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07. 05. 25

ココロの発達段階

今日、お昼に地元の中学校に配属になって
教育カウンセラーをやってる友達が近所まで
きたから、って寄ってくれた。
学校付きのカウンセラーだから、中学生の生徒本人と
その親との間に立って話を聞く、っていうことが多いらしいのだけど、
話を聞くと、ため息ついて言った。
とんでもない親が多すぎるんだよ、って。


近頃、学生の学力が落ちたから、っていうことで
ゆとり教育は間違いだった。授業時間数を増やして教えることを
元に戻して増やさなあかん、とかどうとか
キョーイクサイセーカイギとかで、ああでもないこうでもない、
って言ってる。またそれに反発する側もいて
ゆとり教育はまちがいじゃなかった、って言う人もいてさ。
なんだか喧々諤々やってるみたい。

だけど俺、両方の主張とも、すっぽり抜けてる部分が
あるように思えて仕方ないんだけどね。
肝心の「親」のことっていうのは、そのまま放置しておくわけ?

こないだだってさ、ニュースで出てたけど、
家が生活保護を受けてるとか、経済的に困窮してて、払えない
なんて言うんじゃなくて、経済的には問題なく納められる家庭なのに、
給食費ちゃんと払ってない親がものすごくたくさんいる。
その滞納総額が22億だとか。

俺の近所のパチンコ屋にもいたけどさ、駐車場にとめた車の中に小さい子を
載せたまま、自分たちは店の中でひたすらパチンコをやってる親とか。
オートバイのヘルメット入れの中に子どもを入れて運んでみました、そうしたら
子どもが死んでしまいました、とか。

親の問題は放っておいて、教師とか教育制度を、
いじってみたところで、どうしようもないんじゃない?
小手先だけの手直しじゃないか、って俺その友達に言ったの。

そうしたら、もう待ってました、って言う感じで、
「そうだそうだ。中にはもう親がすっかり壊れてしまってて
子どもさんをもっと見てくださいね。」
って言うんだけど、どうにもならない、というか、どうしようもない、
っていう親が相当いるんだよ。っていう話だった。

キョウイクサイセーなんて、子どもとか教師の問題じゃなくて、
こんな親を何とかサポートして文字通り再生してあげない限り
どうにもならないんじゃないかなぁ。親の再生だって大問題だと思うけど。


それから聞くとね、最近の子どもって、反抗期がない、っていう子が
増えているんだって。
これは大変なことだなぁ、って俺思った。
何かね、親が妙に若ぶってて、親子というより友達みたいな関係なんだそうな。
そういわれたら、ああそういう人、日曜なんかに
実家近所のスーパーなんかに行ったら、いるな、と思う。
うちは子どもとの関係はフランクでーす。っていうのを絵に描いたような親。

それから、もう一つは家庭の中がムチャクチャで、親からの虐待とか無視なんかが
あって、子どもが反抗させさせてもらえずに育ってしまった、っていうの。

子どもってさ、自我ができはじめたら、親を壁にして、その反発する力で
だんだんと自立、っていうことを覚えていくわけだよね。
その時には親っていう存在は、壁になって立ちふさがらなくちゃなんない。
そうでないと子どもが乗り越える、っていう訓練ができない。
その時に、妙に物分りのいい親だとね、子どもが乗り越えるべき対象がない、
という状況になる。だから、一体何にむかって抗っていけばいいのか?
そういう対立を経ないと、子どもは自立ができないまま
外見だけ大人になってしまう。
それから反抗すべき時期に、親の力がムチャクチャ強すぎて、もう反抗さえできない
状態で抑圧されてしまう、これも問題だと思う。


人間のココロの発達とか成長って、ちゃんとした順序
があって、

A→B→C→D 

って順番に進んでいかないといけない。それは絶対なこと。

「反抗期」っていうのも人間の成長には、ステップとしてどうしても要る時期だしさ。
だってその反抗を経て自立、っていう方向に向かう訳だもん。

本来ならばあるはずの小学校の高学年とか、中学・高校あたりで
反抗期がなかった、とか経験できなかった、っていう人って
後から遅れてそれが来る。

30歳を過ぎてしまった頃に、急激に親に対する憎しみとか、反抗する気持ちが
ものすごい勢いで湧き上がってくる、っていう人の話を時々聞くんだけど、
俺、そういう人に質問してみる。10代の頃、あなたは反抗期ってありました? って。
そうしたら、そういう人って、大抵なかった、って答えが返ってくる。
家庭内がめちゃくちゃで、もう親に対して反抗どころでなかった、とか
友達みたいな親で、うまくやってたつもりだったんだけど、とか。

だからさっき俺、ココロの発達段階は絶対に順序があって
その順序を飛ばせない、って言ったわけよ。かならずその帳尻合わせの
時期が来るからさ。
思春期に反抗期をきちんとさせてもらえていないと
30歳あたりを過ぎて、そういう反抗期が不意に来る。
だって、飛ばしたんだから、当然その飛ばしたところは、きっちり
どうするの? っていう具合で、後になって反抗期が来る。


反抗期がなかった人は、もう一度、その思春期に戻ってやり直しを
しなくちゃなんない。
だって、それって心がそこの発達段階を飛ばしてしまったから、
もう一度その飛ばす前のところに戻ってそこから飛ばしたところをしよう、って
言ってるわけだもの。

