After the Game(後編 その3)
久しぶりのプールだった。
一週間ぶりかぁ。 ちょっと
あいちゃったなぁ。
そう思ったけど、俺は首を二三度振って、
フーっと大きく深呼吸をひとつして、
プールの門の扉をあけた。
そこにいた二人の一年生が大きな声で
挨拶をしてきた。
俺は適当に首だけコクン、と動かした。
「山本先生は? 」顧問のオニガワラ山本に
見つかるとなぁ、、、。一年生はあわてて、、
「えっと、あのぉ、山本先生は明日まで来ません。な、
出張だとか言ってたよな。」 と、もう一人に
確かめてしどろもどろに答えた。「高垣さんは? 」
と訊くと、「あ、部長は来てます。 もう、泳いでおられます。」
と言った。
俺は久しぶりに水着に着替えて
プールサイドに立った。 いつもの着慣れた
練習用の水着なのに、今日はなんか、
ちょっと違うかな、っていう気がした。
なんたって一週間、泳いでいなかったからなぁ、、。
俺はストレッチをいつもより丁寧に時間を
かけてやった。
その間も、見ないように、とは思いながら、
しかし、
それでもいつの間にか、目はどこかで
高垣部長を探してる。
一体どうした、って言うんだろ、俺って。
プールサイドに部長はいなかった。
プールの中にも、もちろんいないのは、一目見て
分かった。誰が泳いでいるか、なんてことは、
毎日一緒に泳いでいれば、そんなことは簡単なんだ。
ましてや部長は一発だ。
俺はストレッチで、最後の深呼吸をすると、
いちばん端の8コースに入った。まずは慣らし運転だ。
久しぶりの水はやはり心地よかった。
なんかホッとする、っていうのか、やっぱり俺は
こうして水の中にいられるのが一番好きだ、
と泳ぎながら思った。
けどなぁ、やっぱ、身体の奴が自分でイメージした
みたく動かない。なんていうのかな。切れが悪い。
前からあんましよくはなかったけど、それでも
以前よか、もっと悪い。まぁ仕方がないか。
でも、後二週間だよなぁ、、。----俺は自分で練習の
計画を立ててみた。
この日は、一年にタイムを見てもらいながら
5千ほど泳いだ。
ホイッスルが鳴った。
プールの端まで泳ぎきって、水から頭を上げると
高垣部長が集合をかけていた。
俺はほかのヤツらについて、目立たないように
上がった。
整列をする。部長はオニガワラの伝言だけ
(ほとんど俺には用のないようなものだったけど。)
伝えると、唐突に「じゃ、今日はこれで終わり! 」
と言った。そうして自分からとっとと部室のほうへ
引きあげていった。
俺は悩みまくっていた分、少し、あれ? って
思ったけど、まぁ何も言われなくって、正直なところ、
ホッとはしていた。
こうして練習の毎日がまた始まった。
それでも、以前とはちょっと変わったことがある。
それは俺がバイトをやめてしまったこと。
え? ハル、オマエ、セックスしねえで大丈夫かよ?
なんて言われそうだけど、俺って、すっげえそういう性欲に
波があって、したい時には、 もうホント、毎日
何回でもできる、っていう日もあるし、
かと思うと、全然何にもしたくない、っていう時も
ある。 今? 今は水泳の練習でクタクタになりすぎで
家帰ったら、もう速攻寝る、っていう生活かな。
(つづく)
× × ×
月曜にがんセンターに行った時、
肝炎の話を主治医と少しした。
ちょっと前に新聞とかテレビのニュースで言ってた、
肝炎の治療費の補助、ってある程度
決まったんですか?
って俺が聞いたら、
主治医の答えは
「まだ何にも決まってなんかない。」という
ことだった。
肝炎の治療となるとインターフェロンの注射と
リパビリンっていう薬の併用になるんだけど、
インターフェロンの注射が3割負担の保険適用で
一回1万程度。これを毎週一回注射で4万
リパビリンの薬が1カ月分で4万の計8万くらい
かかるのだけど、この金額の何割かを国と地方が
負担しよう、っていう一応の話らしいけど、
国は金がないから、地方が半分持ってね、っていい
地方はそんなもの、もう袖だって振れないくらい
何もない。だから国が全部負担せよ、って言ってて
全然まとまっていない、ということらしい。
肝炎は、今の医学では救えるのは5割前後。
後の半分は、薬が効かない。
何ヶ月か前にもそんな薬害肝炎の方で
がんセンターに通院してる顔見知りの人と
話したけれど、自分の過失で死ぬなら仕方がない。
だけど、そんな思いもよらない、役所の怠慢の
とばっちりで死ぬなんて、俺はいやだ、
と話してた。
そういう話をしてくれた人は、肝硬変が大分
進んでいるのだそうな。もとより今の医学で
治す方法は、ない。
厚労省の意識なんて、所詮は人の病気は他人事、っていうこと
なんだろうね。
薬害エイズの時もそうだったし、今回もやっぱりそう。
何かもうねぇ、、ほとほと、、という気がする。
放っておいたら、そのうち、うるさい患者は
死んでいって、黙っていく、とでも
思っているのだろうか?
厚労省の対応を見ていたら、そんな気がする。
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