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07. 10. 15

がんセンター 内科外来で

今日は月曜だったので、いつものがんセンターの診察日。
仕事が終わってから、病院に行く。
本当は午前中だけの診療なのだけど、
内科の俺の主治医ともう一人の消化器系担当の
お医者さんだけは
午後も診療してくれる。ただし、これは予約の患者さんだけで
こっそり、診てくれている、ということのようだ。表向きは
やはり午前中のみの診察。
午後も、というのは実際のところ、患者さんの数が多いので
規定の診療時間内では収まりきらない、ということが、本当の
ところらしいけど。
でも、大きな専門病院が午後も診察してくれるって、
謙介みたいな仕事を持っている人間には、
本当にありがたいなぁ、って思う。
午前中だと、すごく人が多くて、予約の時間が
9時って言ったって、実際の診察開始時間が11時なんて
いうことが普通だから。

今日は行ってみると、さすがに人気(ひとけ)の少なくなった
内科外来だったけど、そこにSくんがいた。
久しぶりだね、とお互いに挨拶をして近況報告をしあう。

俺が前に入院していたときに、検査室でなかなか番が
回ってこなくてお互い退屈(笑)しきっていたところに、
が「まだでしょうかねぇ、、。」
と声をかけてくれたので、話をするようになった。 
彼は今年で26だそうな。

その後、お互い退院した。Sくんはまた別のところ
にがんが見つかって今は抗がん剤の服用をしている。

俺の飲んでる薬同様、副作用がきついので、定期的に主治医に
みてもらって状況を絶えず把握しておく必要があるらしい。
「やっぱり薬の副作用で、髪の毛、抜けちゃいましたよ。」
とニットキャップを少し持ち上げて彼が言う。
もう全部抜けてしまっているみたい。

二人でいろいろと薬の副作用の話になった。そのあと
しばらく世間話をしていたら彼がぽつり、と言った。
「ボク、彼女と別れた、っていうかふられちゃったんですよ。」
「やっぱり病気のこと? 」と俺が聞くと、
「って言うんでしょうかねぇ、、。」と彼は言った。
「薬って、もう体調が毎日変化するから、時には
すごくしんどくて、メールが来ても返事も出せない、っていう日
だってあるじゃないですか。」
「そりゃそうだよね。」
「で、すごくしんどいときがあって、1週間くらいメール
出せなかったんですよ。
そうしたら、何で短くてもいいからメールくれないの? 」とか言い出して。
「俺だって、したかったけど、もう起き上がって、メールするのさえ
しんどい時があって、そんなの無理だよー、っていう時もあったんだけど、、。」
「そうか。そういうときに、やっぱり分かってもらえないとしんどいね。」
「うーん、っていうのか、あいつ、俺のことホントに見てくれてたのかな、
なんて思ったりしはじめたら、何かもう、、、」
「ふーん。自分としたら、外見とかじゃなくて、ちゃんと普通の自分を見て
欲しいのに、、相手は、Sくんを自分の都合のいいようにしか
見ていなかった、っていうこと? 」

「毛が抜けはじめて、俺の頭の毛がばさっと抜けるところを
あいつ見たんです。それからですね。メール、来なくなり
ましたよ。 髪の毛が抜けるの見てショックだったんですかね。 
でも、抗がん剤使う、って言われたから
俺、その毛の話だってしてたんですけどね。 でまぁ
本人は忙しい、って言ってたけど、何かその辺から
よそよそしくなってきて、、。」

「あ、分かる。最初は一日に何通も来てたメールが、
だんだん間隔があくようになるんだ。」
「そうですそうです。前なんか一日に何十通って来てたのが、
一日一通になって、それが二日に一通になって、、。
一週間に一通になって、、。」
「え、あ、ふーん。しかしなんとまぁ、頭の中の構造がすごく
分かりやすいおねいさんやね。」
「いつか言ってましたよ。私はハゲ嫌い、って。」


でね、俺、ここでこのブログを読んでる人にちょっと聞きたいんだけど、
みんなだったら、どう?

