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08. 02. 13

プロ意識を持った人間のいない不幸

日曜の朝。あれは何時だっただろうか。
まだ6時前だったように思う。
実家の電話が鳴った。
なんだよー。まったく、この朝っぱらから。
とおもいつつ電話に出る。
「もしもし。」
「ヨボセヨ?」電話の向こうがなにやら騒がしい。
電話はソウルの「姉」からだった。

ちょっと説明をしておくと、彼女は俺がソウルにいたときの
身元保証人だ。彼女は「わたしをソウルの姉と思って
何でも相談するのよ。」といってくれているので、ソウルの
姉(ヌナ)と呼んでいる。

「あ、オレガンマンニエヨ。」(ひさしぶりですね。)
「わたし、今、シンセゲェ(新世界)の本店の近くにいるのよ。
それが大変大変!  ないの。ない。ないの!」
「え、どうしたんですか? 何がないんですか? 」
姉は、興奮して「オプソ! オプソ! オプソ!」としか
言わない。なので、話がさっぱり分からない。
「何がないんですか? 」
「--デムン オプソ!」
「ムォラヨ?」(何?)
「ナンデムン、オプソ!」(南大門がない。)
「え、南大門がない? どうして? 」
「火事で焼けた! 」
「チョンマリエヨ! 」(本当に?)
姉は、慌しく、来月、暖かくなったら、そっちに行くから
また会いましょう、と話して電話を切った。

そんな大きなことだったら、と思い、おなべにスイッチを入れて
起動させて、朝鮮日報のサイトを見る。 そこには変わり果てた
南大門の写真があった。

で、いろいろ新聞を読んだりしているうちに分かったことは
自分の家の土地問題で癇癪を起こした爺さんの火つけであった、ということ。
火災が起こったときの警報装置、初期消火の器具といったものが
まったくなくて無防備に近い状態だったこと。
消防と文化財庁の連携がうまくいかなかったこと。
消防の方法が非常に悪かったこと。

あたりがわかってきた。


こないだも話したけど、俺、ソウルのその姉が大学に提出する
論文を書いた。それでね、最後の仕上げの段階になってさ
彼女と二人、5日間、一緒に生活をすることになったわけですよ。
俺、そのころ一軒屋を借りてひとりで住んでいたから
空いている部屋はいくらでもあってさ。
彼女がソウルから来て、朝から晩まで
論文の打ち合わせをやっていった。
こういう時にゲイはいいよねー。(笑)
ひとつ屋根の下に暮らしても、何も起こらない。
はなから起こりえない。(爆)

で、その800枚の原稿を俺が書き上げて
彼女のチェックがあって、全て終わった
わけ。彼女はその800枚の原稿を京都の
彼女の日本の友達の家に送ろうとした。
そこに預かってもらって彼女が、それを
受け取って大学に提出する、という運び
だったんだ。
それで、まず、スーパーに行って、汚れていない
きれいなダンボールをもらってきて、中を雑巾で
からぶきして、緩衝材を入れて、さらにビニール袋に
包んだ論文を入れて、ガムテープで封をした。
そして宅急便のステーションに持っていって、宛先を書いた
シールを貼ってお金を払った。

俺がなんでくどくどとこんなことを書いたか、っていうと
そこから先なんだよ。俺、正直、びっくりしたの、って。
普通さ、日本人なら、そこで、お金も払ったら
「じゃあ、よろしくお願いします。」 って言って
すっと帰らない?
彼女は違うの。
そこからが大変。
この荷物は、論文なので、こういうふうに運べとか、
斜めにするな、とか、もうそれはそれは延々と
注文をつけ始めたわけですよ。30分くらい。
俺、最初は辛抱してたんだけど、20分を過ぎた
辺りからさー、「ったく一体いつまでくどくどと言ってるんだよー。」
とか思うようになって。
30分過ぎてもくどくどと言ってるから、
「ヌナ、あのね。この方たちは、そういう運送のプロなの。
そういうことを専門にされているんだから、安心して任せたら
俺はいいと思う。」 って言ったんだ。
そうしたらさ、
「お金を払って、わたしの荷物を運んでもらうのだから
指示するのは当たり前。」 って言うの。
宅急便のサービスステーションのカウンターで、軽い
カルチャーショックを感じましたわ。

