« 断水慣れ | Main | 言葉の重さと軽さ »

07. 07. 03

予定通りになんか行くもんか。

今日の話は、昨日の話と少し関連がちょっとある話。

こないだもスペースシャトルの打ち上げ、、なんていうニュースをやってたよね。
ロケットを実際に打ち上げて飛ばす、っていうことについて、俺、思うんだけど、
あれって単なる「確認作業」というか、検証をみんなでやってるってことでしょ?


ロケットなんて、闇雲に飛ばす訳でもない。
こういう角度でこっち方面に飛ばして、飛び上がったら
何千フィートだかで、燃料ロケットを分離させて、、、大気圏を出て、、
とか計算をして、そういう計画というのかプログラムをを立てて
飛ばすんだろうし、その間に考えられるいろんな場合を想定して
そういう時、こんなことが起こったら、こうしよう、って決めておいてさ、
そういう時のために、じゃあ、って実際に練習も何度もばっちりやって、
それでようやっと5、4、3、2、1、0 どーんって
飛ばす訳でしょ?

だからそれって、最初に計画をしたことを、現実空間でやってみて
チェックしてる、っていうことじゃないかって思うんだ。
だから当然予定外のことが、それも突発的に起こったら、焦る。


だけど、謙介みたいに、文学部の国文科に行った人間は思っちゃう。
「フン、そんなもの、世の中なんて、計画した予定通りになんか行くもんか。」って。


俺、思うんだけどさ、今の世の中って、何だか知らないけど、
やたらこの「予定」とか「計画」っていうのを設定させられて、
そのシュミレーション通りにいかないと、あちこちからうるさく責められたり
その結果、とてつもなく失敗したみたいに考えなくちゃいけない、っていうこと、多くない?


勉強でも、研究でも、課題とか、テーマを作らされて、
それに基づいて、計画を立てて、課題をこなさないと叱られたり、
そういう研究をして、次の年の、3月までには「成果」を出さないと
サボってる、とか注意を受けたりするの。結果を出せなかった、とか。

目標を立てたり、計画をする、とか、
事前にシュミレーションをして、それで、そのシュミレーションに基づいて
実施計画を立てて、それどおりにするのがすばらしいこと、なんて
もてはやされる。

だから、スポーツ雑誌でもライフスタイルを提案するような雑誌でも
いいんだけど、そういう雑誌見るとさ、
そういうすごい目標を立てて、その課題をやり遂げて成功した
カッコよさげで、さわやかな人の写真がいっぱいじゃないか。
だから、「勝ち組」って言われるんだねぇ、とか改めて思ったりする。

俺の恩師なら、こういうとき、必ずこう言うんだよ。
「たいしたもんやなぁ、、。」って。


だけどさ、文学の授業で、センセイから「いつも人間を見ろ」、って
言われ続けていた謙介は、ついそういう目標達成できた人の写真を見て
「果たしてそんなふうに本当に予定通りの人生なんかあるものなのか?」とか、
思ったりする。

仮になんだけど、このブログを読んでくださっている皆さんが、
中学の3年生だとしようか。
で、受験勉強だってしないといけないのに、ゲームばっかりやってる。
とうとう母親から「いつまでもゲームばっかりして! さっさと勉強したら
どうなの。」って言われたとする。そのとき、みんなだったらどう思うだろう?

「うっせぇ。ババア!」って反発する?
「はい、分かりました。」って、そのまま注意を受けて、勉強をする?

最近はもっとすごい中学生がいてさ、そんないつまでもゲームなんかして
親に叱られそうになるまえに、さっとお勉強をし始める、っていうのも
あるらしい。(気持ちわるー

親に注意されて腹が立つ、っていうのはさ、自分でうすうす「勉強しなきゃ
ヤバイな。」って思っていたときに、核心を突く発言をされて、心が動揺するから
腹が立つ、ってことでしょ。
だけど、ゲームの誘惑に、つい負けて、、っていうことじゃないか。
ホラぁ。正論では分かってたって、人間なんて予定通り、計画通りに
お勉強なんてできっこないじゃないか。(笑) 
そんなのこの程度のお話でさえ、ああそうだよね、ってみんな了解できると思う。
いろいろな人のブログ読んでたら、「なんでこんなことしちゃったのか。」って
後悔してる文章だってよく出あったりするしさ、
自分の胸に手をあてて、、なんて、おさまりかえって考えなくたって、
歴史の本なんか読んだら、もうそんな思い通り、計画通りいかなかった
とか失敗した、とかいうような実際の話だらけでしょうに。(笑)


