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06. 12. 27

思い出したこと(滞院日誌Ⅳ)

クリスマスの日の朝。
いつもと同じように配膳の係りの人が
ご飯を持ってきてくれる。
大体NHKの朝のドラマが終わるころが
朝食の時間になる。

で、月曜の朝の連続ドラマ「芋たこなんきん」
を見ていておどろいた。
冒頭の5分間、シーンの切り替えなしで、
ずっと藤山直美が長いせりふを言いながら一人で芝居をしていた。
カメラはずっとまわりっぱなし。
溝口健二だね。こりゃ。(笑)

5分間、せりふを言いながら、一人で芝居を持たせるというのは
とてもじゃないけど下手な役者にはできない。

(下手な役者ばかり出てるしょうもないドラマ見ていたら
シーンがぱっぱぱっぱと変わる。だって、長いせりふを
言って芝居を持たせる、なんて到底無理だもん。だから
あらが見えないように、場面をどんどん切り替える。いや
切り替えないと芝居の緊張感が保てないから
どうしようもない。
で、そんなドラマがすごく多い中で。)


これはすごいことだと思った。彼女のせりふを
聞いていて無理なところがない。ごく自然な形で聞こえてくる感じ。
聞いていて違和感がない、普通に聞こえてくる、
っていうのは、大変なことだと思う。下手な役者がやったら
セリフは立って聞こえてこないわ、聞いていて肩に力が入るわ、
なんていうことになるんだけど。


それから、物語の舞台は近畿地方だから、神戸も
でてくる。だけど神戸の方言と大阪の方言を、ドラマの中で
きちんと違いをつけているのも、おっ、ちゃんとやってるやん、
て思った。(BK=NHK大阪局製作だから当たり前っていえば
当たり前だけど。)

ちなみに
「あんた、なにしてんの?」が大阪
「あんた、なにしとぉ?」が神戸。(笑)
阪神間なんて電車で30分くらいなんだけど
方言ははっきり違う。

だけど、NHKの朝のドラマ、田辺さん原作って
以前にもあった気がする。「おはようさん」って言って
秋野暢子が出てたの。だから今回のが2作目じゃないかな。


で、思い出したこと。
大学の2回生のとき、そろそろ卒論の方向性というのか
どの時代の文学で書くか、っていうのを決めないといけない
ことになったとき。俺が「田辺聖子で卒論書きたい。」って
言ったら、たちどころに周囲から「アホ・ボケ・カス」って
言われてしまった。
理由は、生きている作家は、文学研究の対象にしてはならない、
っていうこと。生きているわけだから、作品傾向だって
どんどん変わるし、文学研究っていうのは、その作家の
書いた全作品を読んで行わないといけないから
作品が後から後から出てきて、しかもその作品の傾向が
どんどん変わったら、それは研究対象にはならない。
だから、まともな研究者であれば、生きている作家は研究対象にはしない。

そういう研究者としての一番の基礎的なことすら、まだよく
分かっていなかったんだよね。20歳の俺は。

で、結局近現代からいきなり上代文学に行って、
記紀歌謡・万葉集で学部の卒論を出して、六国史の語彙で
修士論文、ということになったのだけど。(笑)

しかし、そのことがあってから、田辺さんの作品、ぱたっと
読まなくなってしまった。なんだか憑き物が落ちたみたいに。
あれほど出たら熱心に買って読んでいたのに。
だけど一度、その当時院生だった先輩に言われたことがあったなぁ。
「何で卒論田辺聖子なんや? 」って。
「だっておもしろいですやん。」
「だけど、田辺聖子の作品の何で卒論書くねん? 」
「-----------」
「文体か? 登場人物の人物像か? 作品の構成か?」
「----------」
俺は答えられなかった。
やっぱり人と違ったちょっと変わったことやろうと
したがってただけだったんだよね。多分。


そんなことをドラマを見ていて思い出したのだった。


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