誰かと付き合うときに、相手の容貌のことって大きな条件に入る?
上の彼の話を聞いていて、顔とかからだのこと、って言われたら、
そんなもの顔じゃない、心の問題だろ、って
言ってくれる人が多いかもしれないけど。


だけど、謙介は、あえて聞いてみたいんだ。
もし、自分がその立場になっても、ちゃんと顔より心って、言い切れる?
頭では、そう、思っていたとしても、実際その場になったら、本当に果たして
そういうふうに心って選択する? 自信を持ってそう言える?
そんなことを俺は意地悪い人間なので、聞いてみたりする。(笑)


そういうこともある人がいるかもしれない。


だけど、
本当に自分の付き合う相手っていうのが
見つかったら、恋愛の始まる前に、
やれイケメンでなくちゃ、とか外見は、こういう人だ
とかいろいろ理想は言ってても、
本当に好きになった相手に対しては、こんな人がいい、とか
あんな人が理想なんて言うような
心理的な余裕なんてないものだと俺は思う。


選ぶ気持ちの余裕なんてなくてさ、
自然にその人に惹きつけられていく。
その人のこういうことを知りたい、ああいうことを知りたい、
一緒にいたい、そういうことを思ったときに、相手に対する条件なんてつける
というようなことは一切関係なくなるもの。


それをまだイケメンが、、とか、
こういう人がいいな、っていうことを
言ってるうちは、まだ精神的に自分の心が熟していない
状態じゃないかなぁ、、。
だからそういう状態で相手を探そうとしても結局自分の中だけで
条件をつけてしまうから、相手の内面を見ていなくて、
すぐに相手に飽きてしまって、
飽きたらおしまい、っていうことになりはしないかな。
そういうことではじまったお付き合いって、長持ちしますかね?

それはひょっとしたら恋愛ではなくて、
自分が恋愛にあこがれてはいるものの、
恋愛というところにまだ行っていなくて、
深みの足りない、「擬似恋愛」の段階なのかもしれない。
俺はそんなふうに思う。


人と付き合う、って、自分の心の中とか自分自身と
向き合うことなのだけど
そういう人の外見にこだわる人って、自分の心と向きあうことを避けて、
相手の条件の中に自分を投影させているだけじゃないか。
自己投影だから、相手を自分にとって都合のいいようにしか
見てはいないんじゃないかな。

顔であれ、付き合うということであれ、最後のところは
それぞれの人間が、自分はどういう人間で、この相手とだったら
気持ちのいい生活が送れるかどうか、っていう見極めが
できないと、付き合いだって長続きしない、って思うけど。

その見極めができるようになるまでには、自分の中で
俺はこういう人間だ、っていう自分に対する理解とか
覚悟もできていないとね。

だから顔とか、そのほかの条件を出してきて、あれこれ
言ってるうちは本当の恋愛をしていない、まだそこまで
自分の心の成熟ができていないっていうことじゃないかな。

彼は言った。
「ハハハハハ。だから俺、シングルになってしまったんですよ。
---謙介さんは?」
「え? 何? 俺? あ、俺はもうない、もうない。」
「何がないんですか?」
「こんな死にかけの病人と付き合ってくれるパートナーなんて、
いないって。だからとっくにあきらめてるし。(笑) 後はまぁ
一人で何とか最期まで生きていく、っていうの考えてる状態。」
「寂しいじゃないですか。見つけようとかしないんですか?」
「見つけようとしたけど、見つからなかったもの。
だけどSくんは、まだ若いんだし、病気って言っても、、。」
「いや、今回はもう転移ですから。」
彼はかすれた声で視線を落としてそう言った。

「そうかぁ。」と俺は言って
「そうなんです。」と彼は答えた。

そのとき、俺は彼がどんなふうに思っているか、彼の言った「もう」で
すべてが分かったように思えた。

たぶんその返事にこめられた意味は
彼は「覚悟」をしたのだ、と思った。
深いところまで聞かなくても、
彼の表情を見ていたら、それは察しがついた。


ややあって、彼が受付で名前を呼ばれた。
「じゃあ、謙介さん。」
「この場所でまた、っていうのは、ホントはよくないけど、、。」
と、思わず苦笑しながら俺が言い、
「どこか別の場所で会わないと、ね。」と彼が言った。
「そうだよね。だけど抗がん剤、しんどいだろうけど、何とか乗り切ってね。」
「ええ。今日は話せてよかったです。」
「じゃあまた。」

そう言って彼は診察室に入っていったのだった。


(今日聴いた音楽   かもめはかもめ 研ナオコ歌 1978年
 元歌は中島みゆき )

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Comments

 今の彼氏とはハッテンバで出逢った仲(しかも,ぶっちゃけ僕の方はデキればいいや的感覚)なので,外見は度外視でしたからねえ。それからあちらからの働きかけで付き合い出して今に至ってるんで,外見はもうどうでもいいやって感じ。
 だから,これ以上崩れても別にかまいません(←ヒドイ奴 笑)。

 それはともかく。
 まじめな話,心根至上主義なところがあるので,相手がどう姿を変えても何らかの意思疎通ができるのであれば,気にしないです。
 極端なところ,脳髄だけになったって・・・。