だからさぁ、
自分のことすら、「きちんと」把握しきれないのに、
ましてや自分を取り巻く人やものが、
そんな自分の思ったとおり、予定通りにいかないことなんて、
普通にあるんだよ。

田舎に住んでてごらんよ。そんなのしょっちゅうだよ。
例えば、朝予定の時間に起きることができなくて寝過ごした、と。
そうしたとき、都会なら、電車1本くらいなら遅れたって、
2分とか3分ですぐ次の来るじゃない?
田舎は次の電車来るの、30分後。
30分後なんていいほうよ。お昼まで来ない、なんていうところだってある。
どうする? (笑)

都会に住んでたってさ、いつもなら、○○まで何分で行けるから、、
って思って家を出て地下鉄の駅に行ったら、二つ手前の××駅で
人身事故のため、ただいま、電車の運行を中止しております、
なんてさ。

たぶん予定通りに、、なんて思ってたって、うまく行かない、行かなかった
なんてさ、みんなの経験の中にだって、もう数え切れないくらいたくさんあるよね。

それに人の気持ちだって、どんどん変わる。
この前も「マタグラゴーヤク」のところで言ったけど、
しょっちゅう自分の見解を平気で変えたりしてる人だっているしさ。
こないだまで、これが好き、なんて言ってたのが、急に興味が冷えて
もういい、とか言うようになったりするし。
お互いあれほど仲のよさそうだった同士が、次見たら、今度は
反目しあってた、なんていうことだってある。
そんなもの、人の気持ちなんて、どう変化するかわかんない。


そらからまた自分のことに戻るけど、謙介みたいに病気を抱えててごらんよ。
予定通りなんか絶対行かないもん。
ある日突然、身体の状態が悪化傾向になっていたりする。
明日、○○をしよう、って思ってたって、できないかもしれない。
俺の病気なんて節制したから体調がよくなる、っていうものでもないし。
だから無理をしないようにしてたって、身体が悪くなるときは悪くなる。
人の気持ちだってそう。
自分の身体だってそう。


昨日も言ったけど、ましてや自然環境なんて、もう人間の手なんて無理無理。
雨よ、どうか降ってくれ、、たって、気圧配置とか前線の位置とかで
雨は降ったり降らなかったりする。
すべては自然環境のちょっとした変化で生じたり
生じなかったりする。


だからさぁ、もう人生なんて予定通りにいかない、っていうのが普通じゃないのかな?
ところがさ、人間いろんな考え方をしてる人がいて、
計画はうまく行くものだ、すべては予定通り進んでいる、
なんて思ってる人もいる。それから自分でも、自分の立てた人生のプランは守らなきゃ
ってすごくまじめに思ってる。足を踏み外すなんて、「もうとんでもないこと。」とか。


それから、今の世の中、やたらこの計画を重く言われる。
だから、一応計画を立てたり、自分なりに思っていたことを
予定通りにこなせないと、予定通りできてない、とか
何度も注意したり、こうしろ、って言ってるのに、お前はこんなことが
どうしてできないんだ、ってすごくしかられる。


だから、できなかった自分、しかられてしまった自分っていうものは、
もうそれだけで人生の敗残者じゃないのか
なんていうところまで追い込まれたりする。

できなかった現実と自分の思いとか理想がすごくかけ離れているから、
ものすごいプレッシャーがかかってしまって、そのために
もう俺の人生おしまいだ、って思って心の病気に
なったりする人だってすごく多い。

だけど、俺は声を大にして言いたい。

人生なんて、自分の思ったとおり、予定通りに行くほうが珍しんじゃないか。
人生なんてうまくいかないのが、当たり前とか普通じゃないか、って。
俺は思う。 うまく行くのなんてたまたまですよ、って。
田舎に住んで、病気になって、もう毎日不如意なことの連続の謙介
はいつもそう思ってるし、悩んでいる人にそう言いたい。


だからさ、予定通りとか、計画通りに行かなくたって、むやみに落ち込まなくって
いい、って思うよ。最初から、「うまく行くかよ。」って思ってたらいいの。
何でも計画万能みたいなこと言ってさ、人にプレッシャーを与えるだけ
与えておいて、、。そんなふうに脅しつけられてたら、うまくいかなければ
そりゃあ、心の病気にだってなるよ、って俺は思う。
文学部の人間なんて「計画通り」って言われたら、「フン、どうだか? 」って横向いて
思っちゃってる。(笑)


