« あのときの空、あのときの夕陽。 | Main | 地産地消というけれど »

08. 02. 19

仮想図書館よりも

Lib


俺の仕事場には週に何度か本屋さんが来てくれる。
今日も本屋さんが来てくれて、用事が終わった後、
ちょっと雑談をしていたのだけど、そこで教えてもらったものに
今、ウエブ上の図書館、というものができはじめているとのこと。
どういう仕組みかと言うと、
図書館の利用登録をすると、図書館側からパスワードが
発行される。
それで、図書館の蔵書検索をして自分の読みたい資料を
探す。その本が見つかったら、ウエブ上で「貸し出し」の手続きをする。
パスワードを入力して、図書館側のコンピュータで認証ができると、
自分のパソコンの画面に一定期間(二週間とか10日間)
その本が表示されるという仕組みなんだとか。

まぁねぇ。これ、分からないではない、という気もする。
というのが、今大抵の図書館で困っているのが
本の置き場所がない、ということ。
本は毎年どんどん入ってくる。
図書館だから捨てるとか処分する、ということは
今まではしなかった。
だから本は溜まる一方。
だけど、書庫の収容冊数は、おのずと限度がある。

最初は、あっちの本をこっちに持っていったり、
こっちの本をあっちに、、なんて自転車操業みたいな
蔵書スペースを作り出していたけれど、
いまやそんなスペースもない。
加えてどこでもいまやお金がないから
新規の図書館、を建てるとか、書庫をわざわざ建築する、
なんて資金だってない。図書館の建物って普通の建築とは
違って耐火基準とか、一階あたりの荷重量の規制が
厳しいからね。だから普通の建築よりずっと割高になる。
そういう建築費がどこからも捻出できない。
で、困っている、という話をよく聞く。

だから最近図書館で本のリサイクル市とか、消耗雑誌を
さし上げます、っていうイベントを時々やってる、っていう
ニュースを見るものね。もう置き場がないから、どうしても
必要な資料は残すけれども、
これは置かずにおいていいっていう本はそうやって
処分をしている。
それから本の寄贈もお断り、っていう図書館もすごく増えてきた。
家族が亡くなったので、亡くなった人の蔵書だった
本を寄贈したい、なんて今時図書館に言っていったら、
大抵の図書館じゃあ嫌そうな顔をされる。(笑)
中にはもっと積極的に「そんなもの、要りません。」って
はっきり言う図書館だってある。
まぁそこまではっきり言うと角が立つので
たいていの図書館は、「本についてはお任せいただけますか?」
って聞いて、一応引き取っておいて、自分のところの図書館に
まだ蔵書として入っていないような本だけもらって、
もうすでに持ってる本は処分、っていうことになると思う。

まぁそういうことで蔵書のスペースがなくてどこの
図書館も困っているし、
身体に障害があって、外に出られない、それでも
本が読みたい、っていう人にもこういうシステムはあったら
いいようには思う。
だけど、それだけじゃあ、やっぱりね、って俺は思う。
やっぱり図書館に行って、書架をあちこち眺めて、
あ、こんな本があるんだ、とか
へええ、あの人、こんなの書いてたんだ、とか
発見をしながら本を探す、っていうのが
やっぱり面白い、って思う。
OPACの検索画面だけじーっと見てても、そんなこと
思い浮かんでこないもんね。

それとね、同じ字を見ても、ディスプレイの字を読むのと
本の字を読むとは違うもの。
本の字のほうが目にやさしいものね。
本の字だったら、謙介の好きな精興社の
活字、なんてああいいなぁ、とか思いながら
読むことができるけど、
(精興社の活字は上品で好き。)
パソコンのフォントじゃあ、
そんな芸当もできないしさ。
それに画面の字はコントラストがきついから
やたら疲れるし。
謙介的にはやっぱり
サイバーな図書館より、リアルな
図書館のほうがいいや、って思う。

院生の時は、院生は附属図書館の書庫は手続きすれば
いつでも入っていいよ、っていう決まりだったので、
時間があるときは、大抵書庫で本を読んでいた。
「謙介は? 」「図書館の書庫。」「ああ。」

みんなが「ああ。」ってすぐ納得するするくらい、
書庫に籠っていたのよ、って後から聞かされた。
それほど籠ってました?
ええ。(微笑)
どーも。
でもね、当時はまだOPACっていうか
コンピュータ検索ができなかったから
目録カードで調べていたんだけど、
書庫であっちこっち見ていたら、カードに
ない本も結構見つけたりした。
「この本、カードがありませんけど。」ってカウンターに
持っていったら、「あ、そんなのありました? 」なんて
いうのもあったりした。

学校の図書館で探して本がなかったら、
電車に乗ってあちこちの図書館に出かけた。
確かにしんどかった。
わずか原稿の一行というか、ほんの何文字かの
ことを言いたいがために足を棒にして本を探したりした。
でもね、そこまでしないと事実はつかめないし、
きちんとそういう裏づけを取ってでないとやっぱり
これはこういうふうになってる、なんて言えないしさ。
そういう歩き回って資料を探す、ということが
やっぱり身にしみて大切だと思う。

ダメよ。グーグルなんかをちらっと検索して、
最初か二番目に出てきた程度のことを
ささっとまるまる書き写して、レポート出してるようじゃ。(笑)
ウェブじゃなくて、ちゃんと資料にあたって、探さないとね。