 あ,ナオコのかもめはかもめ,いいですよね〜♪

Posted by: Ikuno Hiroshi | 07. 10. 16 AM 1:17

----Ikuno Hiroshiさん
場所はともかく。(笑) お互いの気持ちの中に つきあっていく、ということについて、「何とかなるさ。」っていうような気持ちがしっかりとおありだったようにも思うのです。少々のことではびびらない、というのか。でーんと構えたところが。それがやはり生きてきた「経験」ということなのかもしれないなぁ、と思ったりしています。しかし、脳髄だけって、、あなた、、(笑)

Posted by: 謙介 | 07. 10. 16 PM 8:02

謙介さん
 s君のお話し つらいですね。。。
でも、彼女の気持ちも分かるような。。。
若い時って なかなか相手を理解できる心の余裕って自分自身なかった様に思います。
つい自分勝手になったりね。。
 ケモは相当しんどいでしょうね。
ゆっくり点滴も落とさないといけないから時間もかかるし、お金もね。。。
 丸山ワクチンって聞いたこと ありますか?
うちの病院では ケモとこの丸山ワクチンを
併用してみえる患者さん見えるんですが、
人によって違うかもしれませんが、ある患者さんはもう長く癌と付き合ってみえるみたいです。s君、希望が持てるといいんだけど。。。

Posted by: yoko | 07. 10. 19 PM 8:39

----yokoさん
 そうなんですよ。Sくんの元彼女が
やっぱり彼の外見が変わってしまったことで
彼と別れた、ということ、外見で人を見るなよ、ということは確かにいえるのですが、その人の心の奥底の本音は、というところで見たら、俺、Sくんの元彼女のことをどうこう言えないかもしれない。それが人間の心だったりしますよね。
 丸山ワクチンは、ほら、病院によって、学閥がありまして、、それで採用してもいい、という病院と、ちょっとそれはねぇ、、という病院があるじゃないですか。どうも俺の行ってるところは、、「ちょっとねぇ、、」の方です。
病院にいると、自分より若い人が病気で、、ということと日常的に遭遇します。そういうのを見ているの、って、本当に辛いです。何とかならないものか、とつくづく思います。

Posted by: 謙介 | 07. 10. 19 PM 10:03

はじめまして、豆酢と申します。

今までずっと、謙介さんの小説やエッセーを拝読していました。時に暖かく時に鋭い謙介さんの言葉のひとつひとつに、励まされたり考え込んだり…。
今回初めてコメントさせていただこうと思ったのは、私のパートナーも実は30年に渡って心臓に病を持っていたからです。そのことは結婚する前から知っていましたし、近いうちに手術しなければいけないこともわかっていました。でも不思議と、だからといってパートナーと別れようなどと考えたことはなかったんですよね…。なんだかもう必死で、なにがなんでも手術を成功させちゃる!としか考えていなかったです(笑)。

Sさんの恋人はまだまだお若い方でしょうから、きっと“恋に恋する”時期を脱しておられないのでしょうね。自分にもそういう時期がありましたから、想像はつきます。もし自分が若い頃に彼女のような立場に置かれたら、やっぱり恐ろしくて逃げ出したかもしれないです。
人を外見で判断するなとは、言うは易しですが行うは難しだと思います。パートナーがどのような状況になろうがついていく!と決意できるのは、ある程度の年齢を経て、パートナーとの間に本当の絆ができたと確信したときなのでしょうね。

はじめてのコメントで長々とお話してしまい、大変申し訳ありませんでした。今後も、連載されている小説の更新を楽しみにしておりますね。

Posted by: 豆酢 | 07. 10. 23 AM 12:05

----豆酢さん
はじめまして。お返事が遅くなって申し訳ありません。
それから、俺のブログを読んでくださっていること、どうもありがとうございます。
豆酢さんのように、パートナーの方の全てを
受け入れて、そうして解った上で一緒になる、
というのであれば、息の合った、永いカップルでいられると思うんです。そうですね。おっしゃるとおり、Sくんの元彼女は、本当に目が彼を見ていなかったのだと思います。自分が、
病気の彼がいて、ということに(表現は悪いですが )酔っていたのかもしれませんね。
 まだ若いから、深く人生を考える、というところまで行ってなくて、それで彼女はいっぱいいっぱいだったのかもしれません。
 俺も豆酢さんと似たような思いを持ちました。
 小説少しずつですがアップしていこうと思っています。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

Posted by: 謙介 | 07. 10. 23 PM 6:44

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