After the Game(その8)
「ホラホラ、ピッチが落ちてきたぞ! 」「10往復、2セット、用意! 」
もうすでに俺がプールへ行った時、あたりにはコーチの大声と
笛の音が響き渡っていた。
俺はいつものように、ストレッチを時間をかけてやった。
プールの向こう側では、1年生がコースロープの補修を
やっている。そして、そのさらに向こうは、フェンス越しに
もう夏の空が拡がっていた。 梅雨とはいいながら
今年は梅雨入りした後、数日雨が降っただけで
後はずっと晴れの日が続いていた。 まぁ、そのおかげで
練習とか、陸上でのトレーニングはしっかりできたけど。
素肌に当たる風は、まだちょっと涼しいかな、と思ったけど
3月から外で泳いでいる身にとっては、そんなものは
何でもなかった。
「ハル、ちょっと来い! 」
ストレッチが終わった頃、俺は高垣部長に呼ばれた。
「何スか。」
「見てみろ。」
高垣部長の座っているベンチの横には、テレビカメラとモニターが
置かれていた。部長が再生のスイッチを入れると
そこに俺の泳ぎが映った。 画面の日付から見ると
一昨日の練習の時のらしい。
部長は何も言わず、ただ、画面を見ていた。
が、俺は何も言えなかった。
ひでえフォームだったから。 特に息つぎの時なんえ、身体中の
バランスが完全に崩れてる、っていう感じで、がたっと、
片方の身体が沈みこんでしまっていた。それから
ターン。 あーあーあ。ひでえや。 何だあのかき方は。
ホント、どうしようもねぇや。
俺は部長の顔を見た。 自由形で県大会2年連続優勝の
スゲエ奴は、落ち着きはらった顔をして、モニターを
チェックしている。 俺、自信なくしちゃうよなぁ。
それでまた、モテるんだよな。 でもって何たって
国立理系のクラスだもんな。デキがハナから
違うよなぁ。
だけど、俺は、何でこうもひどいんだろう。
あーあ。
「どこに問題があるか、ハル、分かったか? 」
「息つぎの時の身体のバランスです。」
「-----が、どうなんだ? 」
「そのとき、体がグラグラとしてて------」
「まぁな。それもある。」
「------」 それだけじゃないのなんて、分かってるさ。
分かってるから、俺は何も言えないんじゃないか。
「ま、どこもかしこもダメだな。 フォーム全体を
1から作り直すこと考えなきゃ。 だから、まず、 最低限
練習は、ちゃんと出て来い。 計画のメニュー、
全然こなせない日だって、オマエ、何日もあるだろ。
日によってムラがありすぎるんだよ 言ったら、時間いっぱい
泳いで、距離だけこなしているだけだろ? 悪いところ
は悪いまんまでさ、いつまでも改まらねぇ。 だから伸びない。
永遠に足踏み状態だな。これじゃあ。」
俺は何かに弾かれたように立ち上がると、
「わかりました。失礼します。」 とだけ言って、ロッカールームの
方へ駆け出した。
クソッ と何度も声が出そうになった。 何だって言うんだよ。
あんなに勝ち誇ったみたく言いやがって。 チクショウ! 俺は
俺は、部長みたいに水泳だけしてたら、それでいい、っていう
人生なんかじゃないんだぜ。 これでもなぁ。 これでもな、
俺は、、俺は、、。
心臓がドキドキしてた。 さっき着替えた水着は、今日は一度も
水に入らないまま、再びバッグに放りこまれることになった。
グランドの端の自転車置き場に行こうとした時、向うから
シンジの来るのが見えた。 三脚だの、カメラの入ったボックス
などを重たそうに持っている。
「あれ? 練習は? 」
「やめたやめたやめた。 それから、写真だけどさ、
あれ、無理になっちゃったぜ。」
「何だよ、え、おい。」
「とにかく、写真、なんて、もうよしてくれ。
や、になっちゃったんだ。」
ったく、どいつもこいつもなぁ、、。 とりあえずシンジに
それだけ言うと、俺はまた自転車置き場のほうへ
スタスタと歩いていった。
(つづく)
× × ×
先週は急に冷え込んでいたのに、3連休以降
こちらはちょっとあたたかめの陽気。
退院後はじめての診察日。
ちょっとどきどきする。
「せ、せんせい。」
「何ですか? 何か違和感のあるところでもありますか? 」
「いや、それはないんですが。ちょっとお伺いしたいことが
ありまして。」
「はい? 」
「あの、一泊くらいの移動というか旅行はいけませんか? 」
「旅行ですかぁ、、。ちょっと待ってね。うーん。」
(と、センセイ、カルテに貼られた謙介の先週の検査報告を見て
うなる。)「-------そうねぇ。うーん。」
「やっぱり止めたほうがいいですか? 」
「でも、行きたいんでしょ。」と先生。
「勤務先から、どうしてもこの会議に出てくれないか、って、、。」
「まぁねぇ、、こちらは行ってもいいよ、とはあまり積極的には
言えはしないけど、、。まさかソウルじゃないよね。」
「違います違います。西日本です。」
「いい? ボクの立場じゃ、決していいよ、
とは言えないけどねぇ。万が一の時に、連絡が取れる、
っていう場所でね、それから、決して無理はダメよ。
(以下、10分弱にわたる懇切なご指導・ご注意
ながったらしいので 略)
主治医の不承不承というか嫌々のご許可(笑)も
いただけたようなので、今週後半、ちょこっとですが
西へまいることになりました。
帰って姉にそのことを報告すると、
「どうせ、あんた、お医者さんが行ったらあかん、って言うたかて
行くことにしてたやろ。」
「ばれた? 」
「もう、知らんわ、ほんまに。」
というお言葉。
さすが。 ちゃんとお見通しだった。(笑)
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