自分に合った仕事(その1)
連休中は実家で過ごしていました。
お休みなので、いつもは都会にいる友達とか知り合いとか、
親戚が来たりで、家にいても結構いろいろなことがありました。
で、近所のOLのおねいさんが、信州に行っていた、というので
小布施の栗のお菓子を持ってきてくれたときに少し話をしたのだけど
彼女の弟が、大学を卒業したんだけど
「自分に合った仕事を探したい。」って言っているんだそうな。
よく聞くんだけどさ。この「自分に合った仕事」って。
俺、そう言わると、「自分に合った仕事?」って逆に聞きたくなるのよ。
「自分に合う」とか「合わない」って一体どういうこと? って。
俺ね、小学校から高校まで国語は比較的好きなほうの教科では
あったけど、でも、中でひとつ大嫌いな分野がありました。
そりゃあ、「国文法」ですよ。
用言 体言 にはじまって、助詞 助動詞 っていうあれですね。
「つぎの言葉は何にかかりますか? 」 とか
「どの言葉を修飾していますか? 」っていうようなやつ。
文語の助動詞の意味、とか。
もう嫌で嫌でたまらなかった。
何で世の中、こんな文法なんていうものがあるんだ、
とか。やってる最中、ずーーーーーーーーっと
きらいきらいきらいきらい(笑) って思ってましたもん。
その人間が書いた論文が、奈良時代の「死」を表記する語彙について。
ハイ。立派な国文法の中の論文。
俺ね、自分の人生で、ホンマ学習したんですよ。
嫌いや、好きじゃない、自分に合わない、って思ってたって、
人生、ある瞬間で何が起こって、どう変化するか、なんてわかんないなぁ、って。
あれほど大嫌いだったものが、何ということでしょう。
(劇的ビフォアアフターの加藤さんのナレーションみたいですけど)
自分の資格になってたりしますもん。
じゃあ、何が変わったか、っていうと、
文法は大して変わりようがないのですから、
俺のほうの意識が変わった、っていうことでしょ?
それしかない。
嫌いだったものが、好き、とは言えないけど(笑)
興味を惹く存在になった、っていうことかな。
案外みんな、大きなこと忘れていたりするんだよね。
自分の考え方って、どんどん変わる、っていうこと。
自分に合う、とか合わない、って言ってる人って、話を聞いてると
自分の考え方は、ずーっと変わらない、って思ってたりするけど、さ。
自分の考え方って、変わった部分はないですかね?
10年くらい前と、今はどうですか?
もちろん同じところもあるけど、すっかり変わった、っていう部分だって
あるって思うんだけど。
何か「自分に合う仕事」って言ってる人って、話を聞くと
未来永劫、自分っていう人間の考え方は変わらない、
って思いこんでさ、仕事を合う、合わない、って言ってるような気もするんですよ。
自分の考え方って、一方でどんどん変化していってるわけでしょ?
で、その仕事についた時は、たまたま自分に合う、と思っていた、と。
だけど考え方が変わって、すごく嫌。自分には合わない、となったらどうします?
確かに嫌いな仕事は最初からしたくない、
っていうのは分かるけど、
合わない、っていって全部切ってしまっていたら、合うものも見つからなくなる
なるようにも思うし。嫌いなものだって、いつ何かの加減で
好きなふうに転ぶかわかんない、って思うし。
だってさ、他の人のブログ見てたら、
以前は気にもならなかった○○が最近は微妙に気になる、とか
書いてあるじゃないか。 (笑)
小さい時に嫌いで、あんな食べ物のどこがいいんだ、
なんて思っていたものが、大人になったら、好きになってるとか。
こんなふうに人の好みだって変わっていったりするじゃない?
だから仕事探しって、「自分に合う」っていうことで探すのも
あり、だとは思うけど、
もうちょっと間口を拡げてさ、とりあえずこの仕事は嫌いではないよ、
っていうあたりまで条件をゆるめたほうがいいんじゃないか、って
思うんだけどな。
OLさんの弟くんの話を聞いてて
俺、そんなふうに思った。
(昨日聞いた歌 ベートーヴェン作曲 交響曲第9番 ニ短調
指揮小沢征爾 ニュー・フィルハーモニーア管弦楽団 演奏 )
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