ところがもうそのころになると、外見的には大人で、しかも社会人で、
ちゃんと仕事をやってたりする。
そこに、飛ばしていた思春期、というか反抗期が来る。

大体が反抗期って、もう自分の気持ちが定まらなくて、ものすごく揺れて
自分で自分のことさえ持て余す、というかどうしようもなくて
投げ出したくさえなる時期だもんね。
そういう時期が、世間的には、社会人として仕事をしているあたりで来る。

ね。だから30過ぎて反抗期なんか来た日には、ものすごく大変なんだよ。
外に向かっては、安定した自我でいなくちゃなんない。
けど自分の心の中は、もう嵐の状態。
もう自分の身体が、心が引き裂かれるみたいになる。
そういう時期が30過ぎて来たら、どうなるか? 実際そういうの経験してる人も
結構多いんじゃないかなぁ。
だから俺、それは大変だなぁ、って思ったんだよ。

実は俺も反抗期が来たの、遅くてさ。今にして思えば、27とか28あたりで
そういう時期が来た。(俺の場合は家庭の中がめちゃくちゃで反抗期なんて
過ごさせていただけなかった、っていうことだと思う。)
反抗期がずいぶん遅れてきたとき、
もちろん仕事してたよ。だから片方でちゃんと仕事をこなして、、
もう自分の方向性が全然わからなくなってしまって、どうしよう、
ていう時期があってさ。ただまぁ良かったのは、
そんな頃に、見かねた友達が精神分析の先生を紹介してくれて、
その途中で、自分はこういうのでいいのか? って迷ったときに
専門家の立場から、ちょっとしたアドバイスの言葉をいただけたこと。

嵐の中で、どうしようもないときでも、レーダーがちゃんと働いてて、
ムチャクチャでありながらも、進むべき進路はこっちでいいんだよ、
っていうのははっきりしてた。
もちろん最終的な自分の方向性への判断とか、気持ちの整理ていうのは
もちろん自分の力でやったんだけどね。
だけどそうしたアドバイスが、ヒントになって、自分の中で悩んでいた問題の核心、っていうのは
あ、これは自分と親の関係にあったんだ、ということに気がついてね。
俺の場合は家を出て外国に行くことになった、という訳。


まぁ、その後、いろいろあって親とは関係をもう一度立て直すことができた。

それで、今なんかは落ち着いて、俺も実家に戻って家事をしたりしている、
ということになってるんだけどね。ちょうどぐるっと円軌道を回って再び
元のところに戻ってきた、と。だけど、確かにもとのところにはいるんだけど、
その間本人にしてみたら、とてつもない疾風怒濤と荒れた時期があって。
そうして再び始発駅に着いた、ということ。
(だからここに至るまでには、ずいぶんいろいろなことがあったんだよ。笑)

ひとりの人間が、成長して
大人になる、っていうのは、なかなか大変なことだ、って
俺、自分の経験からつくづく思うんだ。


仕事帰りに○島屋に行く。京都の御幸町のお茶の店が
出展してるから、ぜひ、というご案内状をいただいので、お茶を買いに。
今日来ていた店員さんは、前からよく知ってる方だったので「お久しぶりです。」
と、話もはずんだ。新茶の抹茶をいただきながら、買うものを
ささっと選ぶ。ほうじ茶ははずせないし、、。グリーンティも
ぜひいただかなくては。ということであれこれ買って帰った。
これでしばらくお茶が楽しみ。

(今日聴いた音楽 明日の私 歌 竹野家のまりやさん 1994年
 アルバム Impressions から)

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Comments

先日のエントリーの、食の問題なんかにもつながりますけど、
大人になった人たちが改めて学ぶことって、たくさんあるように思いますね。

心の発達に関しても、、通ってこなかったところは、
結局、やり直さないといけないのだけれど、、
本人が自分の中にある怒りに気づいていなかったり、
プライドが許さなかったりで、、非常に難しいですね。

大人になるのは大変なことだ、、この言葉、本当にそう思います。

Posted by: rhino | 07. 05. 25 at 오후 10:34

----rhinoさん
心の問題は、本当に難しいですね。人間
分かってはいる。だけど出来ない、っていうこと
だってありますよね。どうして、そんなふうな
考え方に行ってしまうのか、、、なんて考えて
俺も問題だなぁ、と思って、それで解決というか
一応トンネルを抜けるまで、5年くらいかかって
しまいました。大人になるのは、いっぱい
いろんなことに衝突してみたり、経験を積んで
いかないと、、って考えると、やはり相当の
時間がかかりますよね。
 それからなんだか今の世の中って、
テンポが速すぎですよね。それについていくので
はぁはぁと息があがっています。もうちょっと
ゆっくりと人間らしい速度に戻りたい、
いや、ぜひとも戻らなきゃいけませんよね。

Posted by: 謙介 | 07. 05. 26 at 오전 12:26

謙介さん、問題だなと思ったときに、
現実的な対応にまでたどりつけたのがすごいなと思いましたね。

人間らしい速度に戻る、、ほんとに、大事なことだと僕も思います。
言葉にしてもらって、そっか、そういうことか、としっくりきました。

Posted by: rhino | 07. 05. 26 at 오후 10:23

----rhinoさん
いえいえ。俺がすごい、というのじゃなくて、
もうそんな時って、疾風怒濤で、何がなにやら
自分でも自分がわかんないんですよ。
たまたまそのときに、カウンセリングの先生
がいてくださって、適宜アドバイスというか
方向性を、見ててくださったんです。それで
何とか助かった、っていう感じでした。

ゆっくり生きる、って大切なことだなぁ、
とこのごろすごくおもいます。

Posted by: 謙介 | 07. 05. 26 at 오후 10:50

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