題じゃないけどねぇ。(笑)
たてまえと本音でしょう。

「ニャンニー」の道路拡幅はもうじき
具体的に姿を現すことになるようです。
果たして今後どうなりますでしょうか。
ちょっと注目して見ておきたいところ。

(今日聴いた音楽 断腸のミアリ峠 李美子歌
 1990年盤 CD)


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Comments

 ニャンニー! なかなかカワイイ呼び方じゃないですかぁ!
 清涼里,普通に路地に並んでいる理髪屋さんが裏ではその場でお口でご奉仕的稼業だ,なんて情報が入っていたので,既にゲイが確立されていた僕は間違っても足を踏み入れようとは思いませなんだ(笑)

 公娼制度,オランダとかにあると聞いてますが,昔とは違って現代では悪くはないのかな,と思ってたりします。働く人の社会保障や健康管理がきちんとできますし,何より職業の一つとして誇りが持てますよね。これ,実は大事なことなんじゃないかと。

Posted by: Ikuno Hiroshi | 08. 02. 24 at 오전 12:45

----Ikuno Hiroshiさん
 周りではやっぱり男はニヤニヤしながら588って言ってましたが、ニャンニーって俺が言ったら、最初はきょとんとして、ややしばらくして受けていました。で、あのころはニャンニーとメアリーって言ってたんですが、、。前から何度も都市計画とか、ショッピングセンターの建設で、その辺の雰囲気を変えようと行政はしてたんですが、やっぱり「下半身事情」(笑)が複雑にからんでいますから、なかなか実効的な指導はできずにいたんですけどね。道路の拡幅、ということで、一掃しよう、っていうことのようです。公娼制度、どうなるでしょうね。以前の日本文化の解禁の話じゃないですが、もうみんなほとんど「その状態」なんだけど法律で縛りがあるから、一応黙っててないことになってる、っていうケンチャナヨ状態で、(笑)この先も何となくずっと行くような気がするんですけど。

Posted by: 謙介 | 08. 02. 24 at 오전 11:58

2MBさんに政権交代してから?
屋台も景観がよろしくないという事で
数が減少したと聞きました。
公娼制度ですか?
職業に貴賎は無いとは思いますが
日本の芸子さんみたいなら(確か韓国にも
昔 ファン・ジニというキーセンがいたん
ですよね?)理解できますが。。。

Posted by: yoko | 08. 02. 29 at 오후 4:19

----yokoさん
朝鮮日報だったか、東亜日報だったかを読んでいたら、「文化国家戦略」を進めるんだ、ということをずいぶん言ってたように思います。ですが、何せすぐ方針転換する国家なので、継続したポリシーの元に、、、っていうことはなくて、、。その後どうなったのか追跡ができてないんですけど(笑)
 昔、日本の植民地時代には、平壌にキーセンのための学校があって、そこで文字通り歌舞音曲を教えていたんですけどね、、。でもさすが今、それを、というのは無理でしょうけれど。

Posted by: 謙介 | 08. 02. 29 at 오후 8:09

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