« かんちゃんのこと(その10) | Main | かんちゃんのこと(その12) »

07. 10. 30

かんちゃんのこと(その11)

その前の週、完一の父親から彼の許に電話があった。
事業に失敗して、今度破産申請を出すことになったから、
オマエをもう学校にやることはできなくなってしまった。
申し訳ないが、学校はやめてもらわなければならない、
ということだった。


このことを浅間さんに言ったところで、何の解決方法も
見つからないだろうことは、完一にも解った。
でも、何も別に大したことを話す、というのではなくても
ただ、浅間さんの前でいれば、少しは気分が変わって
くれるかもしれない、完一はそんな気がした。
この日、母親も来て、完一は担任や寮監の先生と
このことで話し合いをすることになっていた。

話し合い、とは言うけれど、答えはもう出ているような
ものだった。学費を払えない以上、もうここにいることは
できないに違いなかった。
何を今更、と完一は思った。 そんな解りきったことを
話するくらいなら、俺にとっては、浅間さんのところのほうが
ずっとずっといいのに。浅間さんの顔を見て、バカ話を
して、笑い合っていたほうが、そのほうが、、
そう思うと完一は涙がこみ上げてきた。 そして
腕や指がミリミリと音をたててきしむくらい、拳を握りしめた。


しかし、浅間さんのところに行く、というその約束は、
永遠に果たされることはないまま、そこで全てが
断ち切られてしまうことになった。

次の日の夜、オバサンのところから寮に戻るために
歩道を歩いていた俊之に、カーブを曲がりそこねた
同い年の奴が無免許で運転するトレノが飛び込んできた。

時速は100キロを超えていたそうだ。

車は原型をとどめず、運転していた奴も
その車の助手席に乗っていたらしい女の子も
そして、たまたま、その時間に、そこを歩いていただけの
俊之も、一瞬にして、みんな亡くなってしまった。

「それでは、最後のお別れをなさってください。」
神父が低い声で、そこにいる人たちに告げた。
完一は、もう一度、棺の中の俊之の顔を見た。
安らかな顔。 何の苦しみもなさそうで。
ほんの一瞬だったろうから、痛い、とか苦しい、とか
なかったのかな。 .........完一は映画かビデオにでも
撮影されている映像を見ているような気がしていた。
そこには、つい、この間まで 自分の言ったことに
ついて、きちんと反応してくれる浅間さんがいた。
自分の眼の前、菊の花に包まれるようにして
目を閉じているのは、確かに浅間さんのはずなのに。
しかし、完一は寮へ戻ったら、「ああ、疲れた。」とか
言いながら、いつものように俊之がのっそりと
現れそうな気がしてならなかった。 だから、やっぱり
そこにいる人が、自分の大切な「浅間さん」だとは、
どうしても思えなかった。

                     (つづく)


      ×         ×          ×

実はこの小説「かんちゃんのこと」の最初の書き出しは
「それでは最後のお別れを、、という神父さんの言葉からだった。
スケッチができて、こんなのできた、って、友達に見せたら、
冒頭からお葬式の場面、って、推理小説なんかで
ないわけではないけど、この話って、全体のトーンを
そんな陰惨な方向に持っていく、っていうんじゃないでしょ?
だったら最初から、このシーン、ってちょっと重たくない? 
っていうものだった。
そんな話から
俺としては大幅に書き換えをして、先にお見せした冒頭の
シーンに書き直しをして、
今の形にした、ということなんだ。
この間、最初のスケッチを見たら、この場面が最初に来てて。
あ、そうだ。最初はここだったけど、最終稿では
大幅な書き直しをしたのだった、っていうことを
思い出した。 そんなこと、もうすっかり忘れていた。
作品を書き終わったら、俺、自分の書いた原稿なのに、
内容とか文章とか、すぐに忘れてしまうんだ。

|

« かんちゃんのこと(その10) | Main | かんちゃんのこと(その12) »

小説」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference かんちゃんのこと(その11):

« かんちゃんのこと(その10) | Main | かんちゃんのこと(その12) »