それから何の因果か、仕事でソウルに行くことになって
かの地で仕事をしながら生活をする、ということになって
ますます感じたんだけどね。

韓国って、「プロ」っていう存在がいない国だと思う。
いや、こういう言い方をすると誤解する人がいるかも
しれないけどさ。職人気質というのか、ひとつの道で
がんばって何十年とやってきました、っていう存在が
ほとんどないんじゃないか、って思う。
まぁその裏には韓国の社会構造っていうのが濃厚に
反映されているわけで。儒教国家だから、職人仕事
を卑しい存在、っていうふうに片付けてしまった。
「あんなことは、、」っていうような目で見てた。
だから職人になろうとする人間は嫌々だったし
いつかは職人から脱出してやろう、という意識しか
育ててこなかった。そんな社会で職人気質なんていう
意識が育つはずもない、って俺は思う。
確かに何年に一度、何十年かに一度、びっくりするような
逸材は出たかもしれない。でも、その逸材がやがて
亡くなってしまったら、それでおしまい。
後進を育てる、ということがなかなか出来ない。
加えてそんな後進を育てる、なんていうことは
何十年、場合によったら百年くらいかかって、、
なんてあるかもしれないけど、せっかちな国民性は
そんなものは許容しようとしない。だから
とりあえずそこいらにあるものを、ぱっととってきて
間に合わせで使う。 間に合わせ間に合わせで
ずっと来てるから、統一されたひとつのポリシーが
育たない。上が変わったら180度方針転換
(あ、これは日本もおんなじか。笑)するし。

今回の火事だって、火災に対するノウハウがもうちょっとあったなら、
って俺は思う。消防士が絶えず訓練をして、こういうときには
どういう消火をすればいいのか、身体に覚えさせる、ということを
してこなかった、ということだと思う。だから、あわわ、あわわっていう
ばっかりで消火活動がさっぱりだった、ということだろう。
例えば、日本の奈良の天理図書館では、火災が起こったら
水はかけない。天井から土が落ちてくるようになってる。
あそこは国宝とか重文の資料をたくさん持ってるから、
そんなもの、水がかかって資料がふやけてしまったら
もうダメ、っていうことで水ではなく、土で火を消す、という構造。

こんなふうな建物に応じた細かい防火計画とか
訓練を、ソウルの南大門の所轄の消防署がやっていたか?と問えば
多分俺はやってなかった、と思う。天理図書館あたりで持ってるような
国宝とか重文を消火するための、そうした
消火のノウハウだって知ってたか、と言えばかなり怪しい。
まぁ怪しいからあんなことになったのだと思うけど。

韓国の人の身体能力は確かにすごいと思う。
ひとりの人間がしゃかりきになって動いたときの動きは
すごい、と思う。だけど、自分の仕事にプライドを
持って、たとえその仕事が社会的にあまり報われないような
仕事でも黙々とベストを尽くそうとする職人気質の
気持ちっていうのはない、ように思う。
プロとしての誇りとか自覚といったもの、をちゃんと
持っているだろうか?