ただ、その一方で、俺、こっちも恐いなぁ、って思うのが、
コンピュータの操作とか車の運転でよく見かけるんだけど、
「オレ様」っていう傲慢な奴ね。
裸のその人がどれほどの人なのかは知らない。
だけど、そういうコンピュータとか、性能のいい車に乗ってたら
人間に知らず知らずのうちに万能感がどんどんエスカレート
していくんじゃないのかな、って思う。
そうして、「オレはこんなに車の運転がうまいんだ。
ほかの奴は屁みたいなもんだ。
アホが、高速をトロトロ走りやがって、ここは田舎の農道じゃねえぞ。
どかんかい、このど○ホめ!」
なんてどんどん高慢がエスカレートしていってさ、
自分の走行の邪魔をしようものなら、その車にむちゃくちゃしたりする。

肥大した自己っていうのだろうか。
何でも自分の思い通りに行く、なんて思ってる人もいるよね。
理由のないような全能感を持ってる人、これも性質が悪い。
だけど、最近そういう人をあっちこっちで見る。
で、思い通りに行かないことなんて、さっきも言ったけど
山ほどあるから、そういう状況になっちゃうと、
そういう人って、すぐキレる。

俺、そういう人にも言いたいな。
「人生なんて、予定通りなんか行くもんか。」って。
まぁねぇ。すぐそうやってキレるような人に、
言っても、聞く耳は、、、(笑)
無駄かもしれないけど。


(今日聴いた音楽 SOLID歌 「今は私を」
 1994年 アルバム GIVE ME A CHANCE から)
 SOLIDってもう解散して10年になるんだけど、
 在美僑胞の3人組 在米韓国人ね。彼らの音楽、
 謙介は好きでよく聴いていた。おそらく彼らが韓国の
 R&Bのさきがけじゃなかったかな、って思います。
 CDおもしろいんだよ。歌詞カードに、一曲一曲、
 この歌は「Hip Hop」とか、これは「R&B」とかいうふうに
 分類分けというのか注釈がついているの。たぶんそんな
 注釈をわざわざつけなくちゃいけないくらい、今までの
 韓国の音楽にはなかった要素を彼らが持っていたんだろう、
 って思う。


|

« 断水慣れ | Main | 言葉の重さと軽さ »

おもうこと」カテゴリの記事

Comments

うまくいかなくて挫折したり、途中や後で後悔したり、計画以上の成功をおさめたり、いろいろですね。
中には、嘘ついたり、自分で自分みないでごまかしたりする人もいるけど…。
きっと計画の時に、すごい高〜い計画しすぎると、ほへ〜ってなっちゃいますよね。謙介さんが書いたように、それほど成果はあがらないだろうけど…ってくらいの期待で、小さな計画たてて、階段上るのが、きっと、自分で自分が思うところの、幸せな経験や状況がちかずくし呼び込めるのかもですね。
人生なんて、予定通りじゃないから、成長するし、勉強にもなるし、楽しめるのかもですね。予定どおりじゃなくても、パニックたりしないですむかもですね。
僕は、計画なしでも、ほへ〜ほへ〜って言ってますが…爆笑。
計画なさすぎなんですね…きっと。ほへ〜。笑。
(^0^;)

Posted by: holly | 07. 07. 03 at 오후 9:35

----hollyくん
こんにちは。改めまして、ブログお疲れさまでした。
文学部の人間って、予定とか計算どおり、って言われたら、「ホンマか?」って必ず突っ込みを入れたがるような人間が多いんですよ。だけど、歴史の本でもそうだし、自分の中のささやかな経験でもそうですけど、うまくいかないこととか、思ってもみなかった理不尽な災難とか、多々ありますよね。うまく行かないことのほうが圧倒的に多くて、何百回かに一回くらい、たまたまうまく行くことがある。だけど、一回うまく行っちゃったら、人間ってそれを覚えてしまうんですよね。その心の持ち方が難しいですよね。
まぁ「そんな、人生なんてうまく行きますかいな。」くらいに思っているのがちょうどいいかもしれないなぁ、なんて思っています。でもまぁ、多少の計画というか腹積もりくらいは、hollyくんのお話のようにあってもいいですね。(笑)

Posted by: 謙介 | 07. 07. 03 at 오후 10:29

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/15630244

Listed below are links to weblogs that reference 予定通りになんか行くもんか。:

« 断水慣れ | Main | 言葉の重さと軽さ »