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06. 12. 20

ゲイ小説

もう10年以上も前のこと
高校の水泳部の男の子が主人公の小説を書き上げた。


たまたま上京する予定があったので
ときどき原稿を採用してもらっていたゲイ雑誌の編集部に
「原稿が書けたのですが、近々東京に行く
用事があるので、よかったら直接持っていってもいいですか?」
と電話をした。


どうぞいらっしゃい、ということで
160枚ほどの原稿用紙の束を持って
(だってそのころは手書きだったからね)
その雑誌の編集室におじゃました。

そのときに聞かれたのは、ストーリーを作るときは
どのくらい自分の経験が入るか? っていうことだった。
自分の経験だけではなくて、友達の話してくれたこととか
雑誌で読んだこととか、そういうことがいろいろと
集まっているように思います。 そんなことを話をしたか、と思う。
「もちろん全然経験したことのないことだって入ってますけど。
今回の分は、自分が全然経験しとことのない部分が多くて、
なかなか主人公が動いてくれなくて困りました。」なんていう話をした。

今もブログでいろいろな人の書いたゲイが主人公の小説とか、
小説になる前のスケッチみたいな文章を見ることもあるけど、
残念なことにテーマが全然見えてこないなぁ、って思う文章が多い。


テーマはこれです、って読む側に強要するまでのことは要らないけど、
せめて書く側に、俺はこれを言いたいんだ、っていう強烈なものが
ないといけないんじゃないかな。 
たとえばセックスの描写が延々と書かれている。
たしかにその描写の部分はうまく書けてる、と思う。


だけど描写はうまくても、書く側のどうしても言いたい、
っていう強烈な主張も見えてなくて、加えて「人間」っていうものが
書けていなかったら、小説じゃないよな、って思う。


それならば単なる描写文。

何年か前のことなんだけど、
ゲイの人のための生活情報誌「にじ」を編集してらっしゃった
永易さんが、俺の仕事場の近くまであそびに来てくれて
そのときにゲイ雑誌の小説のことも語りあったりしたことがある。

ゲイ雑誌に載る小説って、小説の出来不出来っていう
客観的な評価よりも雑誌の編集者にとって、書いた人の
存在が親しかったら掲載が決まったりする部分が多い。
だから、作品の質が劣っていても、雑誌には
仲良し取り巻きサークルの人が載ってしまう。
そんなことで客観的な質の向上って言えば、「ちょっと問題だなぁ」って 
いう部分をはらんでいるよね、っていう話をしあった。


ゲイの小説はいろいろ出てはいるのだけど、
書く側のやむにやまれぬ動機、っていうのがこちらにも
痛いくらいに伝わってきて、そしてそこにいる人間の存在って
いうものがちゃんと書けてて、、っていう作品になると
なかなかお目にかかれない。(だったらオマエが書けよ、って
言われそうだけど。笑)

そんな小説が読みたいなぁ、って俺は思うんだ。


(今日聴いた音楽 ムソルグスキー作曲 組曲展覧会の絵
ピアノ演奏 スヴャトスラフ・リヒテル 
1958年モスクワにおける録音)

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