でもまぁ、以前に比べたら、本を探す労力は
ずっと楽になったなぁ、って思う。
今では大抵の図書館は蔵書目録をウエブ上に出しているから、
それで、あ、この本はここの図書館なら持ってるなぁ、
ってすぐに調べることもできるし、遠いところの図書館の本だったら
相互貸借、っていうシステムが図書館同士であるから、
自分の街の図書館でよその図書館の本を借りてもらうことだって
できる。だから遠くの街の図書館の本でも、自分の街の
図書館で読むことだってできるし。
やっぱりウエブ上だと、書架の間を歩いて本を探す、
なんていうこともできないし、、。

やっぱり、自分の身体を使って本は探すのがいいなぁ、
って俺は思う。


(今日聴いた音楽 シティ・コネクション トランペット演奏
 日野皓正 2003年のCDから)


|

« あのときの空、あのときの夕陽。 | Main | 地産地消というけれど »

おべんきゃう」カテゴリの記事

Comments

また来ました。てへへ。これって恋(爆)?

べんきゃうになるなー、ここの日記。最近の生活に欠けていたのはこういう、新しい知識とか、自分の知らないことを知っている人と出会うということだったのだ、と、改めて感じ入っています。

本屋へ行っても、いまひとつ、手に取ってみたい本と出会わないのだなー。どんどん生まれでる新刊書って、何だかピンと来ない。何でだろうね。

図書館ねー。随分行っていないな。近所の図書館も、あんまり心ときめかなかった記憶しかないな。

だから、好きな本を、何度も何度も読む、偏食のような読書になるんだわなー。

Posted by: Jean de Tokio | 08. 02. 20 at 오전 12:01

----Jean de Tokio さん
そうですか。10代から30代あたりまでいろいろ経験したり、あっちこっち寄り道して、ああでもないこうでもない、って考えたり、壁にぶつかってもうどうしようもないなぁ、って思うことがあったんですけどね。最近、そんな、細切れだったことが、さっとつながってくるような経験が何度かありました。はぁ、歳を重ねる、経験を積む、ということは、こういうことなんだなぁ、とちょっとその端っこの部分が分かったようにも思います。どんなことはあっても自分は自分だし、悩むことも多いけれども、そんな過程も過程として生きてきた道のりだから記録として残していきたい、と思っています。いつもどうもありがとう。

Posted by: 謙介 | 08. 02. 20 at 오후 7:44

滋賀県は、県民一人当たりの年間図書貸出
数が日本一なんですよ。実は、1980年まで
は県庁所在地の大津市にさえ図書館がなか
ったんですが、当時の知事・武村正義氏の
尽力で、図書館先進県となりました。
やはりトップがその気になればできるんで
すねぇ。
我が家は母と私で年間150冊くらい借りる
ので、平均値アップに多少は貢献してるかな。

Posted by: yasu | 08. 02. 20 at 오후 11:04

 あ〜僕も大学の教養部時代,よく図書館の書庫に籠って読みふけってましたよ。
 といっても,謙介さんみたいな格調高い本じゃなくって,SFマガジンのバックナンバーとか,ね(苦笑)
 でも,根っからの本好きなんで,完全に空調の整った静穏な空間で本の匂いに囲まれているのはとても気持ちよかった・・・椅子なんて折りたたみのパイプ椅子だったのに,何時間でも平気で座っていられたもの。

 そうそう,ディスプレイでは長い時間読むことはできませんね。
 中公新書とかの絶版がAcrobat版で有償ダウンドードできるようになってるんですが,本をそのまま転写したものなのに目がシパシパしてしまって;;;
 紙媒体は永遠になくならないでしょうね,きっと。

Posted by: Ikuno Hiroshi | 08. 02. 20 at 오후 11:05

---yasuさん
そうでした。確か京都新聞で大津にできた図書館の記事読んだ覚えがあります。それで実は輪をかけてひどかったのが京都市なんですよ。大津と同じ頃まで、京都市にも市立図書館って存在しなかったんです。あるのは岡崎の京都会館の近くにあった骨董品みたいな府立図書館と、北山のノートルダム女子大近くの府立資料館でした。で、府立資料館は確かにすごい資料は持ってるんですが、(重文とか国宝とか)すごすぎて貸し出ししなかったんです。(やれやれ)ようやっと円町の近くに市立の中央図書館ができて、ホッとしましたけど。滋賀県は美術館もいいのがありますし。(前にメイプルソープの写真展だったか、いきました。)そういうふうに文化施設を大切に育てていこうとする意識があってとてもいいと思いました。

Posted by: 謙介 | 08. 02. 20 at 오후 11:20

---Ikuno Hiroshiさん
格調高いなんて。確かに論文の資料も探してはいたんですが、未整理の資料の中にあった、江戸時代の絵草子なんかも見ていました。「オマエさん、○○が濡れて大変だわね。」とか絵の脇に添えられた文章を見て、まぁ、と思ったり。男色も結構あって、、え、あ、まぁ。一体書庫で何をしていたのやら。(笑)
やっぱり紙媒体のほうが目にもいいですよね。画面を見続ける、って、相当な目の負担になっていると思います。

Posted by: 謙介 | 08. 02. 20 at 오후 11:25

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/40055460

Listed below are links to weblogs that reference 仮想図書館よりも:

« あのときの空、あのときの夕陽。 | Main | 地産地消というけれど »