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07. 08. 28

西村兄弟のこと

昨日の新聞を見たら、西村寿行さんが亡くなった、と訃報欄にあった。

学校を卒業して就職して「謙介はここね。」って言われて行ったのが
瀬戸内海の中の小さな島だった。
その当時はまだかろうじて人口が300人はいたと思う。
周囲が4キロほどの島だったけど、人の住める場所というのは
下の写真にあるような港の一帯だけだった。

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住み始めて半月くらいした頃だったか、カズローくんという男の子と仲良くなった。
カズローくんは、島に生まれて、島でそだった子どもだったので
島のことは何でも知っていた。
その彼からある日、こんなことを聞いた。
「何が恐い、言うて、恐いんは、西村のおっさんや。」
「え? 何で恐いの。」
「西村のおっさんの家、チイ子婆の家の上にあるんやけどな、あのおっさん
時々、バーンいうて鉄砲撃つんで。それで家の鶏撃ったりするんで。」
「鉄砲撃つの?」
「そうそう。実際に撃ちはせんけど、時々港に入ってきた人の方をめがけて
撃つまねをしたりする。」
「え?」

島には公道はなかった。だから四国とか本州から安く引き取ってきた
スクラップ寸前のナンバーのないバイクや車を島で乗る、というのが
普通だった。 だから島の車とかバイクはみんなナンバーがなかった。
それでも島には小さなフェリーが就航はしていたので、四国から
車が来ることもあった。もちろんそういう車はみんなナンバーがあった。
たまにナンバーのついた車を見たら、あ、ナンバーついてる。すごいすごい、とか。

え? 警察は? って?
そんな人、いませんよ。(笑)

だから西村のおっさんが鉄砲をバーンって撃ったって、誰もとがめる人なんて
いなかったもの。
「あそこの家や兄弟そろって鉄砲パンパン撃ちまくるんで。」
鉄砲撃ったって、おまわりさんはいない。場所は島。

「西村のおっさん、って言う人、鉄砲撃つんだったら、恐いなぁ。」
と俺が言ったら、「恐いけど、あの人、小説書くんで。」と
カズローくんが言った。
「ひょっとして西村寿行さんのこと? 」
「それは弟のほう。あそこで鉄砲撃つんは兄さん。」
「兄さんは何言う名前?」
「ボー」
「え?」
「そやけん、ボー。」
「西村ボー?」
「あのな、本名は望、言うんやけど、みんなボーさん、って呼んどる。
弟のほうもジュコーさん、って呼ぶし。」
「弟さんは今どこに住んでいるの?」
「東京やいよったよ。 それから西村のおっさん、すけべーなんで。」
「なんで? 」
「島に来た、女子大の人とうまいこというて結婚したもん。」
「ホント、それ?」
「ホンマで。何なら、今度ボーさんに会わせてあげるわ。」

それから数日してカズローくんが俺に言った。
「西村のおっさんのところに行こう。」
「行こう、言うたって、、、。」
いきなり会って、鉄砲で、、というのも恐いし、、とは
思ったけど、好奇心のほうが優先して、結局俺はカズローくんの
紹介で西村のボーさんに会いに行くことになった。

カズローくんが恐い恐い、と連発していたので
どんなに恐い人かと思ったら、実際にお会いした西村望さんは
とてもおもしろい人だった。 以前は業界紙の新聞記者をしていた
とかで、四国のいろいろな未解決の事件の話なども
たくさんご存知だった。
「女子大生とご結婚なさったのですか?」 と俺が聞くと、
何でも島に民俗調査に来た、長崎県の女子大生が
市の出張所から紹介されて西村さんのところに島の話とか
いろいろな故事来歴を聞きに来たのだそうな。
その女子大生がかわいかったので、「手なづけて」結婚しようと
いうことになった、とのこと。カズローくんの言ったことは、あながち
うそではなかったのだった。

しかも結婚の承諾をもらいに、その女子大生の長崎の実家まで
行ったんだけど、なんと女子大生の親より、西村さんのほうが年上で
(西村さん、当時60前) 向こうの親からは強硬に反対をされた、
のだけど、強引に奪い取って結婚した、ということだった。
「おっさん、60でなかなかすごいやろ。」というのが
後で告げた、カズローくんの感想。


で、そのとき俺は自分も小説を書こうかと思っている、という話をした。
西村さんは「書くんだったら見てあげるからもっておいで。」
というお話。
いそいで書きかけの奴を書き上げて持っていった。
「うん、基本的な書き方、っていうのはできているから
後は、書き慣れて、、、」というアドバイスをいただいた。
そういうことがあって、俺は小説を書くようになったんだ。
何度か見てもらってここをこうしたら、という話をしていただいた。


その後、西村さんは島を離れて四国のほうに住むようになって
今に至っている。
弟の作品「君よ憤怒の河を渡れ」は「高倉健」主演の映画になったし、
兄さんの作品「犬死せしもの」は佐藤浩市、真田広之で映画になった。

あの島で暮らした3年間、っていうのは、自分自身にとっては
しんどい3年間だったんだけど、今もこうして原稿を書く、という
ことをしてる、そのスタートは、あの島での出会いがあったから。
そういう意味では、貴重なスタートをあの島にいることで
させていただいた、という気がする。
今はもうあの島での生活が懐かしく思ったりするようになった。
人間の感情って不思議だよね。

新聞の訃報欄を見て、あの島で暮らした3年間のことを
ふと思い出したのだった。

(今日聴いた音楽 喜びも悲しみも幾歳月 
 同名映画から 歌 若山彰 1957年 )

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Comments

ほんといろんな所に住んだ経験があるんですね…謙介さん…。

Posted by: holly | 07. 09. 02 at 오후 8:24

----hollyさん
そうですね。自分の人生を振り返ってみて、、ということは、なかったんですけど、言われてみれば、大都会にも住んだし、孤島にも住んでますね。(笑)
いろんなところに住みはしたんですけど、正直言って孤島はもう嫌です。たまに島に住みたい、なんて言う人もいますけど、そういう人は、気候のいい時だけ、島に来て、「のんびりしてるよねー。」なんて言ってるだけのように思います。大きくて、気候のいい島ならいいんですが、冬の自然環境の苛酷さとか、病気になった時にお医者さんがいなくて、手遅れになるとか、そういう島の暮らしのしんどさ、というのは、実際に暮らしてみないと分からないんじゃないかなぁ、、って思いますです。

Posted by: 謙介 | 07. 09. 03 at 오후 6:30

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