俺の住んでいる街でも、結構古くからの店が
ある。多分これを読んでくださっているみんなの
街が古い城下町だったりしたら、その街には創業何百年
っていうような老舗があると思うんだ。
だけど、韓国にはそれがない。
あるのは「セ」「セ」「セ」(新しい)ばっかり。
由緒のある名店とか名代のなんとか、、なんてない。
店はしょっちゅう変わる。変わるのが当たり前みたいになってる。
だから老舗なんてほとんどない。
ひとつの仕事を、ひとつの技術を、何年にもわたって
引き継いでいく、とか、いうようなことがない。
日本もかなり最近は怪しくなってきたけど、
韓国は最初からそういう意識もない。

確かにセも大切だけど、もうその一方で「成熟」というものを
そろそろ考えるべきときにきているんじゃないか、って思う。
そういう時に、絶対この「プロ」っていう集団が必要になると
思うんだけどねぇ、、。
今回の南大門の火事のニュースを見てて、謙介は
そんなことを思ってたんだ。

(今日聴いた音楽 ソウル賛歌 歌 パティ金 1992年盤
 歌の最後に「アルンダウン ソウル」(美しいソウル)
 という詞があるんだけど、ノレバン(カラオケ屋)に行って
 この歌を歌って、みんなでそこで、嘘つき! って合いの手を
 入れるの、やってたけど。ソウル賛歌はソウル特別市の
 歌でもあります。)

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Comments

謙介氏とのコメントのやりとり、ちょっとはまりました。

ことばが豊富な人とのやりとりに飢えていたということもあるのでしょうか?

「セ」「セ」「セ」って、よいよいよい、かと思ったけど、韓国という国は、儒教の国というのは、そういうものなのですか? プロがいない。ふーむ、意外。いや、いるけれど、そういう人たちが日の目を見て、代々受け継がれたりしない、ということか。

今日、日本の老舗を紹介するテレヴィ番組を見ていたんだけれど、老舗、ということばは、元々は、仕似せ、だとの解説に、なるほどー。仕事を似せるということだ。
先代、先々代の仕事に似せてやり続けていくわけだねー。

そういう感覚が、無いというわけかー。スイス人の友人(というか、自分の伯父さんみたいな人なんだけど)がソウル郊外にアトリエを構えて、教会のステンドグラスを作っているのだけれど、韓国人の弟子みたいな人がいるようだけれど、どうなんだろう?技術が受け継がれていくのだろうか?

うん、ヒビ。
絶対に手を使うな、ということではないので、今やキーボードは普通に両手だし、重い物を持つとか、手首のスナップをきかせるとかでなければ、ある程度のことは出来る。でも、やっぱり負担をかけない方が宜しいようですので、左手をマッチョに育てようかと。あとは温泉巡りですかねー。

Posted by: Jean de Tokio | 08. 02. 14 at 오전 12:05

--- Jean de Tokioさん
儒教と言えばヨンさまですね。(笑)いやまじめな話、あの人の出身大学確かソンギュングワン(成均館)大学だったと思う。
成大は儒教の大学だから。ただね、韓国の儒教と日本の儒教は全然別物です。日本は「忠孝」で主君が家族より先にくるけど、韓国は「孝忠」でまず親孝行が優先だから。江戸幕府が儒教を入れるときに、忠孝」で主君が家族より先、という考えを植えつけたからそうなったわけですね。儒教だから身分制度をはっきりつけて、その中でも職人を下におきましたからね。それで、卑しい職業、っていうことになってしまった。だから、職人さんはみんな腰掛のつもりでしかないもの。古道具好きな人で、よく李朝白磁がどうの、っていう人がいるけど、そもそも陶磁器で祭祀用のものなんかは、祭りが終わったらみんな片っ端から割って処分してたからねぇ。残っているのは割れ残り(笑)みたいなものでね。
それくらい工芸品だって大切にしようとはしなかったもの。だから口では伝統、っていうんだけど、その実たどってみたら、そう古いものじゃない、っていうことになったりするんですよ。あの国は。だから、書いてあっても、ホントか? ってちょっと自分で調べないと、、信用がイマイチおけなかったりするんですよね。あ、でも韓国っておもしろい国ですよ。とこれではあんまりフォローにならないか。(笑)

Posted by: 謙介 | 08. 02. 14 at 오전 12:59

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