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07. 11. 02

かんちゃんのこと(その14・完結)

それから2週間ほどして、またその高校生はやってきた。
今度も同じ時間に。そしてやはりひとりで。
「こんにちは。」 完一は声をかけた。 
それまで無表情だったその高校生の表情がふっ、と
穏やかになった。
「エスプレッソください。」 彼はこの前と同じ注文をした。
けれどもその声は、この間とはずいぶん違った響きを
していた。
「はい。」完一も少し笑って返事をする。 
「エスプレッソ、好きなの? 」
「あ、覚えてくれてました? 」
「うん。」
「うれしいなぁ。 実はオレ、そこのバス停から、
毎日15番のバスで
家に帰ってるんです。少し足が悪いんで。 それでね、 
バス待ちながら時々、ボーッとこの店の中を見て
たんですよ。あ、別に覗く、っていうんじゃ
なくて、ただ何となく。 そうしたら、何だかすごい
居心地よさそうなんで一度、入ってみよう、って思って。」
「あ、俺とおんなじだ。」
「え? 」
「俺もね、ここ見た時に、何だか居心地良さそう、って
パッと思ってさ。
見たら、入り口のところに「バイト募集」なんて紙貼って
あったからさ、ハイ、俺やります、って入ったんだ。」
「あ、そうだったんですか。 」
「で、そうやって働きはじめて、もうすぐ1年になるんだ。」 完一は
そう言いながらどんどん仕事を片付けていった。流しに溜まっていた
グラスや皿に
スポンジで洗剤をつけてどんどん洗っていく。それが終わったら、氷を砕いて
おく。その間に水の切れた食器をふきんでふきあげて、棚に片付ける。
そんな完一の動作を、彼は目を輝かせて見ていた。
帰り際に、彼は「オレ、ハル、って呼ばれてます。よかったら、覚えといて
くださいね。じゃあ、また来ます。」と言った。
「ハルくんか、うん。」完一はそう言って笑った。

それから店にやってきたハルは、すこしずつ自分のことや
彼が今、興味を持っていることについて
話すようになった。 完一はそんなハルの話を
丁寧に聞いた。 ハルがやってくる時間は、他に入って
くる客も少ない時間帯だったから、完一も、ちょっと休憩
という感じで、ハルの話につきあうことができた。
完一とハルは3つしか違わなかった。が、完一には
ハルの話を聞いていて、「なんだ? 」と思うことが
山ほどあった。


ハルの話はしょっちゅう脱線した。 それに少ない
時間帯とは言ったって、他の客だって入ってくる。
それでも完一はできるだけハルの話を聞いてやった。
どうしてそうしようとするのか、その時の完一自身には
まだ分からなかった。 
ハルがやって来る。 あいつがポツリポツリと話をする。
気がつくと完一はハルの話を聞いている、という具合だった。


それはまるで、いつか俊之が完一にいつもそうしていたように。

久しぶりにまたハルがやってきた。
「たまには、何か違うのにしたら? 」
「いや、オレ、エスプレッソがいいんスよね。」
「ガンコだなぁ。」
「ただ、好きなだけなんですよ。それも何となく
なんですけど。」 そんな分別くさいことを言って
ハルはニッと笑った。
完一は、いつものように機械を操作して、
蒸気音をチェックしながらレバーを
動かして、コーヒーを作った。 小さな白い
カップにできたエスプレッソを注ぎ、彼の目の前に置いた。

ハルがぽつり、と言った。
「何か、ここに来ると、すごく楽になるんですよね。
どうしてだか、オレには分かんないスけど。」
「ふぅん。そう? 」

完一がそう言った時、彼の頭の中に
久しぶりに、本当に久しぶりに
あの俊之の笑った顔が浮かんできたのだった。

                         -おわり-

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小説」カテゴリの記事

Comments

 ・・・なんかホッとする終わり方(微笑)

 謙介さんの書いてた「小説へのこだわり」の一端がよく出てますね。

 別のも読みたいです!

Posted by: Ikuno Hiroshi | 07. 11. 03 AM 11:02

---Ikuno Hiroshiさん
 最後までお読みくださって、どうもありがとうございました。
 雑誌掲載時に挿絵を描いてくださったのが
越後屋さんで、越後屋さんと後から話をしたのですが、葬式は出てくるわ、お棺の場面は出てくるわ、で、最初に原稿を見た時、どうしよう、って思ったとか、お話をうかがいました。
 今回新たにブログ用に原稿を打っていて、改めて感じたのは、俊之が亡くなる後半、実は話をはしょりすぎたなぁ、ということでした。これは、掲載していただいた「さぶ」の編集さんが、だいたい70枚前後に抑えてください、という注文がありまして、はしょったからだ、と思い出しました。本当なら100枚くらいで、、という話だったんですけど。そういうわけで後半、話の展開がむちゃくちゃ速かったですね。(笑) 改めて反省しております。
 あ、ほかのもよみたい、って、うれしいお言葉。テンポがよさそうで、ブログ向きなのを、考えて、次また掲載したいと思っています。
どうぞ読んでやってください。
ありがとうございました。

Posted by: 謙介 | 07. 11. 03 PM 2:02

何気ない会話で、先に進めるってことがありますものね。
内に入った深い会話しなくても、内容がなくとも、
やっぱり、人との会話って大事ですね。
そんなことを改めて感じました。

少し前の記事ですが、手書きの原稿を見て、
やっぱり字書きさんの文字だなぁって思いました。
漢字とひらがなでは文字の大きさが違いますもの。

お歌とかいろいろ忙しいようですが、
お体を大事にしてくださいね。

Posted by: ヒシ | 07. 11. 04 PM 3:32

----ヒシさん
 ヒシさんも、小説、最後までお付き合いくださってどうもありがとうございました。
そうなんです。実は、何気ない会話の中に伏線を張ってあったりしてたんです。接続詞の持って行きかたとか。そういうところで、先のことを少し予感させるような、箇所を実はいくつか作ってありました。推理小説なんかはよくそれをやりますが。(笑) ちゃんとその辺もお読みいただいてたみたいで、本当にうれしいです。
また、次のを準備していますから読んでやってください。ヒシさんのブログも更新楽しみにしています。

Posted by: 謙介 | 07. 11. 04 PM 5:20

少し前になりますが、俊之が亡くなった場面はかなりショックで(笑)。そこから次に読み進めるのにちょっぴり苦労しました。

でも実際、大きな悲しみを乗り越える過程ってこうだよなあと実感しつつ、その後の完一の軌跡をたどらせていただきました。無駄をそぎ落とした言葉で綴られた、本当の小説。言葉にできないほどの満足感を覚えました。連載してくださってありがとうございます。

Posted by: 豆酢 | 07. 11. 05 AM 12:06

素晴らしい物語でした。
何げない会話の中にも意味を込める
謙介さんのおっしゃることを、
じっくりと味わいながら読み進むことが
できて、ほんとうに楽しかったですよ。
この物語、ストーリーと言うよりも、
自分がこの立場だったらとして、いろいろと思いをめぐらせます。
突然の遺失というものは、悲しいということではなくて、
こう、何て言ったらいいのかはわかりませんが、
ずっと持って行くもの、その形が変化することをもって
この自分自身が生きてゆくことの実感をもらえるもの。
そんなことを思います。

♪別れを告げて消えてゆくものはない
思いがけないことばかり
残されることが生きること
抱きしめて 眠らせて
彼岸へ帰せ

みゆきさんの「紫の桜」を聴きたくなりました。

Posted by: b-minor | 07. 11. 05 AM 10:17

----豆酢さん
 ストーリーの後半が、、端折りすぎたんです。それで、いきなりの展開が多すぎたと思います。もうちょっと、余韻とか気持ちのゆれが収まる過程というのを書くべきだったのですが、、、というのが反省点です。 おっしゃるとおり、物語の筋が急変してしまうので、
ちょっと読者のほうが、あれ、あれ、あれ、という印象を持たれると思います。掲載当時、読んでもらった友達からも、「後半、省略しすぎ。」と言われました。そうですね。また、新しいのを書くときの 勉強材料にしたいと思います。どうもzりがとうございました。

Posted by: 謙介 | 07. 11. 05 PM 7:01

----b-minorさん
 最近の小説を読んでいると、ストーリーの経過とおしゃれな言葉、というものが多いのですが、果たして自分がそんな言葉を言っているか、言葉を話すのはどういうものか、というのを、一応考えてみました。書いているときには、ちゃんと横に俊之や完一がおりまして、
こんなふうな言葉は言わない、と言ってくれました。(笑)前にもお話しましたが、会話も一応書いていて、言ってみます。言いにくい言葉は本物じゃないから、やはり避けます。
 こういう会話を書いていると、落語をよく聴いていたことがとても参考になりました。それから音楽も。やっぱり、ああいう言葉のやり取りとか言葉のテンポ、っていうのも考えながら会話を書いていきました。
 最後までお読みくださってどうもありがとうございました。また、別のをアップしていきます。どうぞまたご意見をお聞かせください。

Posted by: 謙介 | 07. 11. 05 PM 